悪徳商人、現る 2
ひとしきり飾り皿と彫刻を愛でたのを見計らい、ギリアムが次の品をテーブルに置いていく。手のひら大の四角い缶をずらりと並べ、ラベルをこちらに向ける。
「まあ、完成したのね!」
「ええようやく。効能も確認済みでございます」
これらは茶葉である。ラベルを見ると原料となった植物の名がそれぞれ書かれ、そのうちの一つを手に取り蓋を開けばふわりと緑色の魔力が漂う。
「すごいわ……とても綺麗ね」
「雑草に等しいこれらの草花から魔草茶を作るという発想にはなかなか驚きましたが、おかげで良い商品が開発できましたよ。味や香りは通常の茶葉を配合して飲みやすく調節してあります。効能は疲労回復、精神安定と言ったところですな」
にやりと浮かべる笑みはとてもいやらしく、その人相を歪める。正当な商売なはずなのにどうしてこう悪人顔になるのか。
ご満悦なギリアムから視線を外し、他の茶葉を確認していく。
これらの茶の原料はギリアムがいうところの雑草だが正確には魔草の一種である。キリクの花と同じく魔力含有量が微量過ぎて、道端に生えていても認知されないような存在だが私にとってはとても目を引く植物だ。そもそも雑草にだってそれぞれちゃんとした名前があるのだ。もっと自己主張してもいいはずだとよく分からない憤慨の末にたどり着いた結論が。
「濃縮してポーションとか作れないかしら。それが難しいなら……お茶とか?」
安易に口にしたことが発端で、ギリアムが伝手を駆使して商品開発を始めたのだ。
結果、ポーションの様に魔力を回復させるような効果はないが、魔力由来の軽い体調不良を解消できるお茶に仕上がったようだ。
「一番の利点は原料となる植物が荒地でも育つほど丈夫で栽培しやすい事。ポーションのように高価でもないので気軽に常飲できるのもいい。店のいい看板商品になりますよ」
ギリアムの説明を聞きつつ『グラリス』とラベルに書かれた缶を手に取る。蓋を開けると黒い靄のような光が溢れ、周囲に漂っていた他の茶葉から零れた魔力を吸い込むようにかき消していく。グラリスというのは三つ葉の黒い葉が特徴の植物で、僅かに魔力を吸収するという特性を持つ。その力を濃縮し出来たこの茶なら……。
「ギリアム、このお茶を伯爵家へ届けて貰える?」
「もちろん、準備は済んでおりますよ」
私の考えを察する、というか読んでいたとばかりにギリアムが答える。
このお茶ならば妹の高魔力症にも効くかもしれない。私が妹の治療法を探していることを知っているギリアムも当然とばかりに妹の分の茶葉を確保してくれていたようだ。
「お代はどれくらいかしら?」
ギリアムとの取引の報酬により多少の現金は所持しているものの、その額は心許ない。定期的に購入となるとお財布事情が心配になる。
私が不安を覗かせ尋ねると、ギリアムはそれまで浮かべていた笑みをさっと引き、やれやれと言った溜息をこれ見よがしに吐いてくる。
「まったくお嬢様……奥様には困ったものですな。そもそもこの魔草茶の発案は奥様であり、その販売権利も当然有しております。お代をいただくどころかむしろこちらが売上金を収める立場でございますよ。当然この茶葉だけでなく今まで開発した商品についても同様です。奥様が今まで稼がれた資産は我々ヒース商会の方で管理しておりますが、現金がご入用でしたらいつでもご用意いたしますよ」
なんと、いつの間にそんなことになっていたのか。契約書を作ったわけでもないし、私はいつも思ったことを口にしただけで商品開発だのはギリアムが勝手にやっていることだからと気にしたことがなかった。
へぇ、と興味なさそうな私を見て、ギリアムの溜息が深くなる。
「ギリアムって悪徳商人のわりに随分律儀なのね。黙って着服することくらい簡単でしょうに」
「確かに奥様の目を盗むことなど赤子を相手にするくらい造作もない事ですが、私としても金の生る木を枯らせたくはないですから」
