即死ルートでの目覚め
「っぐ…ぁぁ!」
腹の痛みに耐えきれず、無意識に体を丸めようとするが、うまく動かない。
視界がぼやけ、焦点が合うと——
目の前には、剣戟と魔法が飛び交う血みどろの地獄絵図が広がっていた。
「敵騎兵が来るぞ! 槍を構えろ!」
怒号と共に、数十の槍が突き上げられる。その直後——
「ぐはっ…!」
馬の突撃に跳ね飛ばされる槍兵たち。鎧が砕け、身体が潰れる。
「斬れえええ! 殺せええええ!!」
「ぎゃああああ! やめろ! 俺はまだ……!!」
「おい、やめろ! そいつはもう戦えねえ!」
「くそがっ! 敵兵に情けをかけるな!」
赤黒い泥の上には、無数の兵士の死体が転がっている。響くのは絶叫と怒号、鋼のぶつかり合う音。そして——焦げた肉の匂い。
「魔法支援! もっと火球を撃て!」
その声と同時に轟音が鳴り響き、火の玉が空を裂く。
「まだだ! まだ生きてる奴は戦えええ!!」
「ひぃっ…もう…無理だ…助け……」
そんな地獄の片隅で、俺——いや、“俺の意識”は、激しい嘔吐感に苛まれていた。
(……うぇ〜……き、気持ち悪いぃぃ……!)
(……な……なんで俺、こんなとこにいるんだ……!?)
自分がどこにいるのか、何が起きているのか、まるでわからない。
(……落ち着け……俺は……俺は……)
(……そうだ……俺は……)
(確か、深夜にあの神アニメ、寝ないまま最終話を見終わった直後——急に、胸が痛くなって……苦しくて……救急車を呼ぼうとして……)
「……えっと、それから……どうなったっけ……?」
その時だった。
——頭の奥に、知らない“誰か”の人生が流れ込んできた。
(っ……!?)
脳の奥底に、洪水のような情報が流れ込んできた。
——貧しい農村。
——干からびた井戸。
——小さな家に、骨と皮ばかりの弟妹。
——体が衰えていく母。
——そして、自ら志願した、あの日——。
(……これは……“俺の”記憶……?)
その瞬間、もうひとつの記憶が波のように押し寄せた。
——六畳一間のアパート。
——散らかった漫画とフィギュア。
——引きこもりの生活。
——日が昇るのも沈むのも気にせず、アニメとラノベに没頭した日々。
(……ああ、そうだ……俺は“ユート・リデル”で、“鈴木悠人”だ……)
(28歳、無職、死因は……たぶん、心不全……どんな最期だよ……)
異世界に転生してみたい。そんなありがちな妄想が、現実になっていた。
だが——。
この世界で生まれ、生きてきた、18歳の青年ユート。
そして今、ユートの記憶と想いが——まるで自分のことのように胸に染み込んでいく。
(……こいつは俺だ。いや……逆かも……俺、ユートが鈴木悠人の記憶を取り込んだだけかも……)
(……わからない……でも、一つはっきりしたことがある。“俺たち”は——二人で一人になったんだ)
何かが“ひとつ”に収束する感覚があった。
(たぶん……これも、異世界転生ってやつなのか……?)
——でも、ちょっと待て。
異世界転生って言ったら、もっとこう…あるだろ!?
スライムを倒してレベルアップ! とか
美少女エルフとイチャイチャ! とか
王国の勇者に! とか!!
混乱する意識の中、地面が爆発する轟音が耳を突いた。
「——魔法支援! 火球を撃て!」
——ドゴォォォォォン!!
背後の地面が爆ぜ、身体が吹き飛ぶ。
「ぶぼぉおおおおお!!???」
「おいコラァ!! どこに撃ってんだクソがぁ!! お前ら、フレンドリーファイアって概念ねぇのかよ!!!」
怒鳴りながら立ち上がるも、足元はぐらつく。腹の奥がズキズキと焼けるように痛い。
(……それよりもこの痛み……やばいかもしれん……)
ユートは震える手で自分の腹に触れた。指先がぬるりとした感触に包まれる。
——血だ。自分の血だ。
(こ、これは……間違いねぇ…現実だ……)
意識が揺らぐ中で、ユートの記憶が蘇る。
——俺は、“バルド”を狙ったんだ。
グラント帝国の将軍。『雷槍のバルド』。
味方が次々とやられていく中、恐怖で隠れることしかできなかった。
だが——信じられないことに、バルドの背後がぽっかりと空いていたんだ。
(これだ……! 今なら……今のうちなら! やれる!!)
