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さっき降りてきた非常階段の方に向かう。清掃員から離れた場所まで来るとタクが、

「フウマの部屋の前にいたストーカーが犯人ってことはあるかな?」

「可能性はあるけど、あいつが犯人だとすると、なぜわたしの私物を現場に残していったのかが分かんないんだよね。わたし、あいつのこと知らないし、フウマ殺しの犯人にされる覚えもないもん」

「じゃあやっぱり、あのストーカーは犯人じゃないのか。そうすると誰の仕業なんだろう。そういえばフウマはリクっていう男と同居してたよね。リクが一番怪しいんじゃないの」

非常階段の手すりは所々、錆びついていた。六階を目指して上っていく。

「わたしもリク犯人説は考えたの。でもストーカーと同じで、わたしの私物を部屋に置いておく理由が分からないの。リクとは個人的なつきあいもないし、SNSのやりとりだってしてないし。それに今朝七時三十分ごろ、リクが仕事に行く姿をたまたまベランダから見たの。実際、フウマの部屋の土間にはフウマの靴しかなかったのを覚えてる」

「そうなんだ。そうなると犯人は、フウマに個人的な恨みを抱いていて、麗華にも何らかの負の感情を抱いてた人物ってことなのかな」

「たぶんね」麗華はあいまいな返事をした。

非常階段のドアを開ける。六階の廊下には人の気配はなく、しんとしていた。自然とフウマの部屋に視線が向かう。部屋の中でフウマが死んでいるのを思い出して目をそらした。

この階にはフウマの部屋を含めて全部で十世帯ある。とりあえず一番端の部屋から聞いていくことにした。

玄関ドアの前に立つ。表札には磯貝と書かれている。すると突然タクが、

「ちょっと待って。フウマについて尋ねて回るぼくたちって、不審人物じゃない。何か変装とかしたほうがいいんじゃない?」

麗華はインターホンを押す指を止めて、

「確かに怪しさ満点だよね。どうしよう。そうだ!この前、舞台で女刑事役を演じたんだけど、その時に使った衣装があったと思う」

「刑事になりすまして聞き込みをするわけだね。それでいこう」

五分後、麗華は上下黒のスーツに身を固めて再び磯貝の部屋の前に立った。聞き込みは麗華が一人ですることにした。インターホンを押すとすぐに、

「はーい」という女性の声がしてドアが開いた。

ドアの隙間から顔を覗かせたのは三十代半ばくらいの痩せた女性だった。エプロンをしているので、炊事をしていたのだろう。麗華の姿を見ると、意外だったらしく目を大きくした。

「どちら様でしょうか?」

「わたくしS警察署から来ました本上と申します。こちらのマンションでストーカー被害に遭われた方がいらっしゃいまして、少しお話を聞かせていただきたいんですが」麗華はさっきフウマの部屋の前にいたストーカーをネタに使うことにした。

「ストーカーですか」女性は不安そうに顔をしかめた。

「622号室の双葉さんが最近、知らない人につけられてるといって相談に来られたんです。今日の午後一時ごろにも部屋の前をうろついていたらしいんですが、その時間に廊下で誰か目撃したりしませんでしたか?」

女性は目線を天井に向けて記憶をたどっているしぐさをしてから、

「買い物から帰ってきたのは確か午後零時半くらいで、その時、廊下に白い上着を着た男性がいたんですけど、その人でしょうか」

「その人は違いますね。ストーカー加害者はグレーのパーカーを着ていたらしいですから。他に何か最近の双葉さんについて気になったことなどありませんでしたか?」

この質問にはすぐに、

「たぶん双葉さんの部屋だと思うんですけど、夜中になんかお経を読んでるような声が聞こえたことがあるんです。けっこう大きな声だったので、玄関ドアまで行ってインターホンを鳴らそうとしたんですけど、怖くなってやめました。双葉さんって、お仕事は何をされてる方なんですか?」

麗華はフウマの職業を話すかどうか迷ったが、言うことにした。

「動画配信者らしいです。お経を読んでるような声はたぶん動画の企画でしたことだと思います。いろいろな動画を配信してるらしいです」

「そうなんですか。じゃあこの前、マンションの中をあちこち歩き回って何か探しているような行動をしてたのも動画の撮影をしてたのかな」

「マンションの中を探し回ってた?」

「はい。わたしもじろじろ見てたわけではないんですけど、気になったので、ちょっと後をつけてみたことがあるんです。そしたら、廊下にある水道メーターの中を覗いたり、中庭にある大きな木の根元の土を掘り起こしたり、こっそり図書館の中に入って一時間くらい探し物をしたりしてました」

