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第五王子とクッキー作り、の波紋 6


 そんなに長く交流していた相手なら、ロアナがケガを負ったと知ったら、自分と同じできっと心配して様子を見に来ると思うのだ。

 フォンジーは、広い厨房の中をうかがった。

 今は午後。

 普段なら、昼食の提供も終わり、厨房内には人気はないはず……なのだが。

 本日は第五王子が訪問中とあってか、周囲は人だらけ。

 壁際や出入口のまわりは、ハラハラした料理人や、フォンジーを見に来た若い侍女たちで大いににぎわっている。

 そんな者たちを料理長のフランツは、さも面倒そうになだめていて、彼の侍従は不届きものがいないかと、ずっと警戒中の猫のような顔で周囲を睨んでいる。

 ただ、こんな光景は、生来愛らしい顔つきで人に注目されてきたフォンジーにとっては見慣れたもの。

 彼は集まった者たちをじっと観察。


(あの中に、いるのかな……?)


 だとすれば、それは男だろうか? 女だろうか?

 昨日のロアナの様子では、どうも相手のことは性別もはっきりしていないようだった。

 もしその人物が女性なら、まあ、フォンジーは、少しはヤキモチを感じても、そこまでは気にはならないのである。


 ……でも男なら。


(…………やだな)


 率直にそう思う。

 胸の中にはもやもやとしたものが広がった。

 はっきりいって、それはすごく気に入らない。

 




 ロアナは……さらに窮地に立たされていた。

 さすが美貌の王子様。いつの間にか厨房には大勢の人だかり。

 そりゃあそうだ。

 皆、王子様など稀にしか姿も見られないという立場の者たち。

 おまけにフォンジーは、時折二の宮にやってくるいかめしい第三王子ウルツより、格段に気さく。

 同僚たちは、すっかり明るく人懐っこい笑顔のフォンジーに魅了されているらしく、誰もが自分とフォンジーのいる作業台に注目して、固唾をのんだり、ソワソワと頬を赤らめていたり……。


 え……? と、ロアナは途方に暮れる。


(え……? わたし……この状態でお菓子をつくらないといけないの……? え……? うそでしょ……)


 それはなかなかに厳しい試練である。

 こんなに注目されながら、しかも王子と共に菓子作りなど。

 緊張して、すべての粉を床にぶちまけそうな気がしてならない……。


 しかし、フォンジーはロアナを手伝う気まんまん。


『傷が痛むようなことは絶対にしないでね? 僕が全部やるから!』──と。


 厨房に立ったことなどないだろうに……怪我をしている自分のために、一生懸命慣れない作業に挑もうとしているいじらしさを見てしまうと……。はじめは断ったロアナも、どうにもフォンジーの申し出を無下にできなくなってきた。


 そして、どうやらそんな気持ちはまわりで見ていた観衆たちも同じなようで……。

 ひそやかに聞こえてくるのは、ため息交じりの『フォンジー様おかわいらしい……』とか、『がんばってください!』という熱い激励。

 声の主たちは、無言の圧をロアナにかけてくる。


『フォンジー様をがっかりさせるな』

『だいたい、なんであの子が?』

『どういうこと?』


 そのチクチクとした視線には、不可解さと羨望がいり混じっていた。

 これにはロアナは、非常に居心地の悪い思い。


(…………間違いなく、あとでみんなに質問責めでつるし上げられる……)


 それを思うとげっそりした。

 そこへきて、自分との菓子作り最中に、もしフォンジーが火傷でもしてしまおうものならば……。

 ロアナは、イエツを筆頭としたここにいる全員から、袋叩きにされてしまうのではなかろうか。


(……こ、怖い……)


 どうしようとロアナ。

 せめてもの救いは、今日作る予定なのが、比較的簡単なクッキーをであったことだが、それでも焼きという工程がある以上、火傷の危険はぬぐえない。


(……いっそ火も刃物も使わないお菓子に変更する……?)


 調理器具などふれたこともないだろうフォンジーに、菓子作りを手伝ってもらうのならば、そのほうが安心だがと、ロアナはいくつかのレシピを頭に思い浮かべる、が。

 不意にその顔が、悩ましげに曇る。


(……お手紙の“お姉さま”と、クッキーをつくるって約束してしまっているし……)


 ロアナの大事な文通相手。

 実はこの“クッキー”にも、その“お姉さま”との間に少しいきさつがあるのである。



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