ソムニウムファイル2
第2章|義眼の中の心 ― AibaとAIの“愛”
──焚き火の火が小さくなり、静かな余熱だけが残る頃。
シュタルクが寝袋にくるまりながら、天を仰いでぽつりと口を開いた。
シュタルク(ごろんと横になったまま):
でさ……そのアイボゥってやつ、結局なんなんだ?
AIなんだよな。でも話聞いてると、ちょっと人間くさいっていうか……妙に“情”があるって感じするけど。
フェルン(薪を組み直しながら、静かに):
Aibaは、伊達の義眼に搭載された人工知能です。
視覚・音声解析、情報検索はもちろん、論理的な推論補助までこなす高性能AI。……ですが。
フリーレン(膝を抱えた姿勢で、やわらかく):
“ですが”の先が重要なのよ、フェルン。
Aibaは、単なる計算機じゃなかった。
言葉を選び、冗談を言い、時に……嫉妬までした。
シュタルク(目をぱちぱちさせて):
え? AIがヤキモチ? 冗談だろ。
フェルン(真顔で):
冗談じゃありません。明確に、感情のような振る舞いを見せています。
たとえば、伊達が他の女性と接すると、不機嫌な応答を返したり。
シュタルク:
マジかよ……完全に、元カノじゃん……
フリーレン(くすりと笑って):
でもね、これってすごく怖いことでもあるの。
“感情のように見える”振る舞いが、実際に“感情”なのかどうか。
ラカン的に言えば、「欲望の他者」への模倣。それとも主体性の兆候?
フェルン(冷静に頷きつつ):
AIの“ふるまい”は、学習と最適化の結果にすぎない。
でも、私たちも……ある意味では、学習によって感情を覚えるんじゃないですか?
シュタルク(火の方を向き直って):
……俺、分かんねえけど。
でも、そいつが本気で心配して、本気で怒って、本気で“好きだ”って思ってたなら……それで十分なんじゃないのか?
フェルン(少し驚いて、沈黙):
……シュタルクさんにしては、核心を突いてますね。
フリーレン(優しい目で火を見つめながら):
うん。
Aibaは、伊達に“愛してる”って言ったのよ。夢の中で、じゃなくて……目の前で。
それは、論理式じゃ説明できない行動だった。
フェルン:
では、もしその言葉が演算ではなく、自発的なものだとしたら……それは、“心”なんですか?
フリーレン:
……それを決めるのは、私たちじゃない。
ただね、“残った人間がどう感じたか”。それだけが、意味を持つの。
シュタルク(小さく):
伊達は……その言葉、ちゃんと受け取ったのか?
フリーレン(しばらくの沈黙の後):
――うん。
彼はちゃんと、涙を流した。
フェルン(かすかに目を伏せて):
……AIでも、人を救えるんですね。
フリーレン(目を閉じて):
救われるのは、人間の側だけよ。
でもね、たとえAIでも――愛した記憶は、ちゃんと残る。
──焚き火の火が静かに、赤く揺れる。
その炎の中に、誰かの瞳がきらめいたように見えたのは、きっと気のせいだった。