第三王子の謎の沈黙 7 金の王冠
「……どうした? 何かあるだろう」と、圧強めの真顔で急かされたロアナの額には、じんわりと汗がにじむ。
なんだか……よくわからないが、とにかくこれは大いなる試練であった。
「え、えと……」
クッキー生地のうえでヒヨコの型を握りしめた姿勢のまま、ウルツを振り返っていたロアナは、動きを止めて懸命に考えた。
第三王子のこの言動は、いったい何を目的としているのだろう……?
ここは、彼ら王族に仕える王宮侍女のはしくれとしても、しっかり彼の要望を見定めねばならなかった。
まず、前提として、今目の前でその不可解な命令を下そうという御仁は、けして冗談などを口にするような人物ではない。
むしろ、冗談など、くだらぬものと嫌悪すらしていそうである。
(……そうよ……ウルツ殿下はすごく真面目なお方と聞くし……)
侍女に戯れでおかしなことを言ったりする人物ではないはずとロアナ。
それを裏付けるように、第三王子の顔はいたって真剣。……恐ろしいくらいに。
そんな男に凝視されたロアナは、(だとしたら、)と、ある結論に至る……。
(え……? もしかして……これは、なんらかの試験……? わたしは殿下に試されている……?)
ガーンとロアナ。
しかし、王子が侍女を相手に『自分に命じろ』なんて、変な話が過ぎて、ひっかけ問題的なものにしか思えなかった。
(つ、つまり……? イアンガード様のご子息として、殿下はわたしが侍女としてふさわしいかどうかを見定めようとなさっている、の……?)
ウルツの想いを微塵も知らないロアナの深読みが止まらない。
(え……では……このお申し出を、安易に受けた瞬間、クビが決まるということ……⁉)
(つ、つまり……ここは丁重に辞退させていただくのが正解……⁉)
(あれ⁉ わ、わたし……もうすでにさっき殿下のお申し出に甘えて生地を伸ばすのを頼んでしまったわ⁉)
しかも、一枚だけではなく、五ま、い、も……と……。
ロアナは絶望のまなざしで、自分の下に広がるクッキー生地の山を見下ろして──絶句。
結果、すっかり自分がすでにやらかしてしまったのだと思い込んだ娘は、顔面を驚愕でこわばらせ、沈黙の下でどうしたら……と、大慌て。
緊張で喉が鳴り、額に汗がにじんだ。顔色も、わかりやすく青くなって……。
と、その娘の顔を、ずっと頼みごとを待ち続けて凝視していた男が、すぐに変化に気がついた。
なぜか目を見開いて作業台を見下ろし、その後、呆然としたように自分のほうへ視線を戻したかと思うと、急にガクガクしはじめた娘に──ウルツは困惑。
「……おい、いったいどうし……?」
彼が怪訝に顔をしかめ(……て、いるようにしか見えない心配顔で)、片手を持ち上げて、ロアナに一歩近寄ろうとすると、それに驚いた娘がその場で跳ぶ。
それは……非常に見事なビビりジャンプだった……。
クッキーの型抜き作業中だった娘は、作業台のほうに前かがみになる姿勢で固まっていた。そのままウルツに驚き、見事にビヨンと床を蹴ったもので……彼女の身体は卓上に広げられたままのクッキー生地や、型抜きが終わり、鉄製の天板に並べられていたクッキーだねに、肩から突っ込んでいくことに……。
「⁉ ロア──ッ⁉」
これにはさすがのウルツもギョッとする。
慌てた青年は、とっさに作業台のうえに魔法で防御壁を張る。彼が右手を横に振ると、並べられたクッキー生地たちの上に銀に輝く透明な膜ができた。そこへ倒れこんでいったロアナは、
「う⁉」
弾力のある魔法壁にぶつかって、ボヨンッと跳ね返りウルツのほうへ。
はじかれるようにもどってきたロアナを、ウルツはなんなく受け止める。
しかし、一連のことをやすやすと行使したにもかかわらず、青年の顔には珍しくどこか必死さがにじみでていた。
「大丈夫か⁉ ロアナ⁉」
「……、……、……」
青年に抱き留められたロアナは、思いがけず迫ってきた端正な顔に一瞬ポカンとする。
目の前に見開かれた群青色の瞳があった。
闇色の瞳孔と深い青い虹彩との境には、まるで王冠のような金の輪が。
その美しい輝きに、ロアナはつい息を呑む。




