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衛兵の目撃談 12 羞恥と恐怖のはざま


 倒れこんでくる娘に驚いて。とっさに、すくいあげるように脇から持ち上げたのがまずかった。

 受け止めた瞬間、向かい合わせで空に浮いた娘と目が合って。ウルツは、そのまんまるになった瞳を見て、大きく動揺する。

 自分を見つめる彼女の瞳は、大きく見開かれていて驚きに満ちていた。

 その目に、自分が映っている。

 そう意識したとき、青年は、自分の軸がぐらりと揺らぐのを感じて息を呑む。

 これまでこの青年は、我が道を来た。

 王国を支えるひとつの歯車として、自分を強く律し、揺らぐことなどほぼなかったと言っていい。


 しかしその彼は、ここで動揺によって目測を誤り、身のバランスを崩した。

 彼が、冷静に、鉄壁にと防御してきたはずの精神に。

 確かに誰かが入りこんだのだと、証明されたような気がした。


「──⁉」


 その刹那、彼が支えていた両手からロアナがすべり落ちてきた。

 彼女はびっくりしたように、ぎゅっと瞳を閉じて。


 ──そのときふいに、何か柔らかいものがウルツの頬をかすっていった。


 しかしそれが何かを考える前に。ロアナは彼の肩にぶつかるように落ちてきて。ハッとしたウルツが、なんとかそれを抱きとめた、が。その衝撃で、二人はもつれるように床の上へ倒れこむ。



「……、……あーあ」


 その光景に。一連のことをはたから見ていたロスウェルは、思わず失笑。

 彼のなまあたたかい視線の先では、兄と一人の娘が重なり合うようにして床に倒れている。

 その一人は、王族であるし、もう一人は女性なのだから、普通に考えれば、その状況を見て吹き出して笑うというのはあまりよろしいことではない。

 しかし、ロスウェルは、どうしても笑わずにはいられなかった。

 床の上で侍女の下敷きになった彼の兄の顔は相変わらずいかめしいが、その表情は、どこかとても呆然としているように見える。顔色は見る見る赤くなっていって、全身はわなわなと震えている。

 ──理由は分かっている。

 さきほど兄がそこにいる娘を受け止めた時、ほんの一瞬、彼女の唇が、兄の頬に触れたのだ。

 それは、本当にわずかな接触。

 しかし、どうやらそのことに気がついたらしい彼の兄は、その事象に、耐えがたき衝撃を受け、床の上で動くこともできないらしい。


 片や、兄の上の娘はといえば。

 こちらはこちらで何やら沈黙中。

 彼女は兄の黒衣に顔をうずめているので表情は分からないが。こわばった全身を見るに、どうやらこちらも何がしの衝撃を受け、硬直中。

 しかしどうしてなのか、右手だけが妙にブルブル震えているが……。


(? 怪我? ……とかっていう感じではないな?)


 うーんなんだろう? と。怪訝そうなロスウェルに、ここで彼らのそばで、同じく状況を見守っていた衛兵たちがさすがに動揺しはじめる。


「え……で、殿下、あれはどうしたら……」

「ウルツ様をお助けしたほうが……侍女もなんか変ですし……」


 しかし衛兵らの戸惑いに、ロスウェルは無情。


「し! ダメダメ。手出し無用だよ。あんなおもしろいもの」

「……(おもしろいものって……)」

「……(ひでぇな……)」


 小声ながらきっぱり言った第四王子の目は、明らかに状況を楽しんでいた。

 衛兵らの呆れたような視線にも気がついていて、あえて笑っているらしいところが、彼の性格を表わしている。


 

 さて、そしてこちらは当事者ロアナ。


「………………………………」


 こちらはどうやら……状況に対する精神処理が、追いついていない。


(…………どうしよう、動けない……)


 彼女は呆然としたなかで、まずはそう思った。

 嫌な予感がするのだ。

 自分が顔面をうめているもの、これはいったいなんだろうか……。

 感触は温かく、ほどよく張りがあり、かたい。

 非常にいい香りがして、それを心地よく感じる反面──心底、恐ろしい。

 なぜかというと。衝撃の直後、彼女はほんの数秒、それをまさぐってしまったのだ……。

 

(っいや、だって! あんまりにも急なことで……!)


 その感触を思い出したロアナは、伏した顔面が、頭が、爆発しそうに急騰するのを感じた。


 一瞬、何が起こったのか全然分からなかったのだ。

 彼女は侍医を呼んでこようと駆け出したところで。そこから呼び止められて、この有様。


 すぐには状況が理解できず、自分が転がった場所に手をついて、身を起そうとしたら──思いがけずそこは弾力のある感触。

 思わず(あれ?)と、身を伏せたまま手でなでてしまってから──彼女はハッと何かを察す。

 気がついて、愕然とした。

 いや、それが何であるかも重要だが──彼女は今、その何かに顔面から着地し、全体重でしな垂れかかっている。

 足裏は完璧に床から離れていて、身体の前面を接地面として完全に身を預けた状態。


 おまけにその身をまさぐってしまったとなれば……。


(……! ……⁉ ……っ⁉⁉⁉)


 これはロアナのような娘には、ちょっと気が遠くなるような──羞恥と恐怖のはざまであった。



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