映画『ザ・メニュー(The Menu)②
(夜の焚き火のそば。旅の途中。三人は夕食の後、黙って火を見つめている
フリーレン
「タイラーの自殺、見ていて悲しかったよ。
でも、驚きはなかった。……ああ、やっぱり、という感じだった」
フェルン
「彼はスロウィクを“神”のように崇めていました。
でも、その神に“君には資格がない”って言われた。
それは、信じてきた自分自身を否定されることだったと思います」
シュタルク
「でも……死ぬか?そこまでか?
“美味い料理を食える俺はすげえ”って思ってたってだけで……?」
フリーレン
「料理が“アイデンティティ”のすべてだったんだろうね。
食べることで自分の価値を確認して、
語ることで自分の“位置”を作っていた。
でも、“作れ”って言われたとき、彼の虚構は崩れた」
フェルン
「スロウィクの一言でね。
耳元で何を言ったのかは分からないけれど……
たぶん、“君には何もない”って、そんな言葉。
それが致命的だった」
シュタルク
「けどさ。なんか違和感あるんだよな。
俺が下手な料理出しても、“まあ、うまいっちゃうまい”って笑ってくれる人がいたら、それで生きていける気がする。
タイラーには、そういう相手、いなかったのかな」
フリーレン
「いなかったんだろうね。
彼は、ずっと“招かれる側”であろうとし続けた。
“招く側”になるには、たぶん……自分の皿を、誰かに差し出す勇気が要る」
フェルン
「彼は客であることに、逃げ込んでいたんです。
見られる側ではなく、選ぶ側でありたかった。
でも、厨房に立った瞬間、彼は“無力な演者”に変わった。
誰にも拍手されない舞台に、ひとりで立たされた」
シュタルク
「……料理って、怖いんだな。
味だけじゃなくて、“生き方”がバレる」
フェルン
「ええ。
その人の“覚悟”が、皿に全部出るから」
フリーレン
「スロウィクは、それを知ってた。
だからこそ、タイラーに“作らせて”しまった。
それが一番、残酷だったんだよ」
(しばらく沈黙。火のはぜる音だけが響く)
シュタルク
「……俺さ、今度ちゃんと料理、覚えてみようかな。
で、フェルンに“まあまあです”って言われても、立ち直れるくらいにはなりたい」
フェルン
「私はそんな冷たく言ってませんよ……多分」
フリーレン
「“味”って、他人と生きるための魔法みたいなものだよ。
でも、それを間違った呪文にしちゃうと、自分を燃やすことになる。
タイラーの魔法は……完成しなかったね」
(再び静かになる三人。誰も答えを出さないまま、夜は深まっていく