特異能力
頸動脈の間近に剣を向けられている状況下で、瓜生は、ただ黙って鐵月を見つめ、指の一本も動かさない。
鐵月は、十秒程で待ちくたびれ、瓜生の首を斬ろうと口角と刃を上げた瞬間、鐵月の死角から頸動脈に金の刃が突き刺さる。
刃が飛んできた勢いのまま、鐵月が床に倒れる。床と接触すると、左手を傷口へ伸ばし、溢れてくる血を止めようと指で抑え込むも、出血は止まらず、死を直観する。
「お前…じゃ……。」
そう言って鐵月の目から光が消え、息を引き取った。
「…鐵月くん!」
瓜生は、血相変えて鐵月に駆け寄り、首から刃を浮かせた。抜かれた刃は、先端に近づくほど薄く、鋭利になっていて、短く持ち手の無い金の刃は、血にまみれた。
「このまま僕の意思と君の意思が混在していると、また目の前で人が死ぬかもしれない。」
鐵月の死を確認すると、”僕”が現れて、落ち着き払った様子で続ける。
「もし、どちらかの意思がはっきりしてたら彼は生きていたかもね。」
淡々とした口調で”私”を煽る。しかし、当の本人の耳には届いておらず、目から涙を流すばかりで、瓜生の嗚咽が空虚な部屋に反響する。
「彼に刃を向けたのは、君を排除したかった僕と、彼を連れ戻したかった君の意思が半端に混ざり、どっちつかずでいた結果だ。…もういい加減に決めようよ。」
瓜生の体の後ろで”僕”が口を開き、話しながらゆっくりと近づいて、肩に触れ、耳元で囁く。
「…私に触らないで!」
体の主導権を持つ”私”が声にして叫んだ。
ただ、”私”には、鐵月の体の前に座り込んで、首から流れ出る血を呆然と見届ける以外の行動がとれず、”僕”を否定する意識はあっても、振り払う余裕は残っておらず、胸と喉が強く締め付けられる。
「…そんな要求、僕が聴いてあげる道理はない。」
並んで縮こまっている二人の背後で、一本の刃が浮かび上がる。そして、瓜生の首を狙って金色の一閃が描かれる。
部屋の中には、形を保った肉塊へと変化した、動かない男女一人ずつが横たわり、床を赤く染めていた。
瓜生が動かなくなってから数秒経つと、部屋の扉が開き、一人の人物が顔を見せる。
「心中とはぁ、何とも在り来たりな終幕だねぇ。」
白衣を着た男性は、不気味に口角を上げ、眼鏡越しに瞳を輝かせていた。
「まあでもぉ、いいサンプルにはなったかなぁ。」
男性が顔を引っ込めて、部屋から出ると、懐からリモコンを取り出し、ボタンを押すと、部屋全体が下がり、壁の下半分に空洞が映る。
天井から巨大なレーキが現れ、端から端まで何度も往復して均すように、床に広がった血と肉を片付ける。
落下物は、無造作に真っ暗な空間に投げ出され、消える。他の物や壁、床にぶつかる音が聞こえない位その空間は、広く、深く、何もない。
男性は、見慣れた目の前の光景を気にも留めず、部屋を元に戻し、中央まで歩いていく。
「あの子達ぃ、意外と惜しいとこまでぇ、行ってたけどなぁ。」
男性がリモコンを操作すると、男性の周囲の床が上昇し、天井が下降して壁に変わる。男性が立っている場所は、瞬く間に柱の中に入った箱となった。
男性の入った小さな箱は、部屋から男性の姿を隠し、音や光、平衡感覚さえ奪っていきそうな暗闇へと潜って行く。その最中に、欠伸を一つすると、箱が動きを止めた。
男性の目の前が開き、一歩足を出して箱から降りる。すると、男性の背後で柱が床から離れて行き、暗闇に浮上していく。
薄暗く、微かに物音が聞こえるその空間は、訝しい機械が立ち並んだ、広さ約十坪程度の部屋で、研究室にしては十分だが、男性以外の気配が全くしない。それどころか、物々しい雰囲気を放ち、一見しただけで、人を追い払いそうな気さえしてくる。
「いやぁ、今回はぁ、それなりに収穫ぅ、あったかなぁ。」
男性は、手前から順番に機械を操作し、何かを打ち込んでいる。
「それにしてもぉ、私の理論が正解かぁ。やっぱりぃ、一つの体にぃ、二つ意識が在るとぉ、代償を肩代わりぃ、出来るみたいぃ。」
