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悪徳商人、現る 1

 物理的にも精神的にも実家である伯爵家から遠く離れたこの公爵邸に来て、見知った顔に会ったのはおよそ一週間ぶりであろうか。

 始めこそ模様替えだのと慌ただしく過ごしていたが、荷も解き自室の使い勝手がよくなれば随分と落ち着いてきたもので。

 手紙を書いたり足りない日用品をリストアップしたりとのんびり過ごしていた最中、その人物が訪ねてきた。


 いつも通りの渋い顔をした執事に来客を告げられ玄関ホールへと赴くと、そこには大きな荷物を携えた一人の男が立ってた。

 頭に巻いたストールをぐいと外し首元へ引っ掛ければ壮年の顔が露わになる。浅黒く焼けた肌に古傷の残るやせぎすの頬。漆黒の頭髪をひとつに束ねて後ろへ流し同じく漆黒の細く鋭い眼光を私へと向ければ、恭しく礼をする。

 その怪しげな風体を見た瞬間、私の前にいたスヴェンさんや周囲の使用人さんたちが咄嗟に身構える様に体を強張らせていたが、当然の反応だと思わず頷く。

 この見るからに胡散臭い男こそが私の顔見知りである商人で、人を見た目で判断するのは良くないものだが、事実彼は悪徳商人なので一ミリも擁護できないのである。


「久しぶりねギリアム、よく来てくれたわ!」

「ご無沙汰しております、お嬢様……いえ、今は公爵夫人でございましたかな」


 知人との再会に思いがけず明るい声が零れ笑顔で歩み寄れば、その不審者顔に似合わない笑顔をにっと浮かべて返してくる。うむ、胡散臭さが三倍増しになったわ。


「……失礼ですが奥様、この怪しげな男とはお知り合いで?」


 堪らずスヴェンさんが言葉を挟み込む。本来ならば主と客の会話に使用人が割り込むなど許される行為ではないが、私はなんちゃって公爵夫人だから仕方ないし気にもしない。この離れの責任者である彼は私を見張る役目も担っており、当然不審者を放置などできない。


「ええそうよ、彼は馴染みの商人ですの。見た目通り、善人ではないわ!」


 そう彼を紹介すると、スヴェンさんはあんぐりと目と口を丸くする。この一週間で彼の面白顔も随分見慣れたものだと思ったけれど、まだまだバリエーションは豊富なようだ。

 そんな私たちのやり取りを見ていたギリアムは堪えきれずに「くっくっく」と肩を揺らしている。


「いや、失礼いたしました。奥様がお変わりない様子で何よりですな」


 口元を押さえ表情を繕ってはいるが、その声は実に楽しそうだ。


「そうね、私はどこにいても私だもの。ギリアム、早速持ってきた物を見せてもらえるかしら」

「ええ、勿論でございます」


 私とギリアムの会話を受け、スヴェンさんが仕方なしにと応接室を整えてくれる。相変わらず仕事には手を抜かない真面目さんの背中に感謝の念でも送っておこう。


 応接室のテーブルを挟み向かい合うように私とギリアムがソファに腰を下ろすと、すぐにメイドさんがお茶を運んでくる。「ありがとうございます」とギリアムがにこやかに礼を言えば、若いメイドさんはぶるりと体を震わせてそそくさと立ち去る。わざと嫌味な笑顔を振りまいているのだから、やはり質の悪い男だわ。

 彼と取引をするようになってもう何年になるか。思い返せば伯爵家に行商に来たのが始まりで、当時の彼はガラクタ同然の骨董品を高値で売りつける詐欺まがい――いや詐欺そのものか――な行為を貴族相手に繰り返していた。しかし伯爵家にはそもそもお金がなく父は詐欺に引っかかることはなかったのだが、たまたま通りすがった私が彼の広げたガラクタに目を付けた。それは傷だらけで蝶番も壊れたボロボロな宝石箱であったが、綻びからは微かに魔力が漏れただのガラクタではない事に気付いた。


(直せば何かに使えないかしら……)


 彼が持ち込んだ品のほとんどがガラクタであり、なおかつ胡散臭く父を丸め込もうとしているあたり詐欺師なのだろうと察する。だったらと私は父の目を盗み彼に取引を持ち掛けた。


「あなた、詐欺師なのでしょう? だったらそのガラクタ類は無価値も同然よね! よかったらその宝石箱を譲っていただけないかしら!」


 今考えればあまりにも馬鹿正直で駆け引きにすらなっていない発言だったが、それが逆に彼の気を引いたらしい。なぜ詐欺師だと思ったのか、その箱が欲しいのか、巧妙な話術で暴露させられた後に今度は彼が私に持ち掛けた。


「お嬢様は素晴らしい能力をお持ちでございますな。どうです、私と手を組みませんか?」

「素晴らしくなどないわ、役立たずな(スキル)よ。私、詐欺には興味ないわ。でも今後も私のお願いを聞いてもらえるのなら犯罪以外の協力ならしてもいいわ」


 この男が悪人かどうかなんて興味がない。それよりも商人ならば妹の治療薬についての情報や材料を集めることができるかもしれない。

 そんな打算で手を組むことを了承したのだが、意外にも彼は非常に協力的で私の様々な要望を聞いてくれた。


「私は貴族が嫌いでしてね、その点お嬢様は実に貴族らしさがなくまるで平民のようだ。目の前のものを肩書きに捕らわれずに平等に評価し受け入れる姿勢は素晴らしいものですよ。その危なっかしい素直さには少なからず肝を冷しますがね」


