煌びやかな血流
程なくして、授業終了の時間が迫り、先生から集合の掛け声が掛かる。
「みんなお疲れ様。授業はこれで終わるから、今日の反省と感想、ちゃんと班ごとにまとめて提出するように。号令!」
「気を付け!礼!ありがとうございました!」
『ありがとうございました。』
金剛の号令と共に授業は終了した。
更衣室にて、制服に着替え、教室に戻る最中、授業終わりのチャイムが鳴る。
給食の時間になり、班ごとにまとまる。しかし、班を超えて話す者や班内で騒ぐ者、早々に食べ終わり、片付けに入る者など、教室内ではあまりまとまりがない。そんな中、鐵月は、一人黙々を食べ進め、この後に話す内容を頭の中でまとめていた。
給食後の昼休み、教室には、鐵月と瓜生と金剛の三人しか居ない。他のクラスメイトはそれぞれ、体育館や校庭、図書室へといっており、教室内は異様なまでに静まり返っていた。そんな沈黙を破るように瓜生が口を開く。
「ねえ、金剛くん。傷口は大丈夫?」
「ああ、心配要らねえ。俺、昔から傷の治りは早いんだ。」
「…あの、その傷口、もう一回見せてもらえますか。」
少しの迷いを帯びて鐵月が尋ねる。すると、金剛は躊躇いながらも制服の裾を捲って膝を見せた。そこには傷跡も残っていない膝があり、瓜生は、実物を見ていなかったが、一時間と経たずに傷口が完全に塞がり、跡も残らず治っているということに対しては、さすがの彼女でも異常性を感じ、驚きを隠せなかった。
「傷はいつ塞りました?」反対に鐵月は冷静で、訝しんだ様子だった。
「授業が終わった頃にはもう塞っていたよ。」
あまりにも早すぎる。通常、いくら傷の治りが早くても数日は掛かってしまうものが、金剛はものの数分で傷が完治したのだから、彼が普通の人間の体ではないことに鐵月は気づいていた。
「金剛さんは、自身が特異体質だと思った事はありますか?」
「なんだ突然?そりゃあこんなに傷の治りが早けりゃ、普通じゃねえとは思うけど、特異体質とまでは。」
首を傾げて尋ねる金剛に鐵月は、制服のボタンを外し、腰に括り付けた小瓶を取り出し、突きつける。そして、瓶の蓋を開け、高い流動性を持った銀色の液体は、そのまま宙に浮き、柄も鍔もない刀に変わり、鐵月の左手に収まった。
「僕は、汗が鉄に変わる。そして、その汗は一定の距離まで自在に操れる。」
「私は、汗が金に変わる。後は鐵月くんと同じ。」
「まじか、俺と似たような奴がこんな近くに居たのかよ。しかも二人。」
驚きを隠せない様子の金剛は、考える素振りをし、納得したのか、しばらくしてから重たい口を開いた。
「…俺は、血がダイヤになるんだ。さっき話したように、傷はすぐ塞がるから、あんま自分の血って見たこと無え。能力を使うにしても、注射とかで直接血を抜かねえといけねえから、使い道もほぼ無えんだ。」
そうして金剛は、自身の能力について話してくれた。彼の能力は、とても実用的とは言えず、本人もそれを自覚していた。だが、金剛の話し方は軽快そのもので、特に悲観している様子はなかった。鐵月は、その話を聴きながら、静かに刀を下ろし、液体に戻して瓶に入れた。そこで、瓜生が口を開く。
「予防接種とかで血を抜かれた時どおしてんの?」
「抜かれるだけなら問題ない。ただ、血が外に出たら変わっちまうから、親に事情話して、今まで予防接種受けたこと無えんだ。でも、今まで一度も病気にかかった事も無えし、大丈夫だろ。」
「まあ、本人がなんともないならいっか。」
「二人とも楽観的すぎません?結構深刻な問題だと思うんですが…。」
唯一、鐵月のみが金剛の体質を危惧していた。本人ですら問題視しておらず、気楽な様子。
「それにしても、その瓶いいな。俺もいざという時のために取っておきてえ。」
「では、僕のをどうぞ。僕は体質の都合上、あまり汗をかかないので、いくつか余っているのを差し上げます。」
「おお、まじで?!サンキュー。」
金剛のノリは非常に軽く、鐵月とはまるで違った。「また身近に明るい人が増えた。」という考えは胸に留めておいた。
「そういや気になってたんだけど、」
「ん?」
「鐵月は何で敬語なんだ?同級生だろ?俺ら。」
「確かに、何となく気になってたけど、触れちゃまずかった?」
「いえ、特に問題ないですよ。単に僕は敬語のほうが楽なんです。」
「そっか。」
二人の疑問は、実に単純な答えであっけなく解決した。
「なあ、この学校に俺らみたいな奴、他にはいねえの?」
「わかんない。私たちも偶然知り合ったから、もしかしたらいるのかもしれないけど…。」
「確かめる方法がありませんので、現状この三人だけが特異体質者ということに…」
「ねえ、その話詳しく聴かせてくれない?」
話の最中、突如教室の扉が開き、一人の女子生徒が話しかけてきた。その女子生徒は、白杖を持った少々小柄な盲目の女子、水面 雫だった。
話を聴かれたことに対する動揺の現れか、三人は、数秒程冷や汗をかき、重たい小さな粒がいくつか床に落ちる。
「今の音は、金属が落ちた音?話は途中からしか聴いてなかったんだけど、三人共、ウチと同じ妙な体の人なんだよね?」
どうやら彼女も特異体質者であり、偶然にも、教室の前を通りがかった際、話し声が聞こえてきたようで、詳しく知りたいとのこと。
「四人目、見つかるの早かったね。」
「ええ、不自然なくらいに。」
「この感じ、この学校にまだいるんじゃねえの?」
立て続けに特異体質者が見つかることを皆、不思議がり、疑問を隠せない様子。
「…実験体連中は一区画にまとめておけ、管理が面倒になる。あと、うちは表向きは孤児院なんだから、里親も慎重に選べよ?…」
不意に鐵月の脳裏に蘇る記憶。何時の記憶か、誰の声なのか、それすらもわからない。
「いや…僕らだけだ。」
『え?』
「特異体質者…。この学校にいる特異体質者は、僕らだけだ。」
何故か突然思い出した記憶。鐵月本人も何の記憶なのかわからない。
「どうゆうこと?なんでそんなこと言えるの?」
「僕にもわからない。けど、分かるんです。”この中学校”は実験体の一部を収容しておくための施設で、僕たちの体質は、実験の結果生まれたんです。」
「何言ってんだよ…。俺らの体質は生まれつきのものだろ?実験って何のだよ。」
「それに、私達がこの学校に通ってるのだってお父さんとお母さんがこの市に居るからでしょ?」
「僕らは元々孤児だったんです。覚えてませんか?」
鐵月以外の三人は揃って首を横に振った。皆、鐵月の話は半信半疑といった様子。
人間という生き物は、成長と共に、幼い頃の記憶を自然と忘れていってしまう。思春期を迎える頃には、物心ついたばかりの記憶など朧げになるものだ。そのため、赤ん坊の頃の記憶を覚えている方が異常となる。
「…でも、ウチは灰の話本当だと思うよ。だって、生まれつきってやつより、実験でこんな体になったって方がまだ納得できるもん。」
そんな中、雫だけは唯一、鐵月の荒唐無稽な話を信じてくれた。
「まあ、ひとまずは鐵月の話を聴くとするか。」
そうして、鐵月の話を聴こうとしていた一同の思いとは裏腹に、昼休み終了の予鈴が鳴り響く。