俺とリエナ様
「リエラ様、やめてください!」
「なんで、おもしろいぞ!」
リエナ・マーカイヌ様は変わってる。
話し方、仕草は令嬢のそれじゃない。
髪型は短く、男子生徒の制服を身に付ければ、男に見える。
それが様になっているので、少し羨ましい。
性格は大雑把。気にしない。無神経。
だから、よく問題を起こす。
「あ、悪かったな」
「悪かったじゃありませんよ。すみません。大丈夫ですか?」
「はい。全然大丈夫です!」
リエナ様にぶつかられて転げた女子生徒は俺の差し出した手を掴み、勢いよく立ち上がる。
「リエナ様は今日も麗しいですね」
麗しい?
日常で麗しいって聞いたのはじめてだぞ。
女子生徒は眼鏡をくいっと押し上げ、リエナ様に迫る。
その勢いはちょっと引くくらいだが、リエナ様はいつものようにに対応した。
「ありがとうな」
悪ぶれることなく、リエナ様は彼女の頭を撫でる。
「リエナ様」
まるで王子様にでも会ったように女子生徒はへなへなと腰を抜かしてしまった。
「ほら、いくぞ!」
「はい」
呼ばれてしまい、俺はリエナ様の後を追うしかない。
あの後、女子生徒は大丈夫だったのだろうか?
☆
俺の家のヨルンダ家は、リエナ様のマーカイヌ家の分家だ。分家野中では俺の家が一番近い。だから、俺はリエナ様の遊び相手に選ばれ、それが主従関係に変わるのは自然なものだった。
「勘弁してくれ。親父」
「どうしてじゃ。ありがたい話だろう?」
「リエナ様は俺の主で、妻とか絶対無理だ」
妻であれば対等の関係がいい。
いつものように尻拭いばかりの役はごめんだ。だいたい俺はおとなしい普通の女の子を嫁にしたい。
「主人も妻も変わらんだろう?」
「変わるわ!」
父は自身が仕えていたお嬢様と結婚した。母は典型的な令嬢で、リエナ様とはまったく異なる。
俺もリエナ様がうちの母のようであれば、恋愛感情を持てたかもしれない。
いかんせん。
俺はリエナ様にたいして、どきっとしたこともない。恋心なんてどうやって持てるのか?あのリエナ様にたいして。
「しっかしなあ。リエナ様たっての希望なんだぞ」
リエナ様、きっと面倒になって、俺を指名したな。こうなれば、彼女が面倒に思わない奴を見繕う。とりあえず明日話すのが先だ。
「親父。とりあえず明日リエナ様と話して見るから。保留にしておいて」
「おう。わかった」
そうして俺は翌日、リエナ様と話した。やっぱり俺の予想は的中だった。
「もう面倒くさがらないでください。俺がいい相手を探してあげますから!」
そうして俺は学園の男爵令息から侯爵令息の中から、三人の候補者を選んだ。
一人目はまず男爵令息。
身分は俺と同じ。だが、俺と違って成績優秀。顔はよいけど、変な噂がない男子生徒。
まず俺が近づき、条件を再確認してから、リエナ様に紹介する。
「うん。僕は無理だ。リエナ様は面白いし、僕にとってもよい話だけど」
しかし一週間後、向こうから断ってきた。
「リエナ様。いったい、何があったんですか?」
「私はしらんぞ。別に喧嘩もしてないし。おとなしくしていたつもりだがな」
リエナ様は頭をかきながら、首を捻る。
確かに、リエナ様はこの一週間おとなしくしていた。奇行は見ていない。
だったら、なぜ?
僕には無理って?
