施設突入
黒煙に近づいて行くにつれて、不思議な感覚が鐵月の体を駆け巡る。
「何か、違和感を感じます。」
「違和感?どんな?」
「なんだか今すぐあの場所を壊したい…。」
常に冷静な鐵月からは、およそ考えられないようなことを発した直後。
「あ!おい!ちょっと待て!」
金剛の静止を聞かず、背中を踏み台に跳び上がり、空中に鉄板を斜めに敷いて、後ろの方を回収しながら現場まで滑っていく。
「ああゆう使い方もあったんだ。」
「ねえ、張斗いる?」
「え?」
「…。」
少し前の方を跳んでいた金剛は、鐵月を背負っていたが、先に行ってしまった鐵月に気を取られて、二人とも金剛の事を見ていなかった。
鐵月に踏み台にされた金剛は、すぐに足場が無くなり落下したが、即座に特異を使って跳ぼうと試みた。しかし、着地した時点で数m落下していたため、足に衝撃が走り、すぐにもう一度跳ぶということができず、また落下した。
「っくぅぅ…いってぇ…でも跳ばねえともっといてえだろうな。…クソッ!鐵月の野郎!覚えとけよ!」
痛みに耐えながらも、なんとか跳び上がって瓜生と水面に合流する。
先ほどの鐵月のらしくない行動については、皆疑問に思ったようで、急いで鐵月の後を追う。
「私がさっきの鐵月くんみたいに滑り台を作るから、二人とも急ごう。」
瓜生が板を作ろうとしたその瞬間。
「空中は面倒なんだよなぁ。」
いつの間にか背後に人がおり、三人が振り返り、後ろに跳んで距離を取ろうとするが、うまく跳べず落下してしまう。特異を使って地面を作っても、跳べないため、またすぐに落下する。落下している恐怖から、瓜生と金剛は絶叫しているが、水面は至って落ち着いていた。そして、目の前にいる見知らぬ男性は、
「………。」完全に気を失っていた。その結果、男性は頭から落下していき、誰よりも早く地面に向かっていた。
恐怖で正常な判断もできない状態の二人だが、水面が瓜生の腕を掴む。
「ねえ、今ウチら三人だけじゃない?」
言われた瓜生は、周りを確認する。
「あれ?さっきの男の人は?」
ついさっきまでそこにいた男性の姿が見当たらず、瓜生は冷静さを取り戻したが、未だ状況は良くなっておらず、落下し続けている。地面もいよいよ近づいてきたその時、瓜生が閃く。
少し湾曲した板を作って腕に付け、両腕を広げて滑空する。その提案を水面に伝えてから、まだパニック状態の金剛に近寄って落ち着かせる。そして水面に言ったことを金剛にも伝える。
地上では、既に男性は着地しており、ポケットに手を入れたまま直立して待っていた。
「あの男の方が血剛、髪の短い女の方が汗金、長い方が涙晶か…。お、そろそろ降りてくる頃合いかな。」
急に滑空しようとしても、中々すぐには落下速度は落ちず、着地する時には、安全とまではいかずとも怪我しない程度には速度を落とせていた。
「やあ。君ら佐藤さんを一人やっつけたんだってね。」
「あなた、だれなんですか?」
着地してすぐに話し掛けられた三人だが、真っ先に瓜生が口を開く。
「そっか。普通はまず名乗るのか。初めまして。鈴木です。」
力なく気だるげに答えた鈴木と名乗る男性は、非常に痩せ細っており、血色や人相が悪く、独り言なのか、話し掛けているのかわからない口調で発言する。
「君らはいいよね…若くして利用価値見出されてんだからさ。」
「どうゆう意味だ?」
金剛の疑問を無視して鈴木は、ポケットに手を入れたままため息を吐いた。それを合図に地面からは大量の苔が生えて、三人を襲う。瓜生と金剛は二手に分かれ、水面は水晶の壁で苔を防いだ。
「あーあ。あの一人には逃げられちゃったから、この後は説教コース確定だあ。」
一人で項垂れている鈴木を瓜生と金剛が挟み撃ちするが、地面から苔が盾のように生えて鈴木を守る。その苔を瓜生が金のナイフで切っていき、金剛はダイヤのグローブを装着して、苔を拳で払っていく。
