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第三王子の極端な糖分摂取 2


 ロアナはこの時非常に慌てていた。


 目の前にはなんだか髪が非常に長い男が一人。

 すきまなく伸びた髪は、顔面をも覆っていて本来顔があるだろう場所には、わずかに鼻先が出ているだけ。

 これでは人相すらもわからないが……ただ、その立ち姿から察するに、彼が今非常に毅然としていることだけはわかった。

 あんな量の砂糖をいっきに飲むという奇行を見せておきながら、背筋はまっすぐ。

 凛とした態度はまるで悪びれていないように見えた。


 けれども、ロアナはそんなことにかまっている心の余裕はなかった。

 目の前の男は非常に面妖だが、それよりも、彼が大量食いした砂糖の量が問題だ。


『さ、砂糖……塩よりはましなの……⁉』


 なじみ深いそれらの調味料にも、実は致死量というものがある。

 もしさきほど彼があおったのが塩だったのなら、ロアナは彼が自死を試みたのかと思っただろう。


『い……いや! お兄さん! どちらにせよ、お身体のためには絶対に吐き出した方がいいです!』

『………………』


 今、口のなかに残っているものだけでも! と、迫られたたウルツは、顔を隠した髪の内側で気まずい思い。

 吐き出せと言われても、もう全部飲みこんでしまった。

 と、娘が慌ててどこかへ走っていく。戻ってきたときには、木桶を手にしていて。どうやらそれに出せということらしかった。

 木桶を差し出されたウルツは反応に困り……視線を逸らせることでそれを拒否。


『……いや、わたしには糖分が必要だ』

『絶対に必要量を大幅に超えてます!』

『……、……、……』


 きっぱり断じられたウルツは沈黙。いまさらながら、その通り過ぎて返す言葉なかった。


(王子という立場にありながら……情けない…………)


 彼は己の短絡的な行動を悔やんだが、それは黒髪のベールに覆われて誰の目にも触れることはなかった。

 そこにはただ、顔面が長い髪に覆われ人相もわからぬ背の高い男が、無言で腕を組みずーんと佇んでいるだけ。

 ウルツは落ち込んでいるわけだが、対峙するロアナにとってはこれは謎。非常に困ってしまった。


『お兄さん⁉ 砂糖を食べ過ぎたら身体に悪いのは本当なんですよ⁉ き、聞いてます⁉』


 ……ところでだが。

 どうやら彼女は、目の前で毅然とした態度で落ち込んでいる男が、実は第三王子であるということにはまったく気がつかなかったようだった。

 砂糖水をのむところをみたということは、一瞬くらいは彼の人相も目撃したはずだが……。

 灯りの乏しい厨房の暗闇にまぎれたか。それとも、彼の不審さよりも先に、彼が口にした白い粉のほうに注意がいったのか。そもそも王子の顔を知らないのか。


 ともかく彼女はそれどころではなさそうだった。

 

 ぼさぼさ頭の謎の男を前に、ロアナは悲壮な顔。

 男は腕組みで沈黙したまま微動だにしない。(※落ち込んでいる)

 どうやら彼は、彼女の進言には耳を貸す気がないのだと受け取ったロアナは。不意に、自分の頑なな兄弟たちのことを思い出して悲しくなる。


『……そうやって……いっつも心配かけるんだから……』


 彼女の兄弟たちはいつも無鉄砲で馬耳東風。危ない橋を渡っては、心配するロアナの言葉を『うっとうしい』と聞き流し、繰り返し痛い目を見ていた。

 おかげで彼女たち一家は、王都に構えていた父の店を失った。悲しさと憤りを思い出したロアナは、つい木桶を握る手に力がこもる。

 大切なものを失ったことももちろん悲しかったが、家族にいつも自分の意見など、なんの重みもないように扱われていたことが苦しかった。ロアナは奥歯を噛んで。そんな彼女の小さな異変に気がついたウルツが不思議そうな顔をする。


『……どうし──』


 ……と、その時のことだった。


 少し身を折ってロアナの顔を覗き込もうとしたウルツの腹が、不意にクルルと鳴った。

 その音でロアナは、ハッと夢から覚めたような顔をする。


『は! 肉⁉』


 暗い顔をしていると思ったら、突然叫ばれたすっとんきょうな単語。

 ウルツは一瞬ぎょっとする。


『? に、にく……?』

『豚肉です! あ、た、確かソラマメもあったはず……!』

『……まめ?』


 ウルツには、とっさにはそれがどのような意図で発せられた言葉なのかが理解できず。

 考えこもうとすると……そのとき目の前の娘が、彼の思考を引き留めるように彼の袖口をツンツンと引いた。


『⁉』


 これには青年は少し驚いてしまう。

 いつもいかめしい顔をしている王子たる彼の服に触れてくる者など、侍従でもそういない。

 ぽかんと見下ろしていると、黒髪の御簾(みす)の向こうに、明るい緑色の瞳が星のように輝いていた。


『──あの、お腹も、すいていらっしゃるんですね⁉』


 叱るような顔で言われたウルツは、思わず頷く。

 確かに砂糖水をあおったとはいえ、まだ空腹は満たされていない。


 そのもっさりとした頭がコクンと下に動いたのを見た途端、目の前の娘はさっと身をひるがえした。


『ここで、待っていてください!』

『……?』






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