第五王子への餌づけ疑い 7
二の宮勤めでも下っ端のロアナが、イアンガード以外の貴人とは会ったことがなかったのは先出のとおり。
今、目の前で言い争っているのは、ロアナにとってはどちらも遠い世界のひと。
それなのに……。
今日はじめてその愛らしい顔を見たはずの第五王子フォンジーが、自分のことを知っていてくれて。さらに、母親である側妃から守ってくれようとしている。
これはあまりにも現実味がなかった。
まるで、演劇か、夢でも見ているかのよう。
(……、……、もしかして……やっぱり、夢……?)
……と夢落ちで納得するには、鞭で打たれた背中はあまりにも痛かった。
ロアナは困った。
(だめだ……状況に頭がぜんぜんついていけない……)
しかし、ロアナが困惑している間にも、第五王子フォンジーは怒涛のように母親を口撃。
「だいたい、ふきできものができたってそれいつのこと? そんなのもうとっくに治ってるんだけど。ふきでものごときで、いつぼくが見るに堪えないほど醜くなったの? そもそもさ、前から思ってたんだけど、ぼくってそんなにお菓子を生活から排除しないといけないほどに太ってる? お母様の目には、そう見えてるわけ?」
そういって。フォンジーは「どう?」と母親に見せつけるように、その場でクルリとまわる。
彼が、そばにいた側妃の侍女に目をとめると、視線で訊ねられた侍女は──さきほどまでロアナを短鞭で打っていたときの冷酷な顔はどこへやら。赤い顔で慌てて首を横に振っている。
フォンジーの身体つきは、スラリとしていて均整も取れていて足も長い。
顔も小さく、あごもすっきりしていて、これを太っているとは、きっと誰もがいえるはずがない。
おまけに肌は、ためいきがでるような美肌。
ふきできものなどひとつも見当たらないし、その痕跡もない。
王子に冷たい視線をなげかけられた側妃は、慌てた口調で否定する。
「も、もちろんあなたは太ってなんかいないし完璧よ! で、でもねフォンジー? それもこれも、わたしたちのこれまでの努力のたまものでしょう⁉ これからだって、努力をつづけて美を保っていかなければお父様にも……他の王子たちにも負けないようにしないと──!」
側妃リオニーにとっては、それがすべてだった。
国王の寵愛を独占し続けて、側妃として君臨し、栄華をほしいままにする。
幸い王妃は大人しいし、もう一人の側妃イアンガードは美しいが、なにを考えているのかよく分からない女。
リオニーは、序列としては三番目。
しかし、いずれはのし上がってやろうと──……
が、そんな野望めいた主張を、彼女の息子はあっさりと一蹴。
「あ、そ。じゃ、僕はロアナのお菓子を食べてても完璧なんだから、ロアナが罰を受ける必要なんてないよね?」
「え……フォ、フォンジー……?」
言ったフォンジーは、くるりと母に背を向けて、さっさとロアナたちのところへ戻っていった。
「いこ、ロアナ」
「え……は……」
手を差し伸べられて。つい『はい』と、応じそうになったロアナは、次の瞬間ぎょっとする。
彼の背後で、側妃リオニーが鬼のような形相で自分を睨んでいる。
天井に立ち上るような憎しみの炎を見たロアナは、思わず身がすくむ。伸ばしかけた手を引っ込めようとするが……。
その手を、引き留めるようにフォンジーが取った。
「あ……」
「大丈夫」
その顔は、春の日差しのように優しかった。
思わず見とれている間に、フォンジーは彼女のそばにひざまずいて、そのままロアナを腕で抱え上げた。
「殿下⁉」
思いがけず軽々と抱き上げられたロアナは絶句。
傷ついた背中にできるだけ触れぬように横抱きにされて、「よりかかって」と、頭に手を添えてフォンジーの身体のほうへうながされたロアナは──衝撃のあまり気絶するかと思った。
異性に抱き上げられたことなどはじめてだ。
一気に顔が熱くなり、今にも火が吹き出そう。
おまけに彼は王子様。
恥ずかしさと、恐れ多さのはざまで。今にも口から泡をふいてひっくりかえってしまいそうなロアナに。と、フォンジーが微笑みかける。
「ちょっとだけ我慢しててね」
フォンジーは、そのまま母の方を振り返ることもなく、さっそうと三の宮をあとにした。
側妃リオニーは──……自分の息子が、憎きイアンガードの侍女を抱えて。どこか『ざまあみろ』といいたげな、件の宮の侍女頭を引き連れて自分の部屋から出ていくさまを……唖然と見守るほかなかった。
だが、彼らの姿がすっかり見えなくなって、たった今起こったことで受けた衝撃がやわらぐと。
彼女はわなわなと震えながら、手にしていた扇を床に強く投げつけた。
「……あ、の、下賤……イオンガードの犬めが……っ!」
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もう少しで、ふたりめの殿下が登場予定。
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