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早くここから出なくちゃ。

靴箱にある手袋を回収しようと手を伸ばした時、廊下の方から足音と男性の話し声が微かに聞こえてきた。足音と声は大きくなってくる。

その場に凍ったようにじっとして耳を澄ますと、こっちに近づいてくる気配だ。通り過ぎてくれることを願ったが、どうやらドアの前で止まったらしい。

反射的にドアの鍵を閉めた。靴箱の上にある手袋をつかみ、リビングルームへ向かって駆ける。途中、廊下にある靴跡を足で踏み消そうとしたが、なぜか消えなかった。

あきらめてリビングルームに入る。床に転がっているボタンを拾ってから、フウマの背中に刺さっている包丁を抜こうとしたが、どうしても勇気がでない。

ピンポーン。かなり大きな音でインターホンが鳴った。瞬間、体がビクッと震えた。

包丁はそのままにして駆け足で窓に向かう。クレセント錠を解除してベランダに出た。洗濯物をかいくぐって、手すりから地上を見る。六階は人が飛び降りれる高さではない。

左の方に視線を向けると、さっきこの部屋に来る時に通った連絡通路が見えた。

あそこに飛び移れたら。

連絡通路に行くには、隣のひと部屋を横切らなければならない。

手すり越しに隣の壁の手前まで移動する。少しだけ身を乗り出して、隣のベランダを覗いてみる。物が何もなく、生活感がなかった。たぶん空き部屋なのだろう。

ためらっているひまはなかった。周囲を見回して、人の気配がないことを確認すると、慎重に手すりに上がる。下は見ないようにした。

壁をしっかりつかみながら、隣の手すりに片足ずつ移動させていく。体全体が移動し終えると、いったんベランダに着地する。そのまま向こうの壁まで歩いていき、再び手すりに乗って、そこから連絡通路にジャンプした。

無事に手すりを渡り終えた後に、遅れて恐怖の感情が押し寄せてきた。

しばらくその場で息を整えてからフウマの部屋の方に進む。壁の陰からフウマの部屋の前をうかがう。

すると、フウマの部屋の前に、グレーのパーカーを着た男が立っていた。男はインターホンを押したり、無言でドアをノックしたりしていた。

「ここで何をしてるの?」

いきなり背後から声をかけられた。振り返ると、マンションの清掃員の制服を着た四十代くらいの男性が立っていた。見たことがない顔だった。おそらくは新人なのだろう。

「え、えーと、あそこにいる人、なんか怪しいんです。622号室のインターホンを何回も押したり、ドアをノックしたりしてるんです」

「怪しい人?」

その清掃員は麗華と同じように壁から廊下を覗き見た。パーカーの男性はなおもドアをノックし続けている。

「ほんとだね、ちょっと声をかけてくるか」

清掃員は臆することなく廊下を歩いていって、パーカーの男性に声をかけた。麗華のいるところからでは、なんと声をかけたのか聞こえなかったが、まもなくパーカーの男性は、しぶしぶといった感じで向こう側に歩いていった。

ひとまず、フウマの部屋が開けられることは回避できたけど、まだ安心はできない。わたしの包丁と靴跡、わたしの指紋が付いた金属バット、ひょっとしたら他にもわたしの私物が置かれてるかもしれない。このままだと殺人犯にされてしまう。たしか、フウマと同居している岡島陸、通称リクが仕事から帰ってくるのは午後六時三十分くらいだったはず。それまでに犯人を探さなければ。でもどうすればいいんだろう。そうだ!タクを呼び出そう。タクはこういうの得意そうだし、何よりもすぐに駆けつけてくれる。彼氏だから当然だけど。

考えがまとまると、いったん自分の部屋に戻ることにした。

段ボール箱が山積みになっている部屋に入ると、まず引っ越し業者に、作業は午後の七時に延期してくれるようにメールを送った。続けてタクに連絡する。『人生最大のピンチ、助けて』ちょっと大げさな表現かと思ったけど、タクは真面目だから嘘だとは思わないだろう。

メッセージを送ったら、流しに置いておいたペットボトルのお茶を飲んで一服する。

なんでこんなことになっちゃったんだろう。東京から離れるまさにその日に。都会は最後までわたしに意地悪するつもりなの。

明け方近くまで引っ越し作業をしていて寝不足だったので、じっとしていたら急に睡魔に襲われた。



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