ソムニウムファイル4
第4章|記憶の空白と存在の輪郭 ― 伊達鍵の喪失と再構築
──夜が明けかけている。
東の空がわずかに色づき、世界は静寂と光の狭間にある。
シュタルクは焚き火の名残に手をかざしながら、ぽつりと呟いた。
シュタルク(ぼんやりと空を見上げて):
……なあ、伊達って、最初から記憶なかったんだよな。
自分が誰かも分かんなくて、それで他人の夢に入って、事件を解いて……
そんなんで、自分を保てるもんなのか?
フェルン(静かにノートを閉じ、語り出す):
伊達は、6年前の“事件”以降の記憶を失っていました。
そして、自分が何者かも分からないまま、“伊達鍵”としての役割を演じてきた。
……でも、彼はただ空虚だったわけじゃありません。
その空白に、“今の選択”を積み重ねて、自分自身を作っていった。
フリーレン(遠くの雲を眺めながら):
記憶ってね、“自己”の地図みたいなものなのよ。
過去を覚えていることで、今の自分の立ち位置がわかる。
でも――もし、その地図が破れていたら?
伊達は、地図のない旅を、最初からやり直していたの。
シュタルク(木の枝をいじりながら):
……でもさ、誰かに「お前は○○だったんだよ」って言われたら、それを信じるしかなくね?
自分の中に“芯”がなかったら、全部他人の言葉に流されるんじゃねえの?
フェルン(少し鋭く):
その通りです。
だからこそ、“記憶の空白”は危うい。
過去の情報に自己を委ねる危険性、捏造された記憶の支配――
この作品は、そのリスクを明確に描いています。
フリーレン(うなずきながら):
……でもね。
彼は、それでも“人を助けよう”とした。
記憶がなくても、正義が偽物でも、誰かの涙を見たときに動く。それだけが、彼を“彼自身”たらしめていた。
フェルン(まっすぐにフリーレンを見る):
じゃあ、“記憶があること”よりも、“今どう行動するか”が、その人の本質なんですか?
フリーレン(やわらかく笑って):
うん。私は、そう思う。
千年以上生きてるとね、自分が何者かなんて、分からなくなることもあるのよ。
でも、それでも旅を続ける。
誰かと話して、何かを選ぶ。その繰り返しで、“存在”は形を取っていく。
シュタルク(静かに頷いて):
……記憶って、過去のもんだろ?
でも、今の俺がどうするかは、俺が決められる。
そういうの、ちょっとだけ、いいなって思った。
フェルン(思わず微笑む):
珍しく、素直な意見ですね。
フリーレン:
ふふ。
でもね――伊達は、最終的に記憶を取り戻すわ。
だけど、それで全てが“解決”するわけじゃない。
むしろ、そこからが本当の問いになる。
フェルン:
……“記憶を取り戻した後も、同じ自分でいられるか”。ですね。
フリーレン(静かに目を伏せて):
そう。
記憶は過去を連れてくる。過去には、傷と罪がある。
でも、それでも今の自分を否定せずにいられるか――
その試練を、伊達は受け入れた。
──その言葉の余韻の中で、空が完全に明るくなる。
朝の冷気の中、世界がゆっくりと“始まり”に向かって動き出していた。