表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/9


段ボール箱に体をぶつけながら部屋を飛び出ると、そのまま廊下を左に曲がる。突き当たりを左に曲がれば、フウマの部屋がある東棟への連絡通路になっている。

獲物を見つけたライオンのように全速力で通路を駆け抜ける。麗華とすれ違った親子連れは、何事が起きたのかと目を丸くして彼女を眺めていた。

フウマの部屋の前に来ると、深呼吸をして息を整える。耳をドアに近づけてみる。何の物音もしない。

インターホンを押そうとしたが、直前で指が止まる。包丁を持った人物が部屋の中にいる。もしインターホンを押してしまったら、犯人が逆上して自分に襲いかかってくるのではないか。ここは警察を呼んだ方がいいのではないか。でも警察を待っている間に、フウマがさらに襲われたらどうしよう。

短時間の葛藤の末、麗華の人さし指はインターホンのボタンを押した。

何の反応もない。数秒待ってから、もう一度押す。やはりドアが開くことはなかった。

包丁を振るった人間は部屋の中で身を潜めているのだろうか。フウマは意識を失っているのだろうか。

再び耳をドアに近づける。ひっそりと静まり返っている。そっと右手でドアノブを握る。ゆっくりと回してみる。

するとドアノブが回った。鍵はかかっていなかったのだ。少しずつドアを引いて、わずかにできた隙間から中を覗いてみた。

玄関とその先の廊下に人の気配はなかった。もう少しドアを開く。観音扉になっている靴箱が見えた。さらにドアを開くと、リビングルームに通じるドアが見えた。

人の気配がないのを確認すると、勇気を振り絞って室内に足を踏み入れた。

靴箱の横に金属バットが立てかけられているのを見つけると、護身用にそれを手に取った。

左の壁にドアがある。ゆっくりとドアを開ける。浴室には誰もいなかった。そのまま正面にあるドアに忍び足で向かう。

ドアの前で耳を澄ましてみるが、やはり音はしない。

金属バットを右手で構えて、左手でノブを回す。そして勢いよくドアを開いた。

初めに麗華の目に飛び込んできたのは、ローテーブルの横の床にうつ伏せになっているフウマだった。その背中には包丁が突き刺さっていて、パーカーを朱色に染めていた。床にも血溜まりができている。

麗華は悲鳴を上げそうになるのを必死でこらえた。部屋を見渡す。包丁を振りかざした犯人の姿はない。すでに部屋を出ていったらしい。

犯人がいないことに、ほんの少し安堵する。それと同時にフウマの容態が気になった。急いで倒れているフウマの元に駆け寄る。

顔を覗いてみると、蒼白で血の気がない。口元に手を近づける。呼吸はしていなかった。前方に伸ばしている左腕の手首の脈を確認する。脈はない。

死んでいる。フウマが死んでいる。

急にめまいがして、視界がぼやけてきた。倒れそうになるのを気力でこらえる。

今、目の前に見ているものを受け入れられなかった。これは悪い夢なのではないか。夢なら早く覚めて。

麗華の目から涙がこぼれた。一粒、二粒。

いいえ、これは夢なんかじゃない。フウマは誰かに殺されたんだ。

『殺された』という言葉が頭に浮かんだ時、麗華は急に冷静になった。フウマを殺した犯人を見つけなくちゃならない。

麗華は傍らに置いた金属バットを手に取ると、勇ましく立ち上がった。ベランダに出る窓を調べる。クレセント錠はしっかりかかっていた。

犯人は玄関から出ていったに違いない。たぶん、わたしが部屋に駆けつける前に逃げ出したのだろう。何か犯人の遺留品とかがないかな。

冷静になって部屋の様子を観察すると、目を疑うようなものが、いくつかあることに気づいた。さっきはショックのあまり、目に入らなかったのだ。

まずフウマの背中に刺さっている包丁。柄の部分に見覚えがあった。カラフルなマーブル模様をしている。それを見た麗華は心臓がドキッとするのを感じた。

柄の先の方に顔を近づける。そこには見覚えのある傷がついていた。

わたしが捨てた包丁?なんでこんなところに?

包丁を触ろうとするが、フウマの背中に深く突き刺さっているし、血が付いていてできない。

包丁をあきらめて、あらためてフウマの周囲を見回す。すると、フウマの足元に丸い小さなものが落ちているのに気づいた。拾って顔の近くに持ってくる。

茶色のボタンだった。それにも見覚えがあった。

これって、わたしが捨てたジャケットのボタンじゃない?なんでここにあるの?

嫌な予感を感じて、さらに部屋を観察していく。ぱっと見たところ、他に私物はないようなので、廊下に戻る。

廊下を見ていくと、薄く足跡が付いていたことに気づいた。足跡は玄関から始まってリビングルームに入り、フウマの手前まで続いていた。

屈んでその靴跡をじっくり見る。やっぱり見覚えがあった。最近捨てたスニーカーだ。ふつう、靴跡がどんな模様をしているかなんて気にしないものだが、元彼と靴跡で他愛ない遊びをしたことがあったから、知っているのだった。

わたしを犯人にするつもり?

立ち上がって玄関を見渡す。あらためて見ると、折りたたみの自転車が置いてあるのに気づいた。フウマは自転車に乗らないって動画で言ってたから、これはたぶん同居しているリクのものだろう。用心深いことにダイヤル式のワイヤー錠がかけてある。何気なくダイヤルを見ると0220となっていた。

自転車には麗華の私物がないのを確認すると、視線を床に向ける。土間にはフウマの靴が何足も置いてある。革靴やスニーカーが多い。靴箱の上には虎の置物が置いてあったが、その手前に白い手袋がめくれた状態で置いてあった。それはつい一昨日、捨てたものだった。

自分の私物をいくつも見つけて、麗華は確信した。

わたしはフウマを殺した罪を着せられようとしている。

そう思ったら鳥肌が立って、ぞくぞくと寒気がしてきた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