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虫も殺さない少女

作者: 猫猫猫子

虫も殺せない少女。これは私のことだ。

だけど、私は、この言葉が持つ意味のように、おとなしいとか、穏やかだとか、優しい人間ではない。虫が死ぬことも悲しいと思わないし、むしろ、虫なんて、みんな、死ねばいいと思うくらいに虫の命なんて、まったく何とも思っていないような人間だ。

私は、単純に、私は虫が怖くて殺せないのだ。そして、怖いから虫が嫌いだ。どのくらい嫌いかというと、虫が寄ってくる花が嫌いで、虫が寄ってくる黄色や黒などの服が嫌いで、虫が多い夏自体が嫌いなほど、虫が大嫌いなのだ。

自分でも異常だと思えるくらい、虫が怖いのだが、昔から怖くて、殺せなかったわけではない。むしろ昔の私はとても残忍だった。幼稚園くらいの時は、アリの巣を木の枝でほじくって中に水筒のお茶を流し込んだし、ダンゴムシを転がしてレースをしたこともあった。ダンゴムシを木で刺したこともあったし、年上のガキ大将のが持ってきた塩をミミズにかけるのを、笑いながら見ていたこともあったくらいだ。

そんな私が、今の様に虫が怖く、嫌いになったのはもう、八年も前の、小学一年生の時だ。

「虫取りしようよ」

そういったのは、桜ちゃんだったか、良太君だったか、それとも、おにいちゃんだったか、よく覚えていない。ただ、夏休み、毎日のように外で遊んでいた私たちは、鬼ごっこも、ドッジも縄跳びも飽きたのだ。私も、飽きていた。だから、みんな、新しい遊びに目を光らせ、各自、家に虫網とかごを取りに行ったあと、虫取りが始まったのだ。

夏の日、虫なんて、うんざりするほどいる。そのため、すぐに、捕まえることができた。捕まえたのは、良太君で、捕まえた虫はチョウ。チョウは、虫網の中で、これでもかというくらい、バタバタともがいていた。

「だれか、つかんで虫かごに入れてよ」

良太君の言葉により役割を決めるじゃんけん大会が開催された。虫網を持っている良太君を除いた、メンバーでのじゃんけん。チョウを掴んで虫かごに入れる子。虫かごに入れた後に、チョウが逃げないように、すぐにふたを閉める子。もし、チョウが逃げてしまったとき、すぐに捕まえることができるように、虫網を持って、準備をしている子。私は、自分が、チョウをかごに入れる役目になりませんようにと願いながら、ドキドキしながらじゃんけんしたはずだ。今みたいに、虫が嫌いだったわけではないが、重要な役割にはなりたくないと思っていた。

正直、この時、私は、何を思ったかよく覚えてい

ないのだが。

そして、願いはかなわず、じゃんけんの結果、私は、チョウをつかんでかごに入れる係りとなった。正直、虫なんて、汚くて、触りたくない、そんなことを思っていたはずだが、じゃんけんで決まったものは仕方がない。

このころの私にとってじゃんけんとは絶対的なものだった。だから、私は、チョウを虫かごに入れる役を、文句を言わずにやったのだ。

みんなの準備が整うと、私は勇気を出して、チョウがもがいている虫網の中に、手を入れた。そうすると、チョウは、私の手に気付いたのか、一層暴れだした。それのせいだ。チョウが暴れるから、私もここで、もし、チョウを私のせいで逃がしてしまったら、私のせいになると、責任を感じた私は、手に余分な力が入ってしまったのだ。私は空気を切るかのような勢いでちょうの羽を掴んだ。暴れているチョウも、捕まえようとする私も、すごい力が出ている。どちらも、力があるのだったら、より、力があるほうが勝つ。私は勝った。

そして、チョウは負け、死んでしまった。チョウの羽がちぎれていた。

頑張れとか、羽をもってとか言いながら、応援していたみんなは、チョウの羽がちぎれ、ぱたりと静かにり、死んでしまってからは、私を一気に責めた。私は、その場から、逃げ出したくなるほどに、悲しくなった。チョウのことを可哀想とかそんなことを言う、みんなの言葉なんて、聞きたくなかった。私は、ただひたすら、チョウを殺してしまったことより、みんなに責められることのほうが悲しかった。

それからというもの、私は虫を殺せない少女となったのだ。

そして、今、この八月の二時という、真夏の中の真夏の時刻に、私は、言葉が出ないくらいの恐怖を味わっている。自分の部屋の、電球の回りでチョウがふわふわゆらゆら羽ばたいているのだ。


私は、チョウを見た瞬間、思わず怪獣が叫ぶような悲鳴を上げた。そして、思わず、後ろに勢い良く下がってしまい、壁に激突した。初めてこの様子を見た人は、虫より、私の行動にびっくりするだろう。

だが、そんな状態の私の前には、誰も現れない。私しかいない。

別に、私以外、誰もいないときに虫が出たのは、これが初めてではない。ある時は、リビングにクモが出たし、ハエがお風呂場で飛んでいたこともあった。そういう時は、その虫が出た部屋の戸を閉め、虫を監禁すればよかった。そうすることで、家のどこにいても恐怖が襲ってくるという不安は生まれない。誰かが帰ってきたら、虫を閉じ込めたということを言い、探し出し退治してもらえばよかった。

