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第三王子の極端な糖分摂取 3


『なんなんだよロアナ……こんな夜中に……』


 ウルツを厨房に残してどこかへ走っていった娘は、ものすごく迷惑そうな料理長フランツを連れて戻ってきた。


『ごめんなさい、ごめんなさいフランツさん! でも、いいからいますぐ食糧庫の鍵を出してください!』

『はぁ……?』


 急かされたフランツは怪訝そうな顔をしていたが、彼はすぐに厨房の中にたたずむ謎の男に気がついた。勘のいい男は何かを察したか。それともロアナの慌てた様子にただならぬものを感じたのか。

 フランツは、すぐにロアナに鍵を渡してくれた。

 鍵を受け取ったロアナはすぐに食糧庫の中に消えていき、そしていくつかの食材を抱えて戻ってきた。

 このとき彼女がウルツにつくったのは、豚肉と豆類の炒め物。

 食材を見たウルツは、脳に糖分がまわったこともあってか、すぐにそれが自分の糖代謝をうながすための料理なのだと気がついた。


(……なるほど、なかなか賢い娘だ)


 そう感心しつつ、出された料理をありがたくもくもくと食べていると。そんなウルツに、ロアナは気の毒そうに声をかける。

 娘は料理を出したあともずっと、ウルツが砂糖の取りすぎで具合を悪くしないか心配しているような視線をずっと彼に送り続けていた。


『あんなお砂糖の食べ方をするなんて……お兄さん、よほどお疲れだったんですねぇ』


 ぼさぼさの頭も手伝ってか、どうやら激務上がりの使用人とでも思われたらしい。

 年下の娘に、まるでひもじさに泣く子供に同情するようなまなざしでみつめられたウルツは、なんだかとても面映ゆい。

 疲労ゆえとはいえ、こうして親切にしてもらいながら、正体を偽って失態を隠している自分が情けなかった。

 と、ふいにロアナが厨房の端を指さす。

 長い前髪の内側できょとんとする男に、彼女は優しい声で言った。

(……先ほど『肉!』と必死の形相で叫んでいたときとは、あまりに違う落ち着いた声音に、ウルツはやや戸惑う)


『あの。お仕事に疲れて甘いものが食べたくなったときは、あんなことはしないで──ほら、あそこの戸棚を開けてください』


 示されたのは、厨房の壁際にある、戸棚の上のほうにある引き出し。


『あそこに、わたしの作り置きのお菓子が入ってます。あとは、月に数回甘いものもつくって皆さんにおすそ分けもしてので、足りなければ隣の食堂のテーブルの上も探してみてください』

 

 いって、ロアナはにっこり微笑んだ。


『自由に食べてくださってけっこうですからね』

『…………』


 いたわるように微笑まれたウルツは、言葉もなくロアナの顔をしげしげと見つめた。

 自分よりいくらか年下に見える娘が、あまりにも慈悲深くみえて不思議だった。

 それは、けして慈悲深いとは言えない側妃リオニーに辟易し、疲れ果てていたウルツの心に、そっと染み入って。

 ウルツは、ふとロアナが作ってくれた料理の椀に視線を落とす。

 とたん、ぽっと胸に何かが宿った気がして。その不思議であたたかな感覚に──とにかくウルツは困惑。

 お察しの通り、この男は生真面目が過ぎて冷徹で。あまり人らしい感情を他人に抱いたことがなかった。ゆえに、その感情がなんなのかは、彼は今だによくわかっていない。


 ただ、このときは。

 魔法で伸ばした黒髪の内側で、なんだか顔が無性に熱くなったと、彼はそれだけはずっと鮮明に覚えていた。


 ……ちなみにだが。

 このとき二人を背後で見ていたフランツは、状況と、ぼさぼさ頭の青年の話し方、身体の動かし方で、その男がウルツだとすぐに見抜いていたらしい。

 王宮勤めの長い料理長は、もちろん二の宮の主の息子のことを幼い頃からよく知っていて、おまけにロアナよりも格段に察しがよかった。

 

 そしてその後、ロアナは、すっかりその糖分に飢えた男を心配し、彼に分けるために菓子づくりの回数と量をひそかにふやした。

 更にはこの夜のいきさつを知るフランツが、ロアナがお菓子をつくると、そのことをそれとなくウルツに連絡するようになり……。


 ──つまり。


 ロアナが、今回の騒動で不思議に思った彼女の文通相手は。


 ほとんどがこの、生真面目で融通の利かない男なのである。



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