嫉妬と過去 4 歪んだ執着
『ひいき』
ロスウェルが、ウルツとの関係を訊ねた時、彼女は『ひいきをされているわけではない』と、硬い口調で否定した。
顔色はうっすらと青ざめ、顔も緊張にこわばっていたが、でも、瞳はまっすぐで、嘘をついているようにも、気持ちを偽っているようにも見えなかった。
ロスウェルは、ふぅんと返しながら、愉快な気持ちで考える。
どうやら彼女は、そんなレベルでしか、ウルツとのことを考えられていないらしい。
王族と、その使用人として、ウルツに特別目を掛けられているか、否か。
だが、彼がたずねたかったのは、そんな段階の話ではない。
(……なるほどね。彼女はウルツに特別に想われているという認識はないのか……)
王城には、数多の人間がいる。
そこには身分差はあれど、人間同士、交流が発生する以上、時として情が生まれることは起こりうること。王子と侍女とて例外ではない。
特に侍女などは、身の回りの世話をしてもらう以上、どうしても情が湧きやすい。
長い王家の歴史の中では、そうして侍女を妃や側女として迎え入れた例もある。
ただ、ゆえに、先日のリオニー妃の騒動のようなことが起こってしまう。
多くの王子の母たちは、王家の血統を守るため、もしくは己の王子がよりよい伴侶を得て、後ろ盾を確かにするために、侍女たちの王子への接近を、大いに警戒しているのである。(※ただしイアンガードのような例外も存在する)
ともあれ、現在ロスウェルの前で青白い顔をしている娘には、そんな頭はないらしい。
昨夜会ったときは、正直彼も酔っていたし、ウルツがおもしろすぎて深く探りを入れることはできなかったが。
先ほど彼女はロスウェルの発言に、あくまでも、主による“ひいき”という問題としてそれに答えた。
ここがなんともおもしろい。
彼女はあんなウルツの奇行を目にしていながら、それが自分の言動によって引きこされていたのだとは、まったく気がついていないらしい。
ロスウェルは、心の中でその察しの悪さを笑う。
(……こっちも鈍そうだなぁ……まあ、仕方ないのか、相手があのウルツじゃぁねぇ……)
平素から、あの男は感情が読めなさすぎる。
調べによると、この娘がウルツと初めて言葉を交わしたのは、つい先日のことだというから、彼女が兄の気持ちを察することができなくても当然といえば当然。
あんな奇行を見せられても、それが自分を好いているからだなんて、想像のしようがない。
ロスウェルは、昨晩の兄のうろたえたようすを思い出して、片方の口の端を持ち上げる。
昨日は非常にいい気分だった。
あの堅物の滑稽な姿を見ることができたことも愉快だが、なにより、いつも負けてばかりの兄に、この一件の状況把握において、自分が兄を大きく出し抜いていることに、彼は非常に自尊心をくすぐられる。
おまけに彼は、兄の想い人がどんな娘なのかを調べさせ、思いがけずその娘の弱みらしきものをつかんだ。
……正直なところ、ヘルダーリン家になど、かけらも興味はないが。それがもしウルツをやりこめるための材料となりうるのなら、活用しない手はない。
ロスウェルは、改めてロアナを見る。
目の前で居心地が悪そうな顔で立ち尽くしていた娘は、きっと彼が先ほど言った『君も、わたしのために何かしてくれるんだよね?』という言葉を気にしているのだろう。彼の顔に広がった喜色を見て、いっそう不安そうに手中の雑巾を固く握りしめた。
ヘルダーリン家の名は余程彼女に効いたようで、揺れる瞳から放たれる視線は、ロスウェルに慈悲を願うようにすがってくる。
……まあ確かに、と、ロスウェル。
その話はあまり人には言いふらされたくはない内容だろう。特に、こんな若い娘にとっては。
娘の悲壮な瞳に見つめられていると、頭にあの憎たらしい兄が浮かぶだけに。ロスウェルは、つい加虐心をくすぐられてしまう。
口もとを緩めつつ、どうしたものかと考えていると……ふと、ある欲求が湧いた。
(……この子……ほしいな……わたしが連れ歩いたら、絶対にウルツは驚くよね……)
もし、彼がこの娘を従えたら、昨晩彼女の行動のひとつひとつに、大げさ極まりない動揺を見せていた兄が、更なる動揺を見せるのは確実。
ロスウェルは想像する。
王宮を歩く自分の後ろに、側仕えとしてついてくるこの素直そうな娘と、そんな自分たちを見て、愕然と立ち尽くす兄。
自分を世話する娘を見た兄が、どんなに悔しがるだろうと考えると……。兄に嫉妬を向けられるだろう痛快さを妄想し、青年の心は優越感に躍った。
こうなってくると、ロスウェルはどうしてもロアナを手に入れたい。
(イアンガード妃は、わたしがこの子を『譲ってくれ』と言っても許可するとは思えないけど……この子自身がそれを強く望めば……)
ロスウェルは、ロアナににんまりと微笑みかける。
──口止め料は、決まった。




