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飢えと死の村

 「……おい———」


 「……おい、生きてるのか?」


 コツッ、コツッ。


 「……死んでるかと思ったけど、ギリギリ生きてるな」


 揺さぶられるたび、沈んでいた感覚がゆっくりと浮上していく。


 (……痛ぇ……やめろ……)


 まぶたが重く、腕も上がらない。俺の体なのに、まるで鉛を抱え込んだように動かない。


 それでも、なんとか目を開けると、そこには—— 十代半ばくらいの少女がいた。


 ぼさぼさの髪に、粗末な服。


 日に焼けた肌に、汚れた顔。


 相当な貧しさを感じさせる。


 「……こ、ここは……?」


 ユートは かすれた声で呟いた。


 「スージ村の外れ。川に浮かんでたお前を引き上げた」


 「た、助けて、くれた、のか……!」


 喋るたび、腹の傷がズキズキと痛む。


 思わず顔を歪めるが、それでもユートは 「助かるかもしれない」 という希望を抱いた。


 (もしかして、異世界モノあるある、村人の救済イベント!)


 このまま行けば、「元気になるまで、村でゆっくり傷を治してください!」みたいなテンプレ展開になり——


 「死んでれば良かったのに……」


 ……ん、聞き間違いだよな? 今、死ねばよかったって聞こえたような……


 「死体に金目の物がないか、とりあえず引き上げただけだから……」


 ……えっ!? 聞き間違いじゃない! しかも、まさかの死体漁りだった!


 「え、いや、でも——」


 「治療とか飯を期待してるなら、無駄だぞ?」


 ———えっ!?


 救済どころか、普通に拒絶された。


 俺は思い出した。この異世界は、クソみたいな世界だったのを。


 「……いくらか払う、村で休ませてくれないか?」


 「……いくら?」


 「……ど、銅貨2枚ぐらい?」


 「……お前、ふざけてんのか?」


 「……いや、まぁ、その……ほら、善意とか、助け合いの精神とか……特別サービスで……」


 「……お前、本当にこの国の人間か? そんなお人好しいるわけないだろ……それとも、まだ夢でも見てんのか?」


 「ぐっ……」


 ユートは、呻きながら腹を押さえる。


 戦場で受けた槍の傷は、思ったより深かった。布越しでもじわりと温かい血の感触が広がっているのがわかる。


 「金が払えないなら、ずっとここにいな」


 「……俺、歩けないくらい、ボロボロなんだけど!?」


 「なら、金を出せば?」


 (こいつ……俺からむしり取る気だ……!)


 ユートは震える手で懐を探る。


 戦争に志願して得た、なけなしの金が入った袋が、服の内ポケットに入っていた。


 中身は銅貨が数枚と、銀貨が一枚。


 (くっ……ちくしょう! 足下見やがって…!)


 なんとか金の入った袋を取り出したが、手が滑って地面に落とした。


 少女はニヤッと笑うと、すっと手を伸ばしユートの袋ごと、金を奪う。


 「ぐっ……!」


 腹の傷に衝撃が走り、ユートの視界が一瞬白く染まる。


 「…痛っ!……ま、待て……!」


 まともに抵抗できない俺を無視して、少女は袋を開き、中身を吟味する。


 「……しけてんなぁ……これしか持ってないのかよ……おっ、銀貨もあるじゃん。」


 「…お、おい!? 銀貨は違うだろ!? 銀貨は!!」


 「まぁ、これで数日は泊めてやってもいいぜ?」


 (クソッ……少しでも善意を期待した俺が馬鹿だった……!)


 ユートは血の滲む腹を押さえながら、その場に崩れ落ちる。


 (……あぁ…マジで……何もかもクソだ……)


 「助けてもらえるなんて、運が良かったな」


 (…あ、あぅぅ……)


