第五王子への餌づけ疑い 2
(第五王子殿下が……? わたしの……お菓子を……?)
それは、ロアナにとっては、あまりにも接点のない貴人だった。
王宮侍女とはいっても、彼女は下っ端。
しかも職場は二の宮だけ。
王子たちは、普段、国王や王妃たちと共に一の宮で暮らしていて。二の宮にしか出入りが許されていないロアナが、他の宮で暮らしている王子と出会うことは、まずない。
麗しいと評判の王子たちを見かけたことがないのは、ロアナもとても残念だが……。
そもそも王子たちがそばにやってきたとしても、側仕えでもない使用人は、その顔を直視してはならない決まりだ。
だからロアナは、この二の宮に勤めておよそ二年。
主イアンガードの王子ウルツですら、その顔をよく見たことがなかった。
そもそもここは大国で、使用人も数えきれないほどいる。
そんななかで、王族のまわりにはべることができるのは、選ばれたものだけ。
そんな……見知らぬ天上人への狼藉を追及されたロアナは、はじめは何が何やら……。
だが、身をすくませて、側妃やその付き人たちが辛辣に罵ってくる言葉を必死に聞いていると。
どうやら……二の宮にやってきた第五王子が、ロアナのつくっておいた菓子を食べていたのは、本当のことのようだった。
これには、ロアナはまずは困惑。
(……え? 王子様って…………使用人の区画に出入りなさる、の……?)
それは、もっともな疑問。
確かにロアナは、昔から菓子づくりが好きで、よく甘いものをつくる。
休日になると、実家に送金した残りの給料をやりくりして材料を買い、菓子を焼く。
そうして月に数回、甘いものを手づくりしては、同僚たちに“おすそ分け”をするのが好きだった。
勤務時間が合わない同僚たちには、食堂のテーブルの隅に箱を置いて自由に持ち帰ってもらう。
お菓子をつくること自体が好きなロアナは、いつも菓子をたくさんつくってしまうし、おすそ分けは、まわりの者たちとも交流できる、とてもいい方法だと思っていた。
……のだが……。
(え……では……あれを、フォンジー様が、召し上がっていた……と、いうこと……?)
そう考えると急に肝が冷える。
確かにロアナは、菓子に『ご自由に召し上がってください。どなたでも』と、書置きをのこしてはいたが……。
(で、でも、そもそも王族や貴族の皆様は、王宮の裏側には立ち入らないはず……)
それは禁じられているわけではないが、少なくともロアナは、高貴なものたちは、質素なつくりの区画への出入りを恥ととらえている、と教わった。
ならば、そこへきて、第五王子が、使用人の食堂で彼女の菓子を口にしていたといわれても……。
(え……そ、それは……もしや……王子様のほうに、非がある、の、では……?)
──え? ちょ、ちょっと待ってくださいよ……
彼女がそう愕然としても、正直……無理はなかった。




