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フォンジーの苦悩 1

 

 思考に沈んだウルツが一の宮をさまよっていたころ。

 彼の腹違いの弟フォンジーも、時を同じくしてようやく一の宮のエントランスに帰りついていた。

 その瞳には、いつものような明るい輝きはない。


「……疲れた……」


 青年の口からは、そんな深々とした言葉がもらされる。

 後ろに控えるイエツも、心なしかげっそりしていた。


 彼らは、ついさきほどまで側妃リオニーのところにいた。

 ──もちろん、いきたくていったのではない。


 ロアナの手伝いを終えたフォンジーが一の宮に戻ってくると、エントランスで見慣れた使用人に呼び止められた。

 その者はフォンジーの顔を見るなり慌てた様子で駆け寄ってきて、ひどく困った様子で彼に謹慎中の母のもとへいくように懇願した。

 男はリオニーに仕える者で、母に命じられてずっとここで彼を待っていたらしい。


 だが、昨日の一件もある。

 フォンジーは、今は正直母に会いたくはなかった。

 自ら謹慎しているというのなら、一人でしっかり反省してほしいと思った。


 ……けれども。

 ここでフォンジーが母の招きを無視してしまうと、彼を連れてくるように命じられた男が被害を被るのは目に見えていた。

 もうずいぶん長い時間そこで待っていたらしい男の、疲れはて、困り果てた顔を見ると、若いフォンジーはほうってもおけない。

 本当に気は重かったが、これも息子の役目かと、彼はしぶしぶ母のもとへ向かうことにした。


 だが、すると案の定、彼の顔を見た母は愚痴のオンパレード。

 不満を並べて苛立って、恨み言をわめき、彼に泣きついた。

『自業自得』だと突き放すと『お前のためだったのよ!』と、お決まりのセリフ。

 その後は涙と脅しの繰り返し。これにはフォンジーも、つきそうイエツもうんざりしてしまったというわけである。


 そんなこんなでやっとのことで一の宮に戻ってきたが……そのころにはもう辺りは暗い。ロアナと別れてから、すでに数時間が経過していた……。


「……ごめんイエツ。ちょっと座っていいかな……」


 エントランスに入ったとたん、どっと疲れを感じたフォンジーは、壁際にすえてある長椅子に倒れるように腰を落とす。そのまま彼は壁にもたれるように天井を仰ぎ、そんなようすを見た侍従は悲壮な顔。


「だ、大丈夫ですか殿下⁉」

「うん……ちょっとだけ……イエツも疲れたでしょう。もう帰っていいよ。あとはぼく、自分でやるから……」


 心配そうな侍従にフォンジーはそう言ったが、その気力の薄い顔を見たイエツは彼のそばから離れようとはしなかった。しかし代わりに青年は憤る。


「なぜこんなに遅くまで母君様にお付き合いなさったのですか? まったくもう! リオニー殿下ときたら……! 愚痴を言いはじめると一時間も二時間も殿下を拘束なさる! あんなのにずっと付き合う必要ありませんよ! だいたい、おんなじことを何度も何度も、なぁああんども! 繰り返しおっしゃるんですから!」


 つきあっていたら延々と終わらないと知っているでしょう⁉ と、力説するイエツに、フォンジーは苦笑しかでてこない。

 確かに彼の言う通りであった。

 フォンジーの母リオニーは、典型的に『自分の考えが一番正しい』と思いこんでいるタイプだった。

 人には人の考えがあるということを理解せず、自分と違う考えを受け入れない。

 フォンジーがいくら『それは違うのではないか』と意見しても、『お前はまだ幼いから』と笑い飛ばし、絶対に折れようとしない。

 ただ、昨日の件は、フォンジーが思いがけず強く出たことで母は驚き、その脅しに屈しはしたが……あれはきっとぜんぜん納得はしていないのである。

 そのうちほとぼりが冷めれば、ケロリとしてまた同じような過ちを繰り返すに違いないなとフォンジーは察した。

 むなしいが……彼の母はずっとそうだった。

 彼女の息子として生きてきたこの十七年間で、フォンジーは、世の中にはけして分かり合えない人間がいるのだと悟った。

 それがよりによって自分の母親であったことは悲劇だが、母親ゆえに放り出すこともかなわない。

 

 フォンジーは怒っているイエツを見た。もう、笑うしかないという心持ちだ。


「まあそうなんだけど……でも、他の者があれに付き合わされるのは気の毒かなって。きっと母上は言わなければ気がすまないし……ぼくは息子だしね」

「殿下……」


 そう言うと、侍従は気の毒そうな顔で肩を落とす。

 イエツも、フォンジーが三の宮にたどりついたときの、使用人たちのホッとしたような、すがるような目を見ている。そんな使用人たちを主が放っておけないこともわかっていた。


(でも……フォンジー様だって今はリオニー様に怒っておいでだろうに……)


 彼の主は、現在あのロアナという娘に執心だ。

 彼女を傷つけた母の顔を見ればきっと腹も立つだろうし、反省しない母親を見るのは我慢がならないはず。それなのに、その憤りを二の次にして、下の者にまで配慮しなければならない彼の立場が憐れだった。

 イエツはリオニー妃は厄介だと苦々しい。

 だが相手が相手である。

 正妃ではなくとも、フォンジーという国民の人気も高く国王自慢の王子を産んだ彼女は、この国での地盤がかなりしっかりと確立されている。

 おまけに祖国の支援も強大で、その地位はなまなかなことでは揺らぐことはない。

 イエツはやるせなさそうに口をへの字に曲げている。そんな侍従に、フォンジーはやはり笑う。


「いいんだ。今日はこれがあるし……」


 そう言って青年が顔をほころばせて見下ろしたのは、彼が両手で大事そうに持っていた小さなつつみ。

 茶色の油紙に包んであって、簡素な紐でくくられている。

 その中からは、まだ鮮明に甘い香りがただよってくる。

 トゲのある言葉を聞き続け、母と分かり合えない虚しさに心は擦り切れるように疲れていたが……。

 昼間、この中身をロアナと作ったことを思い出すと、青年の心の中には幸せな気持ちが蘇る。


 青年は、ぽつりとつぶやいた。


「……ぼく、だから好きなんだ……」

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