第五王子とクッキー作り、の波紋 2
これに関しては、今朝一番、ロアナは主イアンガードから説明された。
側妃の顔には、うっすらとむなしさが漂っていた。
『……あの者はのう、早々に『フォンジーを思うあまり』と、陛下に泣きついてな。第五王子を引き合いに出されると、陛下も弱い。そこへきて、王妃までも駆り出し、配下への処罰だけで許せととりなしてきた。どうやら、あやつの祖国と取引のある貴族どもが、リオニーに脅されて、王妃にすがりついたらしい』
『呪いの一つでもくれてやろうかと思うていたのだが……私は王妃の顔を立てねばならぬ。……許しておくれ』
イアンガードに、そう真摯に謝られたロアナは、とてもびっくりしてしまった。
『いえ、いえ! そんな……』
真っ赤な顔でそのような必要はないとかしこまると、イアンガードはふっと顔をほころばせる。
主とはいえ、下っ端のロアナにとってイアンガードは、遥かかなたの存在。たおやかに微笑みかけられてすっかり夢心地。──が。
『それで……傷はどうだ? 痛むか? 数日休みを与えるゆえ、しっかり傷をいやしなさい。お前にはリオニーから治療費と慰謝料をしっかりしぼりとっておいたゆえ湯水のように散財してやるがよい』
『え』
イアンガードの言葉には、うっとり主に見とれていたロアナは、あっけにとられる。
だが、主は平然とコロコロと笑うのだ。
『だが、少々むしり取りすぎたかもしれぬ。ゆえに、しばらくは恨みを買うかもしれぬが、案ずるな。宮の衛兵を増やして、守りの魔法もかけたゆえ、今後は二の宮には手出しはできぬ。護衛も吟味したものを手配しておいたゆえすぐにくるはずじゃ』
だから商人をたくさん呼んでやろう、豪遊なさい。と、女神のような微笑みでいわれたロアナは──ポカン。
すると主の後ろに控えていた侍女頭が、すっと前に出てきて、その手にはなにやら抱えるような大きさの箱が……。
侍女頭が表情もなくそれを開くと、唖然としたままだったロアナが箱の中身を見てギョッとする。
なんと……イアンガードがリオニーに治療費と慰謝料として要求した額は、城下でちょっとした家が買えるくらいのものだった。
これにはロアナは怯えた。
いくら相手が裕福な側妃と言えど、これはもらいすぎである。
城下で暮らしていたロアナは、いろいろと金銭にまつわる話で人に騙されたり、裏切られたりした挙句にこの二の宮にたどりついた。
上手い話には絶対裏があると思っているし、タダほど怖いものはない。
それになんといっても──その金が、昨日自分を高慢に鞭で打っていった側妃リオニーからの金銭であるという点が一番恐ろしかった。
主イアンガードの気持ちはありがたかったが、こんな金を受け取ってしまったら身の破滅のような気がして。
真っ青になったロアナは、とりあえず、治療費は侍女頭のマーサにすべてまかせるといって、イアンガードの前から急いで退散してきた。
……と、ロアナが去ったあとのイアンガードと侍女頭。
『おや……どうやら驚かせてしまったようじゃ』
どうする? と、イアンガードが侍女頭を見ると、婦人はあきれ顔。
『……だから言いましたのに。あまり過分なことをなさると、あの子は逆に警戒しますよと』
たしなめられたイアンガードは、『あって困るものではないと思うが……』と、もったいなさそうに箱を見る。
『それで……これはいかがいたしましょう?』
『……まあ、あの者がそちに託すというのだからそのとおりになさい』
その言葉に侍女頭は頷く。
『かしこまりました。では、これはわたくしめが預からせていただきます。投資でもして増やしておきましょう。きっとロアナが嫁ぐなりするときに役立つでしょう』
『…………そち、先ほど過分なものはよくないと申しておらなんだか……?』
増やしていいのかと懐疑的なイアンガードに、マーサはしれっと返す。
『あって困るものではございませんので』
『……』
大丈夫、一番手堅いものにしておきます、と、不敵な笑みを口元に乗せる婦人は、実はやり手で、裕福な貴族の妻。その頭の中の投資計画を読んだイアンガードは、思った。
……うむ、これは確実に増えるな。
『……まあ、好きにせよ』
『はい、承りました』
こうしてロアナがイアンガードのもとから自室に逃げ帰ったのが午前。
フー怖かった……と、胸をなでおろし、ひとまず昼の時間が過ぎるのを待って、予定通り厨房に菓子をつくりに出向いた、のだが……。
「……それでロアナ、今日は何をつくるの?」
「……」
弾む声ときらめく笑顔が彼女にかけられて、ロアナは沈黙。
どうしてなのか……今度はこうして、第五王子フォンジーが厨房で彼女を待ち受けていたというわけなのである。
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わき役女性がしたたかなお話が好きです(^^)
さて、では舞台は厨房に戻ってきました。
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