第五王子とクッキー作り、の波紋 7
あれは一年ほど前のことだっただろうか。
彼女がいつも通りにおすそ分けのお菓子を置いておいた翌日。彼女がフランツに個人的に場所を借りている戸棚の引き出し(※複数の同僚と共用の私室は個人のスペースが狭く、菓子類を大量に保存しておけるような場所がない)を開けると、そこには、見慣れぬ小さな包みが。
かわいらしい包み紙に包まれ、ピンク色のリボンを掛けられた、コロンと小さな四角い箱。
なんだろうと不思議に思って開けてみると、そこには金物のクッキーの抜型がふたつ入っていた。
かわいらしい花の形を模したものと、小鳥の形のクッキーの抜型。
菓子作りが好きで、その道具もとても好きなロアナにとっては、目にするだけでキュンとするかわいらしさだった。
添えてあった手紙を読むと、贈り主は“お姉さま”。
いつものおすそ分けの礼とのことで、その思いがけない贈り物に、ロアナはとてもとても感激した。
以来、“お姉さま”は、それまでも時々くれていたお返しの品に加え、時折、クッキーの抜型をひとつふたつプレゼントしてくれるようになった。
そしてロアナがその抜型を使って、定期的にクッキーを焼くのもすでに恒例のこと。
彼女が贈られたクッキー型をつかうと“お姉さま”はとても喜んでくれる。
それに、どうやら彼女は、王宮内をあちこち走り回らねばならない職務についているようで、そのときに携帯しやすい菓子を好んでいるようだった。
だからロアナは今回も、その抜型をつかったクッキーを焼こうと思っていた。
プレーンなものに加え、今日は生地の上に甘酸っぱいジャムをのせて焼くつもりで。そうするとジャムがゼリー状になってねっとりとおいしい。
焼き上がりを想像すると、幸せな気持ちになるのだが──……。
しかし、今、ロアナの目の前には第五王子フォンジー。
この、すっかりやる気の、高貴で純心そう(※ロアナ視点)な青年王子に、彼の申し出通り、その作業を手伝ってもらってもいいものか……。
(でも……“お姉さま”とは約束してしまっているしな……)
まあ……もはやその“お姉さま”も、本当に“お姉さま”なのかは疑わしいわけだが。ともかく。
ロアナが長く手紙で交流してきた相手に、クッキーが食べたいと請われ、前のめりで快諾してしまったのは確かだった。
ロアナはすっかり困ってしまった。
菓子作りに慣れていないフォンジーが火傷などを負ってしまわないかは心配だが……慕っている“お姉さま”の期待も裏切りたくない……。
それに今日クッキーを焼けなければ、次の休日はまた五日後。
材料の問題もあるが、疲れて甘味を欲しているらしい相手を、そんなに待たせるのも気が引ける。
「……、……よし」
悩んだ挙句、ロアナは腹を決めた。
フォンジーには焼きの工程では遠慮してもらえば危険は少ないはずだ。
あとは……自分が無礼にならないように気を付ければ、そばでキリキリした目で自分を睨んでいるイエツも、周囲で怪訝そうにロアナをじろじろ見ている者たちのことも、過剰に怒らせることはないはず。
彼女は、すでに身支度を整え終えて、にこにこと自分を待っている青年に、少し気おくれしたような笑みを向ける。
「……では、フォンジー様……大変申し訳ないのですが、お手伝い、願えますか……?」
まだ少し戸惑い気味にそう訊ねると、とたんフォンジーが晴れやかに大きく頷いた。
「! うん!」
そのくったくのない笑顔に、ロアナは少しホッとした。
そうして。
愛らしい顔を喜びでいっぱいにした青年がいる一方……。
賑やかな厨房の出入り口付近には……なにやら険悪な雰囲気を発生させている者がひとり。
その男は、柱に顔半分を隠すようにたたずみ、厨房の中を睨んでいる。
冷酷な真顔と、半眼のするどい瞳が怖かった。
(……、……、……あいつは……いったい何をやっているんだ……?)
……ウルツである。
…あちらを立てればこちらが立たず、は、逆ハーの醍醐味でしょうか(^^;)(まだ二人だけど)
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