五人囃子だってロックしたい
ロックしたい。
俺がそう呟くと、隣の席の堤が呆れたような表情で応じた。
「はい? 笛吹くん、何言ってるんすか?」
「だから、俺はロックがやりたいんだよ!」
「いやいや、駄目でしょそんなの。女の子たちの夢が壊れちゃうっすよ」
そんなの知るか、とは口にできない。
俺たちは日本の古き良き伝統を担う存在。
俺自身、そのことに誇りを抱いてはいるのだが――。
「そんな程度で壊れやしねえだろ。うちのお嬢さんだって、ロックはお好きだし」
「いや、だからって……」
などというやり取りを堤と交わしていると、もう一つ向こうの席の大川が割り込んできた。
「何何? 笛吹、ロックやりてぇの? けど笛ってあんましロック向きの楽器じゃねぇだろ」
うん、まあ普通は使わねぇよな。
「ギターなら弾けるよ」
「マジで!? じゃあ、俺もやりたい!」
「は? 楽器は何をやるんだよ。大皮鼓でビートを刻もうってか?」
「なわけねえだろ。こう見えてもベース弾けるんだぜ」
「おお、なら結構だ! あと、ドラムは醍醐に頼むか」
大川のもう一つ向こうの席で、醍醐がこちらを向いた。
「おいこら、勝手に巻き込むな。まあ、やってもいいけどさ。それにしても……」
「何だよ」
「日向さんにいいとこ見せたいのか?」
馬ッ! そんなんじゃねぇよ!
そりゃあ、日向さんは可愛いよ。正直、憧れてた。けど別に……。
「おうおう、一途だねぇ。彼女、小田入と付き合ってるっていうのにさ」
「だから違うって!」
「何だか知らないけど盛り上がってるねえ」
俺たちの会話に割り込んできたのは、仲良し三人組女子の一人、長柄さんだ。他の二人、三方さんと桑江さんも一緒にいる。
「ああ。笛吹がロックをやりたいとか言い出してさ。みんなで演ろうって話になってるんだよ」
大川がそう言うと、堤がびっくりしたような声で叫んだ。
「えっ! 僕も参加することになってるんすか?」
当たり前だろ。あと、当然ヴォーカルは仰木だな。
反対側の席を振り返ると、仰木が仕方ねえなと言いたげな表情で笑っていた。
「ねえ、堤くんは何の楽器を演るの?」
桑江さんに尋ねられて、堤はかすかに頬を染めながら答えた。
「あ、うん。キーボードなら弾けるっす。……って、笛吹くん、何ニヤニヤしてるんすか!」
「別にぃ~」
とにかくそんなわけで、俺たち五人はバンドを組むことになった。
「笛吹くんたち、バンドやるんだって? わー、聴きたい聴きたい!」
日向さんもそう言ってくれたし、もうこれはやるっきゃない。
「小田入と二人で聴きに来るんだろうな」
おいこら、大川! 余計なこと思い出させるな!
チューニングを終えて弦をかき鳴らすと、何とも言えない高揚感に包まれる。
元はと言えば、うちのお嬢さんが某ガールズバンドアニメにハマって、ギターまで買ってきてやり始めたのがきっかけだったんだよな。
あの頃は、休みの日には一日中ギターの音色が響いてたっけ。
それで俺もギターに手を出してしまったのだけれど、ふとあの頃のことを思い出して、無性に弾いてみたくなったのだ。
だから日向さんは関係ないぞ。念のため。
一ヶ月ほど練習して、今日は三月三日。
いよいよ、俺たちのバンド「ひなまつりトリッキートイズ」のお披露目ライブだ。
日向さん(と小田入)や、長柄さんたちも観に来てくれている。
メインヴォーカルの仰木がマイクを握り、宣言した。
「それじゃあ一曲目、聴いてください。『だんごはおかず』!」
「なんだそれー!」
すかさず観客席からツッコミが入る。
ノリのいいやつらだ。
醍醐の精確なスティックワークと、大川の力強いベースラインがリズムを刻み、俺のギターと堤のキーボードが奏でるメロディが絡み合う。
そして、仰木の伸びやかなハスキーボイスが聴衆を魅了する。
うん、やっぱ最高だな!
最後の曲の前に、仰木のMCが入る。
「みんな、今日はありがとー! ひなまつりトリッキートイズは、いつまでも、いつまでも、ひなまつりです!!」
皆の目が点になった。
3曲演奏し終えて、ライブは大盛況のうちに幕を閉じた。
俺たちがぐったりしていると、どこからかギターの音色が聞こえてきた。
ギブソンレスポールの深みのある中低音域。
うちのお嬢さんが高校生だった頃に、某アニメの影響で、丸1年バイトして買ったやつだ。
あれからもう十五年も経つのか。早いものだ。
「色々あったよなあ」
仰木がしみじみと呟く。
そりゃあ、お嬢さんももう三十路すぎだからな。
受験のストレスで五キロほど太ったり、就活のストレスで円形脱毛症になったり、失恋して泣きながらギターを弾いてたこともあったっけ。
まあ、いまだに独り身なんだが……。
「最近じゃ珍しいことでもねえだろ。そのうちきっと、いい出会いもあるさ」
大川が言った。
そう願いたいものだな。
それにしても……。
お嬢さんのギターに耳を傾けながら、俺たちはお互いに顔を見合わせる。
皆の気持ちを代弁するように、堤が呟いた。
「あんまり上手くないっすね」
――Fin.
作者は音楽はからっきしです。
本格的な演奏描写を期待された方ごめんなさいm(_ _)m
なんだかふと懐かしくなったもので……。
ロックか? はい、ロックです(断言)。