例え、限られた範囲とはいえ、虫を探し出し、殺すのは苦労することだが、家全体と、一つの部屋では苦労のレベルが違うのだ。それは、かくれんぼの範囲を決めてやるか、決めずにやるかの様な違いである。

たして、例え虫が見つからなくたって、戸を閉めていれば、自分の部屋には入ってこない。他の部屋で虫が出たのなら、自分の部屋にこもっていればよかった。自分の部屋には、一日一回まけばよいと言われている、虫よけスプレーを一日に二回まいているし、ベランダとドアには、虫よけシールを貼っている。虫が嫌いな、匂いがするハーブだって置いている。だから、今までは、自分の部屋は、蚊が一匹も入らないような、絶対的な安全地帯であった。だが、その安全地帯である、自分の部屋に、よりにもよってチョウが侵入してきたのだ。

今回に限っては、虫を自分の部屋に閉じ込めるということの方が怖い。だから、私は、虫、監禁作戦を決行することができない。チョウを閉じ込めたとして、もし、チョウが行方不明になれば、自分の部屋で安心して過ごすことができなく、夜も眠れなくなる。絶対、チョウを行方不明にしてはならない。そっちの方が、後から怖い。そう考えて、私は、怖いけれど、チョウを見張ることにした。

それから、しばらく、部屋の戸の前どうすることもできず、でチョウの行方を見守っていたが、立つのに疲れて、部屋の戸の前で座った。そうすると、たったそれだけの動作に驚いたのか、チョウは羽をばたつかせ始めた。その、暴れだしたチョウを見て、私もビビる。もしかしたら、チョウが襲ってくるのではないかと怖くなった。

それから、五分経った。こんなに長い間、虫を見ていたのは、いつ以来か、そう思えるほど、久しぶりに、虫をしっかり見た。

そして、そのおかげでチョウは、私を怖がっているということに気が付いた。あれから、何度か、体の体制を変えたりしたが、そのたびに、チョウは羽をばたつかせていたのだ。

慌てて、勝手に暴れだす。私は、チョウに何をする気もないのに。

暴れることは逆効果なのに。そう思うと、あの勝手に暴れるチョウの姿は、実に滑稽だった。そして、そんな滑稽な姿は、私だったのだ、そう気が付いた。

チョウは弱い。ちょっとの風でビビる。思い返せば、羽がちぎれただけで、死ぬんだから、私が怖がることなんてない。そんな当たり前のことに、私は、今更、気が付いた。

私は、本当にこんな弱い虫が怖かったのだろうか。本当は、虫は、怖くないんだ。そして、とても難問だと思っていた数学のテストの問題が、テスト後に改めて考えたら、あっけなく説くことができた。

その時のような、もったいなさという感情が私に生じてきた。

そして、今、チョウは相変わらず、電球の周りでふわふわゆらゆら回っている。だが、回っていると言っても、きれいに回っているわけではない。右に行ったと思えば、左に行って、上に行って、また、左に行き、左に行き、このまま左に行くと思えば、下に行って右に行く。予測不可能な動きだ。チョウも虫だから、光に寄ってしまうのだろう。そんなチョウの動きは気持ち悪いが、怖くはない。予測不可能な動きをする人は怖いが、チョウのあの予測不可能な動きは、もう、怖くない。

そんな、つまらないチョウの動きを見るのに疲れた私は、一階へと降りて行った。そして、洗面所とお風呂がある部屋の戸棚から、殺虫剤を取り出し、シャカシャカと振りながら、二階の自分の部屋へ向かって行く。

チョウは、今までと変わらず、電球の周りを、ふわふわゆらゆら羽ばたいている。感電したらいいのになくらいに思う。

私は、そんなチョウの真下まで来た。何も怖くない。今まで、私は、食わず嫌いと同じようなものだったのだな。それだけを思った。

そして、私は、殺虫剤を上に向け、ボタンを五秒くらい押した。シューと、水しぶきのような液が出てくる。

するとチョウはふわふわゆらゆら床に落ちていった。私は、その、チョウに触れないように、逃げる。ピクリともしない。チョウの息の根は消えた。

チョウが死んだのを確認した私は思わず笑ってしまった。私は、ひとりで虫を殺せることができた。苦手な科目のテストで百点をとった時のような嬉しさと満足感、達成感が混みあがってきた。

私は、ウキウキしてチョウの様に羽ばたきながら一階へと降りて行く。そして、物置から、掃除機を取り出して、自分の部屋へ運んで、コンセントをさした。そして、掃除機の強のスイッチを押して、チョウを吸い取った。

すると掃除機から「ガガ」と異音が聞こえて、掃除機が壊れたんじゃないかと一瞬心配になる。けれど、もう一度、電源を切って入れたところ掃除機は普段どおり動いた。

私は、それに安心する。一人で、虫を殺せたことを、誰かが帰ってきたら自慢しないと。

そんなことを思いながら私は、自分の部屋で、漫画を読み始めた。

しかし、私は、なぜだか、誰にも褒められることはなかった。

小説を読みいただきありがとうございます。

私が虫が嫌いなので今回のお話を書きました。

大学生時代に書いた小説です。

小説を見せてありがとうございます。

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