二の宮の使用人用談話室にて 1
「……どう、なること、かと……思い、ました……」
使用人用の談話室の端っこで、ロアナは布張りのいすに腰かけて、げっそりとうなだれた。
あまりに緊張したせいか、恐怖したせいか。
こうしてやっと息をつく時間が与えられると、ほっとし過ぎて、今度は魂が抜けそうな脱力感に襲われている。
すると目の前で、彼女を心配そうにみていたフォンジーが悲しそうな顔。
「……ごめんねロアナ。ぼくがお母様のいいつけを守らなかったせいで……」
──あのあと。
ロアナは、フォンジーの手配で二の宮によばれた医師から治療をうけた。
背中の傷は痛々しく腫れていて、血のにじんでいる場所も複数あった。幸い側妃に踏まれた手は骨などには異常はなく、赤くなっていただけだった。
これだけでもロアナにとっては朗報だが。
医師からロアナの怪我の具合を報告されたフォンジーは、ずっと暗い顔。
「痛いよね……本当にごめん……。ね⁉ ぼくの前だからって遠慮しないで。横になっていいんだからね? 膝枕しようか⁉」
必死に寝転ぶよううながしてくる青年の、最後の言葉に驚いたロアナは慌てて首を振る。
「い、いえ、殿下! そ、そんなわけにはまいりません。殿下は恩人ですし、今は痛み止めのお薬も効いてきましたし……わ、わたしなら、大丈夫でございます!」
こんな精神ダメージ満タンの状態で……このうえ彼に膝まで差し出されては。羞恥と恐れ多さで血反吐を吐くか、尊すぎて尊死する。
ロアナは大きな声で「大丈夫です!」と、返したが。恩人といわれたフォンジーは、とても複雑そうだった。
だが、実際、彼が側妃を止めてくれなければ、ロアナはもっと大変なことになっていただろう。
余談だが、彼を三の宮に駆けつけさせたのは、先ほどまで共にいた侍女頭だったらしい。
ロアナが側妃の衛兵に連れていかれたと知った彼女は。すぐさま同じ宮の仲間に号令をかけて、王宮内のどこかにいるはずの第五王子を探し出し、助けを求めるよう命じた。
主イアンガードが不在中の騒動だ。
この場合、高慢で苛烈な側妃を即座に止められるのは、彼女の溺愛するフォンジーしかいないと侍女頭はふんだらしかった。
現在、その侍女頭は、二の宮に戻った主イアンガードに、今回の騒動の顛末を説明しに行っている。
(……あまり大事にならないといいんだけど……)
ロアナは、深々とため息。
と、その音を聞いて、フォンジーがまた心配そうに表情を曇らせる。
「ロアナ……やっぱり痛むの? 医師を呼び戻そうか⁉」
と、いって。
今にも駆けだしていきそうな第五王子には、今度はロアナのほうが驚いてしまう。
「あ! だ、大丈夫です! 本当です!」
ロアナは椅子を立ちあがると、元気よく腕を伸ばしたり、縮めたり。一生懸命な元気アピールに、不安そうなフォンジーが……余計にオロオロしはじめた。
「や、やめなよロアナ……」
無理しない方がいいよ! と、悲壮な顔をする第五王子の様子に、ロアナは少し感慨深い。
先ほど、堂々と母親に立ち向かってみせた姿とはかなりのギャップ。
自分を抱きかかえ、さっそうと三の宮の廊下を歩く彼の姿は、今思えば(※さっきは緊張で死にそうだったため、余裕がなかった)思わずため息がこぼれそうなほどかっこよかった。
だが、今自分を心配してくれているフォンジーは、普通の年下の男の子という感じで。そんな彼に、慌てて元気アピール体操をとめられたロアナは、なんだか、少し、ほっこりした。
ここでやっと緊張がとけたロアナは、肩の力を抜いて。第五王子に向けて柔らかくはにかむ。
「第五王子殿下、本当にこたびはありがとうございました」
身体はつらくとも、ロアナは深々と頭を下げる。
確かにことの発端は彼だが、フォンジーは本来なら、ロアナにとっては天上人。
こんな質素な場所にいていい人物ではないし、侍女などを気づかって、王宮お抱えの医師まで呼んでもらったことも、あまりに過分すぎることだった。
それに、彼がもし側妃を止めてくれなければ、ロアナは命まではとられなかったにせよ、確実にもっと痛めつけられていた。
我が身一つで生きているものとしては、それはあまりにも痛手。
それを防いでくれただけでも、ありがたすぎる恩情であった。
しかしロアナの礼には、やはりフォンジーは困った表情。
何度も感謝されて納得できないのか……きまりが悪いのか。それとも罪悪感が痛むのか。
彼はちょっとすねたような顔をした。
「やめてよ……礼なんて……悪いのはこっちだもの……」
そういって。やるせなさそうな顔をした青年は、ぽつりぽつりと彼らの事情を語りはじめた。