レモン味のかき氷が好きだった──はずなのに
※武頼庵(藤谷K介)様主催『夏の○○が好き企画』参加作品です。
和也くん家の夏の定番おやつは『かき氷』です。
冷蔵庫から氷を出して、電動のかき氷機にセット。シロップはイチゴ、メロン、レモンの三種類からえらんで、自分でかけます。
妹のゆんちゃんは、いつも決まってイチゴ味。
「ゆんちゃん、イチゴあじにするっ! 和也兄ちゃんは?」
「僕はレモンにしておくよ」
白いわたあめのような氷の山が少しずつ出来ていくのを、ワクワクした目で見つめるゆんちゃんをよそに、和也くんはそっとため息をつきました。
ゆんはいいよなぁ、何も知らないから幸せそうで。
そう。実は和也くんは、ふとしたことから、かき氷に関するある重大な秘密を知ってしまっていたのです。
つい先日、和也くんはひどい夏風邪をひいてしまいました。
コロナじゃなかったのは幸いでしたが、しばらく熱が続いて、あまりご飯も食べられなくて大変だったのです。
やがて熱もだいぶ下がって、食欲も少しずつ戻ってきました。
ベットに寝たまま、久しぶりにスマホをいじっていると、部屋のドアを開けてゆんちゃんがおずおずと声をかけてきました。
「お兄ちゃん、もうだいじょぶなの?」
「ああ、もうだいぶ良くなったよ。ゆん、心配かけてごめんな」
「おやつとか、たべられそう?」
「おやつって?」
「かき氷なんだけど」
ああ、やっぱりな。和也くんはちょっと苦笑いしました。
小さな頃なら素直に喜んでいたんでしょうけど、今の和也くんは、ママが夏のおやつにかき氷を推す理由に察しがついています。
それは──かき氷はとにかく安く済むから。
氷なんてタダみたいなものですし、シロップも一回買えばしばらく持ちますし。
おまけに、ママたちがいなくても子どもだけで用意出来ちゃいますしね。
ケチなママが考えそうなことだよなぁ。でもまあ、まだ微熱はあるので、今はちょっと冷たいものはありがたいかな。
「じゃあ、少し食べようかな。起きるから、先に降りててよ」
「うん! じゃあ、今日はゆんちゃんがよういしてあげるね!」
和也くんがようやくベットから降りられたので、ゆんちゃんも嬉しそうです。
いつもより張り切ってかき氷を作って、自分の分を作るより先に、和也くんに差し出してきます。
「はい、めしあがれ!」
「ありがとな、ゆん」
「どう、お兄ちゃん、おいしい?」
「おいしいよ。──ほら、ゆんも食べなよ」
ゆんちゃんを安心させるように笑顔で答えましたが──実は和也くんはこの時、ちょっとした違和感をおぼえていたのです。
『あれ? レモン味のかき氷って──こんな味だったっけ?』
コロナにかかると、味覚がなくなったり鈍くなることがあるそうです。
でも和也くんはコロナじゃないし、甘さだってちゃんと感じられました。
ただ、何と言うか──『レモンの味』がしないんですよね。
ちょっとだけおかわりしてメロン・シロップを試してみましたが、そちらも『メロン感』はありません。
うーん、これはどういうことなんだろう。
ゆんちゃんが遊びに出かけて行ったあと、和也くんはさっそくスマホで色々調べてみて──やがて、ある事実にたどりついてしまったのです。
実は安いかき氷のシロップは、種類が違っても原材料がほとんど同じで、味にもほとんど変わりがないのだとか。
香料と色とで、何となくレモンやメロンの味がするように脳が錯覚してしまうんだそうです。
──あ、そうか。僕は風邪で鼻がつまってたから、ごまかされなかったんだな。
どうやら、本物の果肉や果汁を使った高級なシロップもあるようだけど、まさかケチなママがそっちを買うはずもないしなぁ。
そんなことを考えながら、3種類のシロップの原材料欄をしげしげと見ていると、ふいに後ろから、ものすごく冷ややかな声がかけられました。
「──和也。ついに気づいてしまったのね……」
「──!?」
びくっとして振り返ると、そこにはママが無表情で立っていたのです。
「え? な、何のことかなー?」
何とかごまかそうとしましたが、ママは和也くんのスマホを手に取って、今開いていた画面をちらっと確認しました。
「そう、和也が今気づいたように、かき氷のシロップの味に大して違いなんてないのよ。
──で、それを知って、あなたはどうするつもりなのかしら。
まさか、ゆんちゃんにわざわざ教えたりはしないわよ、ねえ?」
こ、これは、今までに観たどのホラー映画よりも怖いシチュエーションですっ!
「あ、いや、それはその──」
「ゆんちゃんは、夏のあいだ大好きなイチゴ味をいっぱい食べられるって、すごく喜んでいるわよね?
そんなゆんちゃんに、『実はそれは錯覚で、本当はイチゴの味なんてついてないんだ』って教えちゃったら、夢を壊しちゃわないかしら。
それって、お兄ちゃんとしてどうなのかしら──ね?」
「い──言わないっ! ゆんには絶対に言わないよ!」
もう、そう言わないわけにはいきません。この状況でママに逆らったら、どんな目に遭うことか──。
もちろん、ママは手をあげたりはしません。でも、以前ひどいいたずらをした後、一週間も和也くんの苦手メニューばかりの夕食が続いたこともあったのです。
「そう。賢明な判断ね、和也。
何でもすぐに調べてみるのはいいことだけど、世の中には知らなくていいこと、知らない方がいいことだってあるのよ?」
目の奥がちっとも笑っていないママの冷ややかな笑顔に、その時の和也くんは、ただ黙って首を上下にこくこくと振るしかなかったのです。
「うーん、おいしい! やっぱりイチゴがいちばんだよね。
お兄ちゃんもはやく食べないと、氷がとけちゃうよ」
「あ、ああ、そうだな」
ゆんちゃんは幸せいっぱいの笑顔です。
そうだよな。ゆんが満足してるんなら、わざわざ教える必要はないよな。
知らない方が幸せなことだってあるんだし。
あの秘密を知ってしまってから初めて食べる、大好きだったはずのレモン味のかき氷。
──それは今の和也くんには、以前よりずいぶん味気なく感じられるのでした。