 そう言いながら浮かべた苦笑いには「保護者か!」とツッコミをいれたくなったが、実際彼には世話になりっぱなしである。そうして今日も公爵邸まで足を運んでくれている。


「それにしても流石は名門公爵家。別邸だというのに素晴らしい品々が揃っておりますな」


 応接室内を値踏みするようにねっとりとした視線を這わせれば、扉の前に立つスヴェンさんの片眼鏡(モノクル)と、その奥の眼光がきらりと光る。メガネチェーンは修理した様で淡い光を零すことはもうなく、代わりに内に秘める魔力が灯る様に仄かに発光し、彼の視線の鋭さを際立たせているようにも見える。

 ギリアムはそんなぎらつく視線もお構いなしにあちこちを見渡している。無用な挑発はやめて欲しいものだわ。


「このお屋敷の物は私の物ではないのだから、勝手に触れたりしてはだめよ」

「なるほど、……実に奥様らしい言い分でございますね。承知いたしました」


 何がどう私らしいのかはともかく、物分かりがよくて助かるわ。だからと言って『奥様』と呼ばれる度にびくりと反応する私を見て肩を揺らすのは許容できないが。

 私の言葉にあっさりと身を引くと、大きな荷物を解きテーブルへ広げ始める。


「今日は一人?」

「いえ、表の馬車に何人か控えておりますよ。我々のような人間が徒党を組んで訪問すれば、盗賊と間違われて捕らえられかねないですからな」


 そうにやりと笑みを浮かべられると確かに盗賊と言われても違和感がない。冗談めかして言ってはいるが、嫁入り直後の私の立場を気遣っての事だと思うと少し胸の奥が温かくなる。


「そう。今度時間が取れたらお店の方にも顔を出したいわ」

「ええ是非お越しください。店の者もみな喜びましょう」


 雑談の内に荷物を広げ終えたようで、テーブルへと視線を向けると小型の美術品が数点並べられていた。


「それでは、まずはこちらの品々からご覧いただきましょう」

 

 目の前に並べられたのは壺・ランプ・小物入れ・彫刻品など様々で、用途や趣向に統一感はないがどれも一見は見事な精彩を放っていた。

 ひとつひとつ順に手に取り、ぐっと目を凝らす。


「これはイマイチ、こっちのは素晴らしい品だと思うわ」


 魔力の有無を確認しては、左右に選り分けていく。正直美術品を見極める目など持っていないので、選別の基準は魔力を含んでいるか否かだけである。

 ギリアムは商人だが私は協力者であって客ではない。これらの品は売りつけに来たわけではなく私に選別を依頼するために持ち込んだ品だった。こうした選別は不定期で依頼されるが、正直この程度の鑑定なら目の肥えた商人であるギリアムなら容易く出来るものではないかとも思う。


「分かり易い物なら兎も角、ガラクタの中から埋もれたお宝を拾い上げるのはなかなか骨が折れるんですよ。その点お嬢様は一目ですからね」


 そんな疑問に対するギリアムの返答だ。

 ギリアムが私の所に持ち込むのは主にガラクタ市で仕入れたちょっと気になると言った品々で、私がそれらを最終選別しているのだ。

 とはいえ良い品物であっても作者が不明あるいは無名な物は値がつかなかったりするのが常な美術品業界。それらを高値で捌くのがギリアムの腕の見せ所となる。仕入れ値が極安価であるため、一つでも売れればそれなりの儲けにはなるらしい。詐欺を働かずに正当な価格での取引をするようになったのは他人事とはいえ喜ばしい事だ。

 そんなことを考えつつも選別をひょいひょい進めていたが、手にした最後の一つ、錆色のバングルをくるくると動かす私の手が止まる。


「……そちらの品が、何か?」


 真贋を見極める鋭い商人の視線でギリアムが私をじっと見ているが、私の視線はバングルに固定されたままだ。


(魔力は見えるわ。でも何か違和感があるのよね……)


 目を細め、魔力の境目を追っていくとその違和感の正体が判明する。


「このバングル、別々の物が組み合わさって一つになっているのね。彫金の方は良い物だけれど石付きの方はイマイチね」

「成程、私もその品には違和感を感じておりましたがそういうからくりでしたか。いやはやさすがですな」


 私からバングルを受け取るとしげしげとそれを見つめ、彼も納得したようだ。


「ありがとうございます。それではこれらの品は持ち帰らせていただきます。そちら側の品でご所望の物はありますかな?」


 魔力ありと選別した品々をしまいつつ、もう一方に選り分けられた品物を私に示す。

 要するに本物のガラクタなのだが、きちんと磨かれ手入れされたそれらは見た目は悪くない物が多い。なので欲しいものがあれば報酬として貰っていいと言われている。高級品だと委縮してしまう私にとってはこれくらいの品物の方が扱いやすく、ありがたい。

 再び一つずつ手に取り、今度は見た目を吟味する。


「これとこれをいただくわ」


 派手目な花柄の飾り皿と手のひら大の鳥の彫刻を選んだ。公爵邸に置くには不適切な物だが自室ならば問題ないはずだ。高級だけどシンプル地味な私の部屋のちょっとしたアクセントになってくれるだろう。

 華やぐ部屋を浮かべて綻んだ顔でそれらを撫でているとギリアムが微笑ましいものを見るような眼差しを向けてくる。おっといけない、気が弛みすぎだわ。愛でるのは後でとテーブルへそれらを置き表情を引き締めると、ギリアムは相変わらず肩を揺らしながら次の品をテーブルへ並べ始めた。


「それでは、次はこちらをご確認いただけますかな」

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