第五王子への餌づけ疑い 6
フォンジーの整った顔にはみるみる冷たさが広がった。
母親に対する親しみや愛情はさっと潮が引くようにきえていき、あとに残ったのは嘲笑。
形のいい薄い唇に笑みがのると、これがまた迫力がある。
直前まで、険しい表情をしていた彼のその激変には、彼の母親はまだ何が起こったのか理解できないという困惑をみせる。
自分の発言が、息子を怒らせることがあるなどとは、思ってもみないというふうの側妃には、それをはたで見ていたロアナはとてもハラハラした。
「フォ、フォンジー?」
「あはは、なぁにそれ。お母様? もしかして寝ぼけてるの? 寝言は寝ていいなよ」
この言葉には、側妃は言葉を失くし、彼女の使用人たちは皆顔色を失くしている。
「ぼく、もしお母様がそんなことしたら、お母様のこと軽蔑しちゃうな♡」
「え……な、なに……?」
側妃は息子の辛辣な言葉がまだ理解できなかったのか、ぽかんと訊ねる。
「フォンジー? あなた今とても美しい顔だけど……もしかして……それは母に文句を言っているの……?」
こんなときですら息子の美しさに目がいくとは、なんてのんきなと、フォンジーが失笑。
だが、確かに今のフォンジーは、普段より気迫が増して美しくすらあった。
刺々しさをまとって、青年は母親に笑みを深める。
「お母様……? お母様は、今、あなたの息子が本気で怒っていることもわからない? ぼくに対する愛情なんてその程度なの?」
「な、なにを言っているの……? そんなわけがないでしょう⁉」
側妃は溺愛する息子の言葉に動揺を見せる。
しかしフォンジーは、そんな母親からふいっと視線を外すと。駆けつけた侍女頭に、怪我をしているロアナを託す。
そして改めて母のもとまで歩いて行くと、そこで豪華ないすに座ったまま唖然としている側妃の耳に顔をよせた。
「……ねえお母様……ぼく、ロアナとロアナのお菓子がすっごく好きなの」
ひそやかな打ち明け話に、とたん側妃が目を剥く。が、息子はにっこり釘をさす。
「お母様がこれ以上彼女になにかするんだったら、ぼく絶対に許さない。そうだなぁ……もし、お母様がロアナを王宮から追放するなら、いっそついていっちゃおうかな? 第五王子なんて、別に王宮にずっといなくてもいいでしょ?」
「⁉ フォンジー!」
笑顔でささやかれた脅しめいた言葉に。呆然としていた側妃は、やっと我に返って悲鳴のような声を上げた。
だがフォンジーは、金切り声を上げた母からはさっと離れていって。侍女頭に介抱されているロアナのもとへ戻っていった。
「ま、待ちなさい! あ、あ、あなた、いったいなにをいっているの! そんな馬鹿なこと許されないに決まっているでしょう⁉」
そんな下賤──と、母が言い捨てようとした瞬間。ふりかえったフォンジーの鋭い視線がギロリと母を刺す。その威圧感に、側妃はうぐっと口をつぐみ。フォンジーはケロリと返す。
「ああそうなの? ぼくに出てって欲しくない? じゃ、お母様はロアナを王宮に置いておくしかないよね」
その言葉には、側妃は呆然。
なんでも思い通りになる我が身のはずが、愛する息子は彼女の言葉にちっとも耳をかしていない。
そう察した瞬間、彼女は顔を真っ赤にして息子に怒鳴りはじめた。
『恩知らず!』『親に向かって!』と喚いたかと思えば、今度は『母はお前のためを思って……!』『お前はその女に騙されているのよ!』と、泣き落とし。
対するフォンジーはずっと淡々としていた。
「お母様、子供みたいにわめくのはやめて」
この……壮絶な親子ゲンカを──。
ロアナは、いささかキツネにつままれたような気持ちで見ていた……。