とりあえず考えても仕方ないでの、次の候補者に接触。
次は伯爵令息。
物怖じしないどっしりした肉体派。リエナ様と話したこともあって、いい感じだった。
「いやあ。無理だ。リエナ様には俺の好きなものを理解してもらえるし、最高だと思ったんだけど、無理だ。っていうか、ヴィレ、お前ばかだろ?」
そう言われてムカついたのだけど、俺は男爵子息。相手は伯爵令息なので、冷静を保つ。
「馬鹿とか意味がわかりませんが、あなたが無理というならばそうなんでしょう」
「誰を選んでも無理だぞ。それはリエナ様の問題ではなく、お前だ」
何が俺の問題だ。
最後の候補者ははずさないだろう。昔から婚約の話は出ていたのだから。
「いやだ。あいつは嫌いだ」
「とは言っても、あの方が一番あなたにふさわしいではないですか?顔もいいし、成績も優秀。なのになんの不満が?」
リエナ様の言葉をぶちぎって、俺は最後の候補者である、侯爵令息をリエナ様に引き合わせた。
「今日はカルヴァンが送ってくれるからいいぞ」
「いやでも、俺はあなたに仕える者で」
「ヴィレ。私がリエナを屋敷まで送るから安心しなさい」
……
「畏まりました。リエナ様をよろしくお願いします」
どうしたんだろう。
俺。
リエナ様をお屋敷に送る役目は俺だった。いつも。
だけど、カルヴァン様がリエナ様の夫になるようであれば、その役目は彼のものになる。
当然だ。
なんだか、急に何か失った気持ちになった。
☆
「私じゃ不満か?」
「あなたは私の仕える方であって、妻などと思えるはずがありません」
「そうか」
そう、リエナ様が俺の妻になるなんてありえない。
「すまん。今日はカルヴァンが迎えにくるんだ。一緒にいくか?」
「いえ。一人で行きます。それでは学園で」
初めてづくしだな。
昨日と今日。
俺ははじめて一人で登校した。
「おはよう。あれ?一人」
リエナ様に最初に紹介した男爵令息のジョナサンが話しかけ来た。にやにやと笑っていてムカつく。
「ざまあかな。自業自得。どんな気持ち?」
「どういう意味だよ」
「教えない。まだ気がついてないんだね」
ジョナサンの言い方にイラつく。
言葉の意味もよくわからん。
そうこうするとリエナ様がカルヴァン様と登校してきた。
「あれ?」
「かわいい。やっぱり」
俺の隣でジョナサンが感嘆の声をあげた。
リエナ様が女子生徒の服を来ていて、髪型も無造作ではなく髪飾りをつけて可愛らしく撫で揃えられている。
ジョナサンの言葉には俺も頷きたかったが、素直になれなかった。
二人は言葉を交わした後、入口で別れる。
リエナ様は俺を少し見たけど、それだけだ。少し顔を赤くして、自分の席に座る。
そんな顔見たのははじめてだった。
俺は小さいときからリエナ様のそばにいた。だけど、そういう顔をさせることができるのはカルヴァン様だけだった。
「あ、」
リエナ様の姿が見えないから探していたら、校舎の裏で二人の姿を見た。
とてもいい雰囲気で、俺に気がついたカルヴァン様がにやっと笑って、リエナ様にキスをしようとした。
「いやだ!」
リエナ様の声を聞いたら、俺は駆け出していて、カルヴァン様の殴りつけていた。
「ヴィレ!」
「す、すみません!俺」
侯爵子息を殴ってしまった。
これはやばい。
焦った俺に対して、カルヴァン様は笑いだす。
「リエナ。脈はあるじゃないか。諦めてはダメだ」
「うん!」
ど、どういうことだ?
「それじゃあ、私はこれで」
「えっと、カルヴァン様?」
「好きな子の幸せのために、力を貸せて私は幸せだよ」
「カルヴァン。すまん」
「いいって。だがヴィレ。君の気持ちは生半可なものなら、私を殴った責任はとってもらうからな」
「どういう?」
「あとは任せた。それでは」
俺の疑問に答えぬまま、カルヴァン様は行ってしまった。
「ヴィレ。やはり私ではだめか?」
リエナ様は上目遣いで俺を見る。
か、かわいい。
待て、どうした。俺?
ドキドキしている。
「私はヴィレとこれからもずっと一緒にいたいと思っている。夫ならヴィレ以外は考えられない。だから」
俺は、俺も、リエナ様と一緒にいたい。カルヴァン様が間に入ってきて、すごく嫌だだったのは正直な気持ちだ。
「リエナ様。俺をあなたの婚約者にしてください」
あんなにいやがっていたのに、俺は彼女の婚約者になることを望んだ。
その後、親父に婚約の話を進めてくれと伝えた時の、生暖かい目は、思い出したくない。
こうして、俺は主人であるリエナ様と婚約した。
今日も彼女の後ろで、尻拭いをしているが、嫌な気持ちになれないのは、もう病気かもしれない。