第五王子とクッキー作り、の波紋 4
「貴様……殿下に向かって意見などできる立場か⁉」
「イエツ」
きつい一喝に、途端フォンジーが咎めるような目をしたが、ロアナはそれを当然と受け止めた。
イエツがフォンジーに近づく者に厳しいのは当たり前。
フォンジーの距離感が謎に近いので、ロアナも対応に戸惑っているが、彼は一国の王子で、国王の寵児。本当は親しげに話などしてはならない相手だ。
イエツの憤りに満ちた顔は恐ろしいが、道理にかなっている。
──でも、だからといって、ロアナは誰かを案ずる気持ちを、怯えで引っ込めては駄目だと踏ん張った。
「それは……確かにわたくしめはそのような立場にございません」
では、とロアナは、青年侍従に向きなおり、背筋を伸ばして、自分よりすこし上にある彼の顔を見上げる。
思いがけずロアナに見つめられたイエツは怪訝そうに一瞬眉をひそめ、そんな二人を、フォンジーは薄く唇に微笑みをのせたまま見守っていた。……ただ、彼は、イエツに向かってかしこまったロアナが、その拍子に自分の手を離したのは少し残念そうだった。
ロアナはイエツをしっかりと見つめる。
「殿下から、『何かあったらブルクミュラー家の皆さまに』と、お申し付けいただきましたので、今回はあなた様に申し上げます」
「な、なに……?」
その言葉に、イエツは困惑を浮かべる。
「第五王子殿下が心配です。昨日あのようなことがございましたし、もちろんわたくしめには、フォンジー様の行動をとやかく申せません。料理長との交流を阻む権利もございません、が……この件でフォンジー様が母君と仲たがいをなさるようなことになれば、結局悲しい思いをなさるのはフォンジー様ではありませんか? ブルクミュラー様ももちろんそうお考えですよね?」
「そ、それは……そうだが……」
「でしたらどうか、ブルクミュラー様から殿下にご進言ください。それか、今後殿下が料理長に会いにこられるときは、先にお知らせくださるとか……そのときはわたくしは厨房にくるのは遠慮いたしますから」
「う……」
ロアナの口調はけして威圧的ではなかったが、嚙みついた相手に正論で返され、言葉に窮したか。若いイエツはムッと口ごもる。
その様子に、彼の幼馴染を称するフォンジーはニコニコ……というか、ニヤニヤしている。
「で、殿下! 笑ってないでなんとか言ってください! この女、口が達者です!」
「違うでしょ。なんでもかんでも、ぼくに無礼だとかいって噛みつくイエツが悪いの」
「殿下!」
きっぱり断じられ、イエツが悲壮な顔をするが、フォンジーは笑って取り合わなかった。
彼は、毅然としたロアナを見られて嬉しいのである。
「ごめんねロアナ。イエツは絶対的なぼくの味方なんだけど、若いのに頭が固くって時々こうなんだ。ときどきお母様にも噛みつくから、ぼくが守ってあげないといけないくらい。あと、すごくヤキモチ焼き。許してね」
「いえ……とんでもな──」
いです、と、言おうとしたロアナの手を、またフォンジーが取る。
「!」
驚くロアナに、フォンジーは少しすねたような声で言った。
「でも、ぼくを避けるのはやめてね。ぼく、君に会いたくて来てるんだから」
「う……⁉」
言って、にこーっと太陽のような微笑みを見せられたロアナは、まぶしそうな顔で及び腰。
……どうにも彼女は、昔さんざん兄弟の横暴にさらされてきたこともあって、高圧的なイエツのような青年には耐性があるのだが……こう、兄弟たちとは正反対な甘え方をされると、どうにも戸惑いが勝る。
おまけにフォンジーは並外れた愛らしい美貌を備えている。
「(う……で、殿下の愛らしさで目がつぶれそう……)で、でも……あの、殿下のお立場、とかが、ですね……」
しどろもどろのロアナに、フォンジーは無邪気。
「大丈夫! 今更ぼくが我がままでも、だぁれもなんにも思わないよ! だってぼくはあの我がまま側妃の息子だよ? とっくにみんなそうだって思ってるから。ねえロアナ、君、お母様のせいで怪我をしたでしょう? だからお菓子づくりを手伝うつもりできたの。追い払わないで♡」
「で、も……」
フォンジーに笑顔で懇願されたロアナは、困ってイエツに視線で助けを求めた。
が、そこでふくれっつらで憮然としている侍従はもはや諦めたのか、どこか投げやり。
「……無理だぞ。その笑顔で押し通そうとするときの殿下のご意見をまげるのは」
「で、ですが、ブルクミュラー様……」
「ロアナ、ね、この道具を使うの? あ、まず手を洗わなくちゃ! イエツー、ぼくのエプロンは?」
困惑するロアナをよそに、フォンジーはうきうきと菓子づくりの用意をはじめている。
彼に尋ねられたイエツは、さっさとロアナのそばから離れていって、てきぱきと彼の身支度を手伝っている。
ロアナがぽかんとしている間に、青年はすっかり身支度を終え、エプロン姿で彼女のことを待っていた。
「で? ロアナ、今日は何をつくるの? なんでも手伝うから遠慮なくいってね!」
……どうやらこれは……止められそうもない。