憐れまれているのか気を使われているのか、苦笑いのままギリアムが肩を竦める。
信用できるのかできないのか未だに分からない男だが、私の協力者であるのは確かだ。ひとまずは彼に任せることにしよう。資産だの権利だの考えるのが面倒なわけでは決してない。
「そう、じゃあ伯爵家への茶葉代はそちらにお任せするわ。現金も特に必要としてないわね。困ったときには相談させてもらうわ」
「承知いたしました。それでは本日持参した茶葉は奥様へお納めしますので宜しければお試し下さい」
テーブルに広げた茶葉缶にさらに鞄から出したものを積み上げていく。「え、貰っていいの?」と言いそうになるも先程のやり取りを思い出し慌てて呑み込むが、ギリアムの耳には届いたようで「くっくっく」と肩を震わせている。そんなに笑わなくてもいいと思う、と思わず頬が膨れる。
「失礼しました。奥様は本当に危なっかしくて、見ていて飽きないお方だ。それではこちらが本日最後の品となります」
何のフォローにもなっていない言い訳のあと、最後と言う品物を私の前へ差し出す。
それは今までの品とは趣が違う、明らかに高価であろう小箱だった。
手に取り蓋を持ち上げると、中にはキラキラと眩しく煌めく宝石の付いた耳飾りが収められている。このキラキラは魔力ではなく宝石が放つ輝きで、いやよく見ると魔力のきらきらも混ざっているな? 白く半透明な石はつるりとした半球状に磨かれ、光を受けて虹色の輝きを放っている。その宝石を支える台座には銀が細く編み上げられ、蔓を模った文様を描いている。石からも台座からも魔力を感じる、とても精巧で素人目に見ても高そうなシロモノだ。
「……ええと、これは?」
思わず震えそうになる手を必死に抑え小箱をテーブルへ置くと、ギリアムに尋ねる。びっくりしすぎて睨むような目線になってしまったが、ギリアムはそんな私の反応を楽しそうに眺めている。
「遅くなりましたが、奥様に婚礼のお祝いを申し上げたく思いまして、ご用意させていただきました」
予想外の回答に思わず真顔になればギリアムの顔も笑顔から残念そうな表情に変わる。
「まずはこの度はキースベルト・マクスウェル公爵閣下とのご婚姻、お慶び申し上げます。してこちらですが、公爵夫人にふさわしい品をと思い僭越ながら持参した次第でございます。もちろん私のような不審な男から贈り物をするわけには参りませんので、お買い上げいただきたく思います」
お買い上げとは簡単に言ってくれる。そもそも私は宝飾品には興味がない。というかそんなものに落とす金があるのなら治療薬の開発と情報収集に回すというものだ。
「見たところ奥様は伯爵家にいらしたころと同じ召し物を着用されているようで、公爵夫人となられた今はその立場に見合った装いを心掛けられた方がよろしいかと、恐れながらに進言させていただきます」
「それは必要かしら?」
「当然でございます。私のような平民が語ることではありませんが、貴族の方と言うのは格が重要でございましょう。特に奥様には目的がおありになるのですから、相手に侮られるのは悪手となりましょう」
それは社交での私の立ち回りについてのことだろう。確かに今までは貧乏伯爵家の令嬢だからこそ悪女呼ばわりされてもスルーできていたのだ。公爵夫人ともなれば今までのような振る舞いでは誰からも相手にされなくなるだろう。
そんなことまで見越してのこの耳飾りとは、ギリアムの先見とお節介には頭が下がるばかりだ。
「……おいくらかしら」
眉間に皺をよせ、観念したように尋ねる。見るからに高い。公爵夫人に見合った品として持ってきたのだから当然だ。先ほど言っていた商会が管理しているという私の資産で払いきれるのか? 私の経済状況を知っているギリアムが持ってきたのだから払いきれるのだろう。となると私の資産とはいったいいくらなのか。ぐるぐると思考が脳内を駆け回り、この耳飾り代でコーヒーが何杯くらい飲めるのかしらと現実逃避しだしたころ、ようやくギリアムの声が耳に届く。