手が震えるのを必死に抑え、槍を構え、息を殺す。
——倒せば、報奨がでる。
——村の家族に金を送れる。
——これが、俺の人生を変える一撃になる……!
そう思って踏み込んだ。あとはコイツの背中に槍を突き立てるだけ。
……だが、その瞬間だった。
ユートの腹に、バルドの槍がねじ込まれていた。
(な……に……? こいつ背中に、目でもついてんのか……?)
俺のことを見向きもしない。——まるで、虫を払うように……
(ああ……何やってんだよユート!? ……いや、ユートは俺だ……!)
俺は、やっちまったんだ。
盛大に、取り返しのつかないことを——
やっちまったんだッ!!
「はぁ…はぁ……っ、クソが……!」
腹の奥まで槍で貫かれた感触がまだ残っている。
「はは……嘘だろ。こんなの……絶対、助からねぇよ……異世界転生してるのを思い出したら致命傷スタートって……」
日本にいた頃、異世界転生モノの小説を読んでいたとき、「致命傷を受けても回復魔法で余裕!」みたいな展開を思い出す。
——ダメだ…回復魔法を使える奴なんて、王族の周りにしかいねぇ……!
「……詰んだかも……まだ死にたくない……」
次の瞬間——
「敵の増援だ!! 退けぇぇぇぇぇ!!!」
味方の兵士が一斉に撤退を始めた。
(……に、逃げるなら、今しかない……あの森に入るんだ…!)
ふらふらになりながら、森の中を彷徨うユート。
「ハァハァ…やばい…まじで…やばい……」
戦場から全力で逃げてきたが、出血がひどく、意識が遠のいていくのが分かる。
(…まだ…死にたくねぇ…!)
せっかく「異世界人生、第二のチャンス!」を手に入れたのに。
「…エルフのお姉ちゃんとイチャコラしたいしぃ……」
息も絶え絶えに、妄想が口をついて出る。
「…魔法を覚えて無双してぇ……襲われてる貴族の馬車を助けてヒロイン枠確保してぇ……」
今、死ぬわけにはいかない。
(こんなところで野垂れ死ぬなんて、あんまりにもひどすぎる! いや、それどころか…俺、このままだとモブのまま死ぬぞ!?)
そんなことを考えながら、必死に森の奥へと進む。
その時——
「いたぞ! 逃げた王国兵だ!! まだ生きてやがる!!」
「探せ! 生き残りは皆殺しだ!」
帝国軍の残党狩りが近づいてきた。
(ちょっと待て待て待て!!! もう、動けない……足が動かないぞ!)
膝がガクッと折れ、その場に崩れ落ちる。
「か、神様…も、もし……もう一度転生できたら……」
見たこともないし、会ったこともないけど、神様、でも、祈るしかない。
「——どうか……貴族の家に赤ちゃんから転生させてください……! 訳もわからずに、いきなり戦場はもうごめんだ!!」
(チュートリアルなしで高難易度ステージに叩き込むようなもんですよ…マジでやめてほしいです……)
「うおっ!」
痛みも感じる余裕がないほど、ぐるぐると景色が回る。
———ドボンッ!!!
重力に引かれ斜面を転げ落ち、ユートの体は一気に崖下の川へと沈んだ。
全身を締めつけるような冷たさが、朦朧とした意識を襲う。
(あっ……あかん……これ、完全に死ぬやつ……)
必死に手を動かそうとするが、水の中で体が回転し、どちらが上なのかもわからなくなる。
胸から空気が抜けていく感覚。
まぶたが重くなり——
(……結局、俺の異世界転生……クソ雑魚雑兵で終了かよ……)
最後にそんなことを考えながら——
ユートの意識は、完全に途切れた。




