記憶の断片映像
「鐵月、体調はどうだ?」
金剛の元気すぎる呼び掛けに、鐵月は、
「頭に響くので、もう少し静かにお願いします。」と注意する。
「その通りだ、私は少し作業があるからここを離れるが、くれぐれも騒ぐなよ?」
「すみません夕南先生。金剛さんには僕から言って聴かせておきます。」そうして、保健室を後にする先生の背中を見届けた一同は、扉が閉まったことを確認した直後、鐵月の方へ顔を向けた。
「それで、俺らが実験体ってのはどうゆうことだ?」
「まずは、僕が昼休みに見た記憶を話します。そこでの僕は、誰かに抱えられ、その人は、別の誰かと話をしていました。」
「その内容は、私たちが実験体だって話?」
「少しだけ違います。そこで話されていたのは、僕たち実験体の収容についてと里親の話でした。記憶は断片的な一部分しか覚えていませんが、僕たちが実験体だということは確信を持って言えます。」
不審に思っているのか、それとも真剣に聴いているのか、その場にいる全員が黙りこくって、外から運動部の者達の掛け声が微かに聞こえてくる。その沈黙を振り払うかのように鐵月は話を続ける。
「次に僕が見たのは、瓜生さんが引き取られるところでした。」
「っ⁉」
「最初に見た記憶で、里親は慎重に選ぶよう促していたので、おそらく瓜生さんの今の親は、仕組まれていた可能性が…」
「ちょっと待ってよ!」
鐵月の話を遮り、瓜生が声を上げる。
「ただでさえ、私たちが実験体だって話も意味わかんないのに、その上私の親が仕組まれてるって?こんな話信じろって方が無理でしょ。」
当然の反応だ。いきなりこんな話をして信じる人の方がどうかしている。
「叡…でも、言われてみれば、ウチの親、ウチが赤ちゃんの時の写真はあるけど、生まれた時の写真とか持ってないかも。」
心配になり、瓜生の手を握った水面は、思い出したことを話した。
「俺のとこもそうだ。兄弟がいるとかならまだしも、俺しか子供いねえのに写真に残さねえのは、変じゃねえか?」
金剛にも思い当たる節があったようで、水面に続いて発言した。
ガラス越しに見えるのは、通路を挟むようにして設置されたもう一つの部屋。その部屋の前で、大人の男女が話をしている。
「双子か、両方適性があるとは珍しい。」
「はい、やっと手に入れた存在です。必ず成果を果たして見せます。」
「替えが効かないのだ。失敗など許されないと肝に銘じておけ。」
「もちろんです。元よりそのつもりです。」
「そうか、ならばよい。」
そうして女性はどこかへ歩き去っていった。残った男性は、ガラスの向こうにいる双子に話しかける。
「あなた方も結局は実験体。用が済んだらぁ、ほぼ放置なのは変わらないんですよねぇ。クローンの研究だけじゃなくぅ、適性の転移や複製なんかも難航してるのでぇ、よろしく頼みますよぉ。」
「兄弟…。」静かに呟く鐵月に反応した一同は再び沈黙した。少しして、気まずそうに瓜生が尋ねる。
「あのさ、鐵月くんが見た記憶って私以外のやつあるの?」
「はい、水面さんと思わしき人にまつわる記憶を見ました。」
「ウチ?」
「聴かせて。水面ちゃんのはどんな記憶だったの?」
さっきまでの取り乱した姿とは違い、今度は落ち着いた様子だった。口には出していないが、瓜生も二人と同様に思い当たるものがあったのだろう。
「天井しか視界に映っていないので会話の記憶だけです。それと、出生と言うより特異についてです。どうやら、人それぞれ適性と呼ばれる個所があり、水面さんは涙と言われてました。」
「適性が涙。私と鐵月くんで言ったら汗のこと?」
親が仕組まれていたことに対しては受け入れ難そうだったが、特異の事については進んで理解しようとしている。
「そうだと思います。そして、パターン石とも言ってました。」
「パターンってことは、他にもまだ何種類かあんのかよ。」
「おそらく二種類かと。あくまで予想ですが、僕たちの特異は、体液を自然物に変換しています。そうなると金属と石の二種類だと思います。…あくまで予想ですが…。」
予想とは言いつつも、鐵月は特異に纏わる詳細の一部を把握しており、ほぼ確信していた。
「体液を自然物に…どうしてそんなことをする必要があるのかな?」
純粋な疑問が水面の口から零れる。
「もしかして、戦争に備えてるとかじゃね?」
「それだったら私たちの事、こうして放置しないでしょ。」
金剛の考察は、瓜生の言葉であっさりと否定されてしまう。
「目的はわかりませんが、彼らは、ガラスに代わる透明な部品を要求しており、それに水晶を選んだという事を考えると、自然物にしか変換できないと考えるのが妥当かと。」
「水晶を”選んだ”ってことは、何に変換するのかは決められるの?」
「そのような口ぶりでした。ただ、パターン分けしているので、その枠組みから外れることはできないと思います。」
やや慌てている様子の瓜生に対し、鐵月は至って冷静に受け答えをし、話を続ける。
「それと、先ほど金剛さんの言葉で思い出した記憶ですが、直接僕らに関係する話ではありません。ただ、クローンや適性の転移、複製に関して人体実験を続けている様子でした。」
『人体実験⁉』
その場にいる鐵月以外の三人が同時に声を出した。皆、相当驚いた表情を浮かべている。
「それと、もしかすると僕たちは今、意図的に放置されているかもしれま…。」
「待ってくれ、少しは気持ちを落ち着かせる間をくれよ。」
金剛から尤もな意見が飛び出し、またもや暫くの間、沈黙の時間が訪れる。
大量にあるモニターの内の一つを拡大し、そこに映し出されている鐵月達の様子を覗き込みながら一人の男性が呟く。
「実験体を放置してもぉ、案外発見があるものだねぇ。まさかぁ、赤ん坊の頃の記憶を保持しているとわぁ。これはいよいよぉ、ここも危ないかもなぁ。」
「何を呑気にほざいてる。ここはお前が作った防衛システムだろう?突破されたらお前の身も危ないだろう。」
出入口の扉に凭れている男性は呆れた様子だが、モニターを見ている男性は気にも留めない。
「そうは言ってもぉ、記憶が完全に蘇ってぇ、それ頼りにされちゃうとぉ、打つ手ないんだよねぇ。」
「そうなったらお前が消えてくれるから、俺には得だな。」
「でもぉ、私が消えたらぁ、グゥちゃんはどうなるぅ?」
「どうでもいい。俺が知ったこっちゃない。」
「さすがぁ、ミスター無責任~。」
「くだらないこと言ってる場合か。それで、佐藤0号の様子は?」
「そっちで勝手に確認してぇ。私はこれでも忙しい身分なんだぁ。」
そう言って男性は、背後の男性に対し、右手を伸ばしてモニターを指す。
「相変わらず鼻につく喋り方だ。何とかならんのか。」
「何とかしたいならぁ、私の目の前にぃ、グゥちゃんを出すしかぁ、方法はないねぇ。」
「下らん趣味持ちやがって。」
「人の趣味を馬鹿にする暇あったらぁ、君こそぉ、誇れる趣味を探しなよぉ。」
嘲笑するように話す男性は、再度モニターを覗き込む。