男性が最奥の機械の操作を終えると、機械に回り込んで、中へ話し掛ける。
「勝負はぁ、私の勝ちだよぉ。グゥちゃぁん。」
機械には、一人の女性が横になって入っており、他の機械にも同様に人が入っている。その中身は全て、小学校低学年程の背丈をした子供で、鐵月や瓜生、金剛、水面によく似た顔を持った者もいる。
機械に入っているのは、全員が特異に適性を持った者達だった。
「ただぁ、君のアイデアもぉ、使わせてもらったよぉ。」
透明な板を隔てて男性は、女性の顔に頬ずりをする。
何の変哲もない人口そこそこのとある田舎、その市には、中学校が一つしかなかった。そこに通う生徒である鐵月 灰は人より代謝が悪い。多少汗をかきにくく、すぐに体温が上がるのに下がりにくい。ただ、そんな体で生まれたことに後悔はしていなかった。
「はあ…。」
教室内の一席から溜息が零れる。
「鐵月くん、そんな大きな溜息吐いたら、また先生から言われるよ?」
その席の隣から話し掛けてきた彼女の名は、瓜生 叡。活発で明朗な女子のため、常に数人と話している印象を抱く。
特別接点は無かった二人だが、話す機会は多かった。
休み時間になると、金剛 張斗を連れた三人で2‐Aへ向かい、一人の女子生徒の席に集まる。
「ごめんね、ウチの都合にみんなを付き合わせちゃって。」
「全然気にしなくていいよ。私たちが水面ちゃんに会いたくて来てるんだし。」
白杖を持った少々小柄な盲目の女子、水面 雫の謝罪に瓜生が反応する。
「ありがとう。そう言ってくれて嬉しいよ。」
「礼なんて要らねえよ。俺らは好きでここに来てんだから。」
金剛の屈託の無い笑顔は、その場の四人の口角を上げた。
「ただ…」
鐵月が口を開くと、全員が顔を見合わせる。
「僕ら、”これ”が無かったら、きっと友人になってないですよね。」
鐵月の瞳が銀色に光る。これは、特異を使用している印だ。それに反応するように全員の瞳が光る。
「確かに。俺ら”特異”が有ったから話すようになったんだもんな…。」
「もし、私たちが友達じゃなかったら、どうなってたんだろうね。」
「ウチは、みんなの顔も見れないけど、”特異”だけは感じるよ。」
「妙な繫がりですけど、正直”特異”には色々助けられてますし、感謝ですね。」
鐵月の発言に全員が瞳の光を消し、頷く。
時間が経って放課後となり、掃除も終わった頃、多くの生徒が部活へ向かって行く姿を横目に、四人は、施設の広場へと向かう。
「さあ、今日も元気に訓練するよ!」
満面の笑みを浮かべる女性が四人を指導する。
モニタールームで広場の様子を監視している男性が一人、不敵な笑顔で呟く。
「今回はぁ、どんな結果がぁ、出るのかなぁ。5,282回目のぉ、実験だぁ。」
語尾を伸ばす職員
年齢 不明 適性 無し パターン 名無し高橋 変換 接触物を経年
代償 外見が老いない・経年させた分だけ自身の寿命を縮める
適性者の二重人格に最初に目を付けた人物。
研究仲間のグゥちゃんは、施設の創設者のひ孫で幼馴染。あだ名の由来は、灰色の髪をしていたから。
他の研究員のことを信用しておらず、研究成果を上げることだけが至福。
特異の暴発でグゥちゃんに触れてしまい、老衰させてしまったが、見た目に変化が無いため、死体になったことを認めていない。
施設内にある機械は、ほとんどが製作に携わっており、グゥちゃんの死体や適性者の子供達を保管している機械や、職員の外見が老いない技術は、名無し変異体高橋の構造を理解し単独で造った。
クローン技術にも精通しており、記憶を移す実験も数多く行っている。
変異体高橋の構造は、彼しか把握していないため、施設内ではかなり上の立場。
年齢は70を超えているが、ほぼ完全に不老。しかし、不死ではないため、数回死を経験している。その度に自身のクローンを利用している。




