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二の宮の使用人用談話室にて 4

 


 フォンジーの言葉に、ロアナは本当に驚いたようだった。

 てっきりそうと思い込んでいたのだろう。肩透かしをくらったような顔でポカンと見つめられた青年は、その見開かれた緑色の目を見返しながら、なんだか少しおもしろくない。


「え……? お手紙……お菓子のところに、いつも残しておいてくださっていました……よね?」


 だって、さっき彼はそれを認めていた。

 と、床の上でロアナの傍らにしゃがみこんだフォンジーは。この問いに、少し間をおいて答える。


「……、……ぼく、ロアナの『たくさん作ったので召し上がってください、どなたでもどうぞ』っていう書置きの端っこに、お礼を書いたことはなんどもあるけど……封筒にまでいれた手紙は書いたことない」


 この言葉に、あら……? と、ロアナ。

 でも、確かに、彼女がお菓子を乗せてふきんをかけておいた皿や、箱のそばに置いておいた書置きには、たびたび同僚たちが礼や感想を書き入れてくれていた。

 では、と、ぎこちなく首をひねる。


「お手紙は……また別の、方……?」


 これは、ロアナにとってはちょっと思いがけない展開だった。


 この流れからいって、(つらくても)手紙はてっきりフォンジーからだと思ってしまった。

 なぜならば、手紙の送り主が王族という身分であれば、上等な紙の封筒も便せんも、そしてずっと手紙が無記名であったことにも説明がつくからである。

 もし相手がフォンジーなら、使用人とやり取りをしていたなんてことを彼の母親が知れば、彼女は今日のように怒り狂ったはず。

 ゆえに、彼が自分の名前をあえてふせいたのだろう……。と、思った、わけだが。


 しかし、フォンジーはそれを自分ではないと否定する。 


「……ねえロアナ、それ、いつぐらいからの話?」


 ほんの少し責めるような口調で言われ、ロアナはまだ驚きを残したまま素直に答える。


「え……えっと、たしか、二年前くらいからかと……割と、わたしがこの二の宮にやってきてすぐのことだったと思います……」


 とたんにフォンジーのきれいな眉間にしわがよる。


「…………そんなに前から?」

「えっと……フォンジー様が、置手紙にメッセージをくださったのは……?」


 ロアナがおずおずと訊ねると、フォンジーはすねたような顔。


「……初夏のチェリーパイから。多分、もう十数回は書いておいたよ」


 だが、この言葉には、ロアナは再度びっくり。

 

(チェリーパイ……え……? そ、それって……今年じゃないわ……きょ、去年から⁉)


 ということは。てっきり最近だけの話だと思っていたが……フォンジーは、もう一年以上彼女のお菓子を食べていたことになる。しかも、月一以上のペースで。

 これには……ロアナも冷や汗。


「僕のことより……ねえ、ロアナはそんなにその文通相手とやりとりしてたの?」

「は、はい。その、お相手の方は、いくどもお手紙くださって……なんならお菓子をつくっていないときにもくださって。わたしと甘いもの談義で盛り上がったり、甘党ならではの悩み(や、例の諸々の恥ずかしい)相談でアドバイスいただいたり……ときどきお返しにお土産を置いてくださったり……」


 ここまで言って、ロアナは「あら?」と瞳をまたたく。

 では、やはり自分の文通相手は、どこぞのステキなお姉様だったのだろうか。と、ロアナがホッとしていると。

 今度はなぜかフォンジーがおもしろくなさそうな顔。


「え……なにそれ……」


 ロアナの言葉に、フォンジーは小さな嫉妬を覚えた。

 てっきり自分だけが、ロアナと甘いものを通した特別なやり取りを続けていたのだと思っていた。

 だが……どうやら自分よりも、彼女ともっと親密な交流をつづけていたものがほかにあったらしい。

 そう思うと、なんだかとても癪だ。


(いったい誰……? 二の宮の誰か……? 本当に、彼女が言うとおり女性なの……?)


 フォンジーはなんだかとてもモヤモヤした。


 と、その時のことだった。


「……失礼する」

「?」


 談話室のなかに、静かな声がすべりこんできた。

 ロアナが振り返るよりも先に、入り口のほうへ身体を向けていたフォンジーが「あれ?」と、声をもらす。


「ウルツ兄様……?」

「え゙っ⁉」


 フォンジーのその言葉には、床のうえでへたり込んでいた──さっき、フォンジーに女性特有のあれこれを相談していた疑いで、恥ずかしさのあまり自ら床に沈んだ──ロアナが一瞬飛び上がった。

 背中の痛みどころではない。焦って立ち上がった彼女は、あわてて後ろを振り返る。と──談話室の入口に、銀の髪の貴公子。

 とても使用人とは見間違えようない品と質のいい服装に、洗練された佇まい。

 鼻筋が通った顔は端正で、切れ長の瞳は冷たい印象。

 彼は冷え冷えとした群青色の瞳で、素早くロアナとフォンジーとを一瞥した。

 その眉間にある不機嫌そうなしわに、ロアナは一瞬にして背筋を凍らせた。

 今、彼を見て、フォンジーは確かに『ウルツ兄様』といった……。ま、まさか、とロアナが青ざめる。


「だ……第三王子殿下……?」





お読みいただきありがとうございます。

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