03.惨憺たる現実
ルーデンスとアリスは噴水に駆け寄る。そして、噴水付近にいる男性を発見した。
男性の身なりは、薄汚れたボロ布のつなぎを着たいかにも労働者階級のようだった。彼は声高らかに叫んでいる。
「アルカナエネルギーは悪魔の力なんだ!最近の異常気象に化け物ジェヴォーダン地区の化け物!このエネルギーの運用が始まったここ数年でこんな事件が増えるばかりじゃないか!」
この手のアルカナエネルギー反対派のデモは、ピースでは日常茶飯事だ。そのためか、通行人はちらりと男の方を見るだけでそそくさと歩き去っていく。
デモの対応は中央捜査部 (Central Investigation Division, CID)の管轄ではない。治安維持部隊 (Peacekeeping Unit, PKU)が対応する事案である。
(関わるとめんどくさそうだ、特にウチと治安維持部隊はあんま仲良くねぇ~し、おとなしく到着を待つかなぁ~それにしても、ジェヴォーダン地区の化け物か……)
ルーデンスはアリスに指示を出し、木陰から見守ることにした。
一方男は、誰にも相手にされないフラストレーションからか、演説はヒートアップしていた。
「だから!みんなはこの国に騙されているんだ!このままだと国の思うツボだ!こんな電波塔まみれで悪魔のエネルギーなんて使って!たしかに、生活は良くなった。エネルギーを使った四輪駆動機は馬で移動していたころと大違いだ!でも、リスクが余りにでかすぎる!」
「クソッ!男が一匹人生をかけて話しているのに!俺は元エネルギー工場で働いていたんだぞ!」口から唾を飛ばしながら、熱弁している。顔は太陽のようだ。
「帝都ピースは悪魔に落ちた……ここはもう、悪魔に落ちた都市だ……魔都だ……」
男は、肩を落とした。なぜ誰も話を聞いてくれないんだ。ただ俺は、皆を救いたいだけなのに。クソッ!
怒り。悲しみ。憎しみ。全ての感情が男の中を巡る。歪む。ただただ思考が歪む。
いや歪まされているのか。誰に?なぜ?なんで俺はエネルギー問題でこんなことをしている?
……分からない。分からない。分からない。俺はなぜ?分からない。何のため?分からない?
今俺は憤怒している?悲観している?なぜ?分からない……。
「うっ……わからない……」 男はぼそりと言った。震えている体、焦点の合わない目を必死に見開いている。
「あなたは間違っています!こんなことで、人を動かすことはできません!むしろ迷惑をかけていると思います!」
白を切るような、場のすべて一切合切を無視する声。
アリスは木陰から飛び出し男の前に立ちふさがる。肩を有り余る正義感でプルプルと震わせている。
「はぁ……全く、面倒くさい」
ルーデンスもつられるようにのそりと飛び出る。
「なっなんだお前らは!」
「私たちは、中央捜査部 の捜査官です」アリスは仄かに青白く光る長方形の石板を取り出す。大きさは手のひらサイズだ。
「捜査官だって……魔都の犬か……」
「やはり俺の、言っていることは全て正解だったんだ!お前ら、不都合な真実を知っている俺を消しに来たんだろ!」男はさながら水を得た魚のようだ。
「いやいや、うちのあーちゃんがすみません。俺らは捜査官に憧れてるただの市民です~」ルーデンスがいつもの調子で言った。厳しい言い訳だった。
「ルーデンス捜査官なんで嘘を言うんですか!目の前で市民を脅かす存在がいるのに!」
「見過ごすことなんてできません!」水を得た魚はここにもいた。
「君は何も分かっていない。この仕事について……」ただ一人ルーデンスだけが冷静でいた。
「市民を脅かす……俺のことを言っているのか?俺は市民の為にこうして活動しているのに?」
俺が間違えているわけがない……なぜ?分からない。でも分からくてもやらなければいけない。
「や、やらなきゃ。みんなを守る為に……」男は懐から銃を取り出す。銃口をアリスたちの方向に向ける。銃口はがくがくと上下している。
「なっ、やめなさい!」アリスは金切り声を上げる。
(どうしよう。こういう時は、教範には……市民の避難、犯人の無力化、えっとどうしよう。怖い。動けない。)
アリスの目の前に紅い花が咲いた。その後パァンという炸裂音が鼓膜に響く。アリスは状況が理解できなかった。
キーンとした音が鼓膜から離れない。(……なんで私の前に花が咲くの?今は見回り中で全く関係ないのに、見回り……?そうだ私見回り中事件が起きて……男の人が市民の迷惑になってて、私が注意して。そして怒って……どうなったんだっけ?赤い花が咲いたんだっけ?)
アリスはおぼろげな思考で、先ほど咲いた赤い花を見た。
「あっ……、あぁ……うっっうぁ……」
アリスの視界には赤い花なんてなかった。そこにあったのは頭がざくろのように割れた、かつて人間だったものが倒れていた。アリスはただ嗚咽を漏らすことだけで精一杯だった。