切っても払っても苔は消えず、一向に鈴木の姿が見えない。
「どうなってんだこれ。」
少し下がって様子を伺うことにした金剛が思わず発する。それに対し瓜生は、ナイフの刃を伸ばし、ほとんど鉈の状態で切り続けるが、まるで歯が立たない。
「ああ…君たち、そこの涙晶の女の子は使わないのかい?」
そう言って鈴木は水面を指さす。苔も水面を指して二人の視線をずらす。
「全員で掛かって来てくれた方が早く終わるんだけど。」
「なめやがって。」
金剛が声を出した途端、鈴木の正面に生えている苔が起き上がり、鈴木の顔面に直撃した。そのまま鈴木は倒れて気を失った。
「やった。ウチの作戦成功した!」
歓喜した水面がその場で何度も飛び跳ねる。そこへ二人が駆け寄り、話し掛ける。
「ありがとう。信じてたよ水面ちゃん。」
「でも、どうやったんだ?」
「その前に、鈴木さん何とかしようよ。あの人、気失ってるだけだから、しばらくしたら起きるよ?」
瓜生が金のワイヤーを作り、鈴木を近くの木に縛って捕らえた後、水面の作戦の全容を聴いた。
「ウチが作った水晶の壁、実は斜めになってて、丁度いい具合に苔が固まってたの。だから向こうからウチの姿見えなかったでしょ?それに、苔自体結構厚みがあって生えてたから、そこからは苔の中を潜って、近づいて、水晶で苔をまとめて、ぶつけたの。元々目が見えないから、音を辿るのは慣れてるんだ。」
「だから鈴木の居場所が分かったのか。」
「あのさ、鈴木さんが起きたら何聴く?」
「とりあえず施設の事だろ。知ってること全部吐いてもらう。」
「あとは特異の事も知りたい。」
爆発の現場に到着した鐵月は、勢いよく鉄板から飛び降りたため、着地してから少し横にスライドし、その地点に僅かに土煙を立て、施設に入ろうとしている三人組を呼び止める。
「君たち!施設に入るなら僕も同行していいかい?」
「誰だ?お前。」
先頭に立って、鐵月に言葉を返したのは、やや肥満気味の男子。その後ろには、大柄な茶髪の男子とポニーテルの小柄な女子がいた。そんな三人の元に歩み寄りながら鐵月は話し掛ける。
「僕もこの施設の出身で、建物の大体の構造を覚えている。」
「ふーん。まあ、使えそうならなんでもいい。来たけりゃ勝手についてこい。」
爆破したのは裏口だが、中にも相当響いたと思われる。表向きは孤児院のため、建物内から子供の泣き声が聞こえてくる。
そうして施設に乗り込んだ四人。裏口に入って間もなく、女子が鐵月に話し掛ける。
「あんた、名前と能力は?」
「鐵月 灰。汗が鉄になる。」
「灰くんか。俺、岸青 堅。涙がサファイヤになるんだ。」
「涙⁉失明しなかったの⁉」
「ん?別に何ともなかったけど。」
「そっか。」
「そんで、こっちが汐 結菜。」
岸青が、鐵月の耳元に近づいて周りに聞こえないような声で囁く。
「唾液が岩塩に変わるんだけど、本人はこの能力が嫌いで、声に出されるのも嫌がるんだ。」
それを聴いた鐵月が、汐の方を見てみると、確かに不機嫌そうな顔を浮かべていた。
「そして、俺らのリーダーの螺茅 敷納。汗が白金になるんだ。」
「汗が…。」
「そう。君と同じ。」
「でも、あんたは見た目の雰囲気といい、喋り方といい、螺茅と大分違うね。」
「うるせえぞ。俺らはすでに敵地にいること忘れんな。」
常に警戒している螺茅の静かな怒号とこちらに近づく数多の足音が聞こえてくる。
今回からここには、本編で書けなかった補足説明を残しておきます。
鈴木との戦闘場所と施設の入り口
鐵月たちは南西の方角から施設に向かっており、施設の入り口は、孤児院としてなら南側、研究所としてなら北側にある。そして、西の方には広場が存在し、鈴木は三人をそこに落とした。つまり、この話が始まった時点で四人は、かなり施設に近づいていた。