 ユートは精も根も尽きた。


 少女との会話で体力を使い果たし、意識がどんどん遠のいていく。


 ズシンッ……


 「お、おい、ここで寝るな!」


 しかし、その少女の焦った声は、だんだんと遠ざかっていった——。



 ***



 ユートは夢の中にいた。


 冷たい風に貧しさと、そして絶望。


 荒れ果てた大地。ひび割れた土。


 作物は実らず、村人たちの顔はやつれていた。ひとり、またひとりと衰弱し、死んでいく。


 「エレナ姉さんの子……死んじまったよ……」


 カール兄さんの震える声。


 布にくるまれた赤子の小さな遺体。


 泣くことすらできないほど痩せた姉が、無言で土を掘り、せめてもの供養と、小さな花を添える。


 それが、姉の子にできる唯一の葬儀だった。


 「…兄ちゃん…お腹減った…」


 「…マリナも…減った…」


 弟のエドと妹のマリナが呟いた。


 見ると、弟妹もガリガリに痩せ細り、肋が浮き出ている。


 ———このままでは、次に死ぬのはこの子たちかもしれない。


 村では不作が続いていた。それどころか、家畜も次々と餓死していた。


 「どうする……? このままじゃ全員飢え死にだ……」


 「何か……何か方法は……」


 家族は話し合ったが、解決策などなかった。この村に生まれた時点で、死は日常の一部なのだ。


 ———そして、その日が訪れた。


 王国の兵士たちが、村にやってきた。


 「グラント帝国との戦争が始まる。村から十人の兵を出せ」


 村人たちは凍りついた。


 ———戦争。


 それは「死」の別の形に過ぎなかった。


 「……報酬は?」


 ヘルマン村長が尋ねると、兵士は銀貨十枚が入った袋を投げた。


 「支度金だ。志願した者の家族に渡る」


 村に沈黙が走った。


 ———銀貨十枚。


 それは、この村の貧しい者にとって 「生存」 を意味する。


 「……俺が行く」


 ユートは静かに名乗りを上げた。


 「……ユート……!?」


 エレナ姉さんの驚き。


 「お前……!」


 ダリル兄さんの困惑。


 「大丈夫。俺が戦争で手柄を立てれば、もっといい生活ができる」


 ユートは笑って見せた。


 (……家族を飢えさせたくない。……戦争で手柄を立てて、金を稼いでみせる……)


 家族をこれ以上飢えさせないために。


 「俺が、戦争に行く」


 ———その決断が、すべての始まりだった。


 しかし、戦争は 地獄だった。


 血の匂い、絶叫、焦げた肉の臭い。


 戦争に行けば出世できる?金を稼げる?


 そんなものはただの幻想 だった。


 「———うわあああああ!! 俺が死ぬわけねぇえ!!!」


 同じ村から来た俺より強い仲間が、次々にバラバラにされていく。


 (……何だよこれ……! 俺……何でこんなとこに……!)


 俺はただ、逃げた。


 勇敢に戦うどころか、 ただ生き延びるために、戦場を駆け回った。


 次々に倒れる村の仲間たち。


 最初に十人いた同郷の者は、もうユートしか残っていなかった。


 (くそっ……生きて村に……俺は、村に帰るんだ……!)


 村で言った言葉を思い出す。


 「俺は手柄を立てて、金を稼いで帰る! みんな期待して待っててくれ」


 あの時の自分を、 心底恥ずかしく思う。


 (……戦場なんて、地獄じゃねえか……助けてくれ! まだ死にたくねぇ…!!)


 その時だった。


 立派な馬に跨り、銀色に輝く鎧に身を包んだ 『身分の高そうな騎士』。


 彼は槍を振るい、周囲の敵を蹴散らしていた。


 アイツを知ってる———。


 あれは確かグラント帝国の将軍。『雷槍のバルド』。


 (……後ろがガラ空きだ…いけるかも……!)


 ユートは死体の影に隠れながら、 じわりじわりとバルドに近づく。


 (……コイツを倒せば……手柄になる……! 村に帰れる……!! みんなを飢えから助けられる!!!)


 ユートは、槍を構えた。


 距離を詰め、間合いに入った瞬間———。


 シュッ———


 ———槍が、すり抜けた。


 「———え?」


 次の瞬間、ユートの腹に、 バルドの槍が突き刺さっていた。


 「ぐっ……あ……!?」


 バルドは振り向くことなく、ただ槍を突き出しただけだった。


 ユートを見てもいない。


 まるで地面を走り回る害虫を潰すかのように、何の興味も持たずに。


 ズル……


 槍が引き抜かれると、ユートの体が崩れ落ちる。


 「……あぁ……」



 ***



 「———ハッ!!」


 ユートは 上半身を起こした。


 「はぁ……はぁ……!」


 夢の記憶が、 あまりにも鮮明で、現実との区別がつかない。


 「……夢……じゃない、現実なんだ…俺は……」


 ———戦場。


 ———貧しさ。


 ———敗北。


 そして、ここは異世界。


 「……なんで…異世界に…しかも、ユートの体に……」


 悠人の悪夢は、まだ続いていた——。

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