「奥様、聞いておられますか?」
「いいえ、何も!」
慌てて勢いよく答えると、「分かってます」と言わんばかりの複雑な表情を返してくる。私との会話で彼がよく見せる表情だ。
「もう一度ご説明いたします。こちらの品は私からの婚礼のお祝い品でございますので、割引価格での販売とさせていただきます。お代は商会でお預かりしている資産より差し引かせていただきますので、品物の方はどうぞお納め下さい」
結局品代も資産もいくらなのか分からないまま、高級耳飾りが私の手元に残った。資産とやらはついさっきまであると知らなかったものだし今回の買い物でゼロになっても構わないのだが、結果私ばかりが得した様な気分になり微妙に解せない。
「奥様は商いには向かない性分でございますな」
「そうかもしれないわ、興味もないけど。……品代は教えてくれないの?」
「奥様は知らない方がよろしいかと」
ギリアムはそんな曖昧且つ怖い言葉だけを返し、テキパキと帰り支度を始める。
私はギリアムに任せると決めたのだ。彼がそれでいいというならもう何も言うまい。
荷物もまとめ終え冷めた茶をぐいと啜るギリアムと不意に目が合う。
「あー、ええ。……ご結婚されていかがですかな?」
なんとも決まりの悪そうにギリアムが尋ねてくる。あまり見ない、彼にしては珍しい表情にちょっと首をかしげるが、他人の家庭について言及するのはギリアムであっても躊躇するということだろうか。
「いえ、あまりにも唐突な報せでしたので」
「そうね、私もびっくりしたわ」
あっけらかんと言えば微かに溜息が聞こえて来たので、もう少し真面目に返事を返す。
「見ての通り不自由もなく変わりなく過ごしているわ」
「……確かに、ご結婚されたというのに装いも何も全くお変わりありませんね。こちらのお屋敷は別邸のようですが、公爵閣下はよくいらっしゃるんでしょうか」
「ん? 初日には顔を出されたけどそれ以降はお会いしてないわ」
私の返事にいちいち眉を寄せ、難しい顔をしている。
「そういえばここに来て二日目にお屋敷内の模様替えをしたのよ! 調度品を入れ替えたりキリクを活けたり、広いし家の造りが伯爵家とは全然違うし、あれは楽しかったわ!」
あまりに何事もないのが申し訳なく、何とか話題をひねり出すとギリアムが眉を寄せたまま視線をあげる。
「キリクの花を活けたのですか」
「そう、広い庭にたくさん咲いたからってあちこちに生けてたら、いつの間にか屋敷中がキリクだらけになってて。ちょっと面白かったわ」
「それは……なるほど。公爵閣下がいらっしゃらないのも頷けます」
ん? そうなの? と思わず首をかしげる。
「切り花は一週間もあれば枯れてしまいますから、いやあ訪問したのが今日で良かった」
「ギリアムはキリクが嫌いなの?」
「あの匂いを好む人間を見たことがありませんが、奥様はお好きなのでしょうか?」
「……好きではないわね」
そうね、初めは使用人さんたちも渋い顔をしていたけど文句はでなかったし問題ないと思ってたけど……もしかして気にしていなかったのは私だけだったのだろうか。文句は言えるはずもなく。これは大変申し訳なかったのでは⁉
「くくっ、楽しく過ごされてらっしゃるなら何よりです。なにかお困りの際はいつでもお声がけ下さい。今後ともヒース商会をよしなに」
私が顔を青く染めているとギリアムはようやくいつもの笑みを浮かべる。
恭しく礼をするとスヴェンさんに促され屋敷を後にしていった。
一人応接室のソファに残った私はなんとも複雑な表情で、目の前に積まれた雑貨とお茶と高級耳飾りを眺めつつ、使用人さんたちにどう詫びようかと頭を悩ませていた。




