第三王子の無自覚 3
「ふふ、読んでみよ。あやつめ、ひとつも反省しておらぬぞ」
イアンガードは手に持っていた、長ったらしい書状を息子に差し出した、が。ウルツは書状を冷淡に……まるで汚らわしいものでも見るような冷たいまなざしで一瞥しただけであった。
「見る価値もございません」
一蹴する息子に、イアンガードは笑い、書状を広げてしげしげと眺める。
「そうか? なかなかおもしろいぞ。人間ここまで身勝手になれるのだという見本のようで。ほほほ、リオニーのやつめ、相当腹を立てておるな」
「……母上、笑っている場合ですか? あの者が、菓子のひとつで二の宮の侍女を痛めつけたことは、母上をも軽んじること。あの程度の苦情ですませるべきではありません」
苦々しい息子の進言に、しかしイアンガードは心の中で、その苦情はきっと“あの程度”などと小さく表現されるようなものではないはずと苦笑。
「……ふむ。だが、まあそうよな……。まったく、リオニーには困ったものだ。おとなしゅうしておればよいものを、なぜこう毎度騒ぎを起こすのか」
側妃は気に入らないことがあるとすぐに騒動を起こす。
気に入らない使用人を罰するのはいつもの事。機嫌が悪ければ、貴族の娘が相手でも遠慮なくケンカを売った。
いつぞやは、公爵の娘が自分よりも高価な宝石を身に着けていたといって、その宝石を打ち砕かせたこともあった。
そういったとき、たいていの場合、後先考えない彼女のしりぬぐいをするのはイアンガードであり、ウルツである。
こういった問題を解決するには、リオニーの息子フォンジーはまだ若すぎるし、ましてや忙しい王妃を駆り出すわけにはいかない。
二人は、側妃リオニーにはさんざん苦労をさせられて迷惑をこうむっている。
しかし、当の側妃はといえば、そんな彼らの行動を、国王や王妃への機嫌取りだといってはばからない。
側妃リオニーにいわせると、『あのものたちは、わたしの失敗を虎視眈々と狙っていて、些事もすぐ大げさに取り上げて点数稼ぎをしているのよ! あさましいったらないわ!』……で、ある。
けれども常ならば、冷静なウルツもイアンガードも、彼女のそんな幼稚な悪態には付き合う気はさらさらなかった。
いつでも主張すべきことを主張し、挑発にはのらず。やるべきことをやって過ごしている。
そもそも国王の妃たちは、それぞれ周辺国から友好の為に輿入れしている。
王妃は武力に重きを置く公国から。
イアンガードは、魔力研究に明るい隣国。
リオニーは、商業国から選ばれた。
なにごとも、友好と、国民たちの平和な生活のため。
だが、そのために与えられた国王の側妃という立場を、リオニーは寵愛を受けることが何より大切と、つねに前に出たがる。
片や、イアンガードは、国王、ならびに王妃の補佐をすることに重きを置いている。
まあ、気が合うはずがないのである。
だが、王室を下から支えるイアンガードとしては、あまり王室内では問題をふやしたくない。
王国には家政だけでもさまざまな問題があり、このうえいちいちリオニーともめていては、身体がいくつあってもたりないのである。
ゆえに、彼女は普段のリオニーの軽薄で無礼な態度にも、ある程度は目をつむることにしていた。が……。
心を読まずともわかった。
今、彼女の前に立つ息子は、無表情にも、瞳の奥にはふつふつと怒りをたぎらせている。
それが誰のためなのかも、イアンガードはすでに承知済み。
(これはこのままでは収まらぬな……)と案じつつ、側妃は息子に向かって頷いてみせる。
「しかし、確かにこたびはなにも返さぬというのは癪よな。……ロアナも、さぞ怖かったにちがいな──」
い、と、いいかけたところで。
それまで黙していたウルツが突然「当然です!」と声を大にする。
「な……なんじゃ急に……」
平然としていた息子のいきなりの突沸に、イアンガードは目を丸くする。が、ウルツはすでに真顔。
「……いえ、別に」
「……」※母、なまあったかぁい目。
ウルツは表情なく母に応じたが、その母に、じ……っと見つめられ続けると、さすがに気まずげに目を横に逸らせる。
「……わたしはただ……あの者は少し臆病なところがありますから、側妃の凶悪さには、さぞ驚いただろうと思っただけです」
「……」
「それに……彼女は普段は二の宮の中にしかいませんから、王族全体の事情にあまり明るくなく、いきなり三の宮に連行など……」
「…………ようロアナのことを知っておるのだな、ウルツよ」
「………………」
母の指摘にウルツは一瞬黙り込む。が、どうやら、口にしたことで、リオニーの非道に対する怒りが蘇ってきたらしい。その表情はしだいにきつくなっていった。
「しかも……鞭などを持ち出してくるとは……あの外道め……」
「……ウルツ、唇をかむのをやめよ。血が出ておる」
お読みいただきありがとうございます。
次回は、ウルツとロアナの出会いに触れたいと思います。
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