二の宮の使用人用談話室にて 5
唖然とした直後、慌てて頭を下げたロアナ。
いきなりのことにとても緊張したが。けれども現れた第三王子ウルツは、彼女を一瞬見ただけで、すぐにフォンジーに視線を移す。
視線がすぐに通り過ぎて行ってくれたことに、頭を下げたままのロアナはとてもほっとした。
「……フォンジー、お前、いつまでこんなところにいるつもりだ。王子が使用人の区画にまで立ち入るとは……。しかもここは二の宮だぞ」
厳しさに呆れをにじませた物言いには、ロアナの前ではほがらかだったフォンジーの目がみるみるとがる。
「……別に。僕がどこにいようとウルツ兄様には関係ないでしょ」
そのフォンジーの声には、ロアナはびっくりした。
先ほど自分と話してくれていた時のほがらかさはどこへやら……。
素っ気ない声は低く、うっすらと警戒をにじませている。
現れたウルツは、この二の宮の主、側妃イアンガードの息子。だからここへのフォンジーの立ち入りに、『関係ないか』と言われると、ありそうでもあるのだが……。実は彼の住まいは一の宮で、ここの管理に関しては権限はない。
この件は、すでにイアンガードに侍女頭が報告をしているので、フォンジーのこの場への立ち入りも一応許可はあることになる。
けれども第三王子は、反抗的な弟の態度にも無表情。
場の空気が一気に冷えてしまったような気がして、ロアナはつい、ウルツの顔をおそるおそる見てしまう。
青みをおびた銀の髪を、うしろにきっちり流した風貌は、いかにも切れ者というふう。
冷え冷えとした群青色の瞳は、変わらず弟を見ている。
そんな兄に、フォンジーは瞳を細めてどこか警戒のまなざし。
おそらくこれは、第三王子が魔法に長けているせい。
噂では、彼の母イアンガードは魔法で人の心すら読むというから……これはきっと、この兄ももしかしたら……という気持ちがあるのだろう。
だが、腹違いの弟のそんな反応にも、ウルツはいっさい動じていない。
彼は、まるで職務上の連絡でもしているかのような無感情な口調で弟につげる。
「関係なくはない。お前が午後の講義と修練を放り出したゆえ、探してくるよう父上に命じられた。まったくお前はいつまで子供のつもりだ。父上のご寵愛に胡坐をかいているといつか痛い目にあうぞ」
その厳しい言葉には、フォンジーもさらにムッとしたようで。場の空気は、さらにひんやりとした。
一難去って、また一難。
緊張感ただよう兄弟たちを前に、ロアナは冷や汗。
実のところ、彼女は王宮の侍女だが、彼らのことはほぼ噂でしか知らなかった。
ともに国王の王子だが、母親が違い、その二人が不仲とあってか、こちらもあまり仲がよろしくないらしい、と。
ただ、先ほど、今回の経緯を語るとき、フォンジーはイアンガードのことは嫌いではないと言っていた。あれは、感情的な自分の母親が勝手にケンカを売っているだけだと。
その言葉に、ロアナは、彼はまだ若くてもしっかり母親たちを見ているのだなと感心したのだが……。
この様子をみる限り、第三王子との関係性はまた少し事情が違うようだった。
そもそも彼らは同じ王子でも、タイプがまったくちがう。
フォンジーは末の王子で、はつらつと明るい気質。甘え上手で素直なので、誰からも愛される人柄。
母のリオニーだけでなく、国王もフォンジーにはメロメロで。彼の美貌と人たらしの能力は、他国にも通用すると期待をかけられているとか。
成年を前に、勉強のためにと外交の場にも参加しはじめたが、すでにその能力をいかんなく発揮し、他国の外交官とも、あっという間に仲が良くなってしまったらしい。
最近は少しずつ責任のある政務を任せられるようになり、だんだん大人びたところもでてきた……と、その人気は高まるばかり。
片や、第三王子ウルツは、聡明なイアンガードの息子らしく、冷静沈着。知性があり、母親同様魔法にも長けている。
政務では、真面目な性格から、国王からも、太子からも頼りにされる存在。
いつも毅然としていて、なにかと如才のない青年だが……ただ、その性質は冷酷で厳しいとの評判。
政務でぶつかることのある大臣や官たちには、少々恐れられているきらいがある。
また、政務以外では人をよせつけず、人付き合いもしない。
忙しいのか、母親の機嫌伺いにもあまり来ていないのか……ロアナは二の宮勤めであるにも関わらず、彼の姿を、ここではほとんど目にしたことはなかった。
年齢はフォンジーより八つ年上の二十五歳。
どちらも美貌の妃の御子とあってとても美しいが、性質は正反対だった。