「それはいつのことですか?」

「一週間くらい前だったと思います」

「双葉さんお一人でした?」

「いえ、男の方といっしょでした」

「その男の人は背が高くて色白で右目の下辺りにほくろがありませんでしたか?」

女性は少し間を置いてから、

「ええ、そうだったと思います」

リクに違いない。二人の奇妙な行動は何かの手がかりになる予感があった。

「二人は探し物をみつけたみたいでしたか?」

「わたしが見ていた限りでは、みつからなかったと思います」

「磯貝さんは、二人が何を探してたと思います?」

女性は首を横に傾げながら、

「手のひらに乗るような小さなもののような感じでした」

麗華はこの後、いくつか質問を重ねたが、有力な情報は聞くことができなかった。「捜査」に協力してくれた礼を言ってドアを閉めた。

二人きりになると、すかさずタクが話しかけてきた。

「フウマとリクはここで何を探してたんだろう?」

「全然わかんない。マンション内で宝探しごっこをやってたとか」

「フウマのチャンネルにそんな企画の動画なかったと思うけど、まだ配信してないだけかもしれない」

「もう少し住人に話を聞いてみよう」

磯貝の隣の部屋はドアに目張りがしてあるので、おそらくは空き部屋だと思われた。念の為インターホンを押したが、やはり反応はなかった。

麗華はその隣のドアの前に立つ。表札に名前は表示されていない。ドアに顔を近づけると、ノリのいい音楽が聞こえてきた。

インターホンを押す。すぐにドアが開くと、麗華がびっくりするようなイケメンの男性が現れた。どぎまぎしながらも、

「S警察署の本上と言います。少しお話よろしいですか?」

男性は何かやましいことでもあるのだろうか、警察署という言葉を聞いて一歩後ろに後ずさった。

「お、おれは何も悪いことしてませんよ」

「お聞きしたいのは622号室の双葉さんのことなんです」

自分のことではないと知ると男性の表情はいくぶん和らいだ。

「622号室って、動画配信者のフウマのこと?」

「そうです、彼のことご存じなんですね」

「いえ、知り合いってわけじゃないです。話したこともないですし。廊下とかで、すれ違った時にフウマじゃないかなって気づいただけですよ。彼がどうかしたんですか?」

「最近、ストーカー被害に遭っていると相談に来られたんです。今日も午後一時過ぎに不審な男性が双葉さんの部屋の前をうろついていたという目撃証言があるんですが、何か見たりしませんでしたか?」

「その時間は部屋にいて廊下には出てません」

「では双葉さんについて何かご存じのことはありませんか。どんな些細なことでもけっこうです」

男性は腕を組んで考え出した。

「そうだなあ、そういえば、フウマはよく神山さんのとこに行ってましたよ」

「神山さん?」

「はい。915号室に神山保っていう、御年九十才になるおじいさんが住んでるんですけど、おれの知ってるだけでも三回は神山さんの部屋を訪問してますよ」

「どういう用件で訪問してるんでしょうか?」

「そこまではわかりません。おれはただ、フウマがエレベーターで上の階に行くのが不思議だったんで、後をつけてみたことがあるだけです。そしたら神山さんの部屋に入っていったのを見たんです」

「そうでしたか。他に何か双葉さんについて知ってることはありますか?」

「知ってることはもうないですけど、要望ならあります。動画撮影もいいですけど、夜中に大きな音は出さないでもらいたいですね」

磯貝と同様、彼もフウマの騒音に悩まされているようだ。

「わかりました。わたしの方から注意しておきます」

礼を言ってドアを閉めるとすぐにタクが話しかけてきた。

「フウマは神山ってじいさんに何の用事があったんだろう?」

「動画撮影に関係したことかな」

「ぼくの知ってる限り、フウマの動画に九十才のじいさんが出てきたことはないと思うけど」

「後で行ってみよう」

この後、六階の住人をしらみつぶしに訪問したが、不在なのか居留守なのか住人が出なかったり、住人がいてもフウマのことを知らない等、手がかりになる情報を得ることはできなかった。

「あんまり成果がなかったね」タクがため息まじりにつぶやく。

「じゃあ神山って人のところに行ってみよう」

麗華たちがエレベーターに向かって歩き始めた時、火災報知器のジリリリリという大音響が廊下中に響き渡った。




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