洋々たる日々
昼下がりの王城、石造りの回廊を抜けた先に広がる中庭で賑やかな声が弾んでいる。
「お姉さまの婚礼のドレス姿、それはそれはうっとりしましたわ」
「何よそれ、私呼ばれてないわ!」
東屋のテーブルに向かい合う、二人の可憐な少女のきゃいきゃいとはしゃぐ姿は正に天使。周囲の花壇に並ぶ色とりどりの花も褪せて見えるというものだ。
そんな眼福な光景をによによと締まりのない顔で眺めていれば、一方の少女から鋭い視線が向けられる。
「エリカ! なぜ私を招待しなかったの? 不敬よ!」
「なぜってカレン様、身内の茶会に王女殿下をお招きしたらそれこそ不敬ですわ」
「お菓子もとーってもおいしかったんですの!」
私の言葉に悔しがるカレン様にさらなる追い打ちをかけるのはセシルだ。貴方、聖女じゃなかったかしら?
彼女たちが話題にしているのは、私のやり直し婚姻式の後に催された公爵邸でのガーデンパーティーの事だ。ごく親しい身内だけを招いたちょっとした披露宴は、それはそれは賑やかで楽しいものだった。
「うんうん、素敵だったよ。キースなんかエリカちゃんから片時も手を離さなかったしね」
背後の高い位置から涼やかな声が降ってくる。振り向きその姿を確認すれば、カレン様はさらに癇癪を起こすのだ。
「お兄様だけずるいっ!」
はははっと軽やかに笑いながらカレン様を宥めるリィン様は、その日も予告なく公爵邸へ襲来しいつの間にかパーティーに加わっていたのだ。相変わらず自由な方である。
「弟君とも和解できたようで何よりだね」
「はい……!」
私にそう微笑みかけるリィン様に眉を下げ返事を返す。
招いた身内には当然フレデリックも含まれており、久しぶりに顔を合わせることが出来たのだが――公爵邸へ赴いた彼の表情は随分と硬いものだった。
セシルやキース様からフレデリックは私を嫌ってはいないと散々言い含められていたが、長年に積み重なったわだかまりが残っているのだろう、そう易々と笑顔で手を取り合うことはできない。
ただ一言、「エリカ姉様のそのドレス、……とてもよく似合っています」と目を伏しながらも言ってくれたことだけで私は十分だった。これからゆっくり、彼との距離も縮めていきたいと思う。
(気持ち的にはギリアムも呼びたかったのだけど、流石にそれは無理だったわね)
最も長く世話になっている彼だがいくら何でも商人を招くことはできない。代わりにと、フレデリックが世話になった礼に婚姻の儀の結び直しの報告、魔術杖をキース様に勝手に渡した苦情など、あれこれしたためた手紙を送りつけてある。時間に余裕が出来たらまたヒース商会に遊びに行こう。
「ずいぶんと賑やかですね」
四人で話に花を咲かせていると、最後に加わるのはこの人だ。
鈍色のローブを翻し銀色の髪をぴょんと跳ねさせた魔術師、キース様である。にこりと笑みを張り付けて恭しく話すその外向けの態度を目にするのは随分と久しぶりだ。思わずくすりと肩を揺らせば、微笑んだままの視線が私を突き刺し圧をかけてくる。やはりキース様はいつも通りである。
「お待たせしたようで申し訳ございません。それでは参りましょう」
「随分と忙しないね、キースも少しは会話を楽しんだらどうだい?」
「リィンカーティス殿下、私は休憩に来たわけではありませんよ」
リィン様のお誘いを軽くスルーするキース様が強い。さてと私も立ち上がり、残るセシルとカレン様に礼をするとその銀色の背中を追った。
そんな私たちの様子を見てリィン様も渋々と立ち上がる。
「キースは堅いな」
リィン様が緩すぎるのだという突っ込みはすんでのところで呑み込んだ。
「ではカレンにセシルちゃん、引き続き魔力操作の訓練を続けるように」
「「はい!」」
リィン様の魔術指導の生徒である二人にそう言葉を残し、私たち三人は中庭を後にした。
◇ ◇ ◇
広い王城内には国家を運営するための様々な機関が集まり、かなり多くの人が行き交う。
一人で歩いたらあっという間に迷子になりそうな道をキース様は淀みなく進み、その後ろにリィン様と私が続いている。さらに距離を置いてリィン様の護衛騎士が並び、進む一行を目にした人々は途端にひざを折り頭を伏せていく。
……すごく歩き辛い。改めて夫とその友人の威光を思い知らされる。
ややぎこちなく歩く私に気が付いたのかリィン様は速度を緩め、変わらぬ調子で声をかけてくれる。この殿下の気さくさが救いになるかさらにプレッシャーになるのかは微妙な所だが。
「緊張してる? エリカちゃんはいつも通りで構わないよ」
「そうは参りません。私のいつも通りはそれこそ大問題になりますので」
「ははっ確かに!」
そう強がってみても、リィン様の笑い声を聞けば自然と肩の力が抜ける。そのまま私の隣を歩くその人に視線を向け、不敬にならない程度に声をかけてみる。
「足の方はすっかり良ろしいのでしょうか?」
「ああ、この通り。もう走ることだってできるよ」
「危険ですので戯れは程々に願います」
いつの間にか歩を緩めたキース様が近づきリィン様へと釘を刺す。むくれるリィン様を見て、この二人は主従でありながら本当に仲のいい友人なのだと分かる。
そのまま三人で雑談を交わしながら目的地への道を進む。
「元々キースの為と思ってエリカちゃんを薦めたんだけどね、まさかその結果が自分の体の完治だとは想像もしなかったよ」
「『情けは人のためならず』ということですね」
「どういう意味でしょう?」
思わず口を衝いた日本の諺にキース様が反応し、解説すれば二人は感心するように頷いている。
「エリカちゃんの故郷には素敵な言葉が多くあるんだね」
「あら、この国にも素晴らしいものは山ほどございますわ」
「まったく、君には敵わないな」
そうこうしていると、やがて見えてくるのは大きく物々しい門。入り口を管理する役人さんにキース様が書類を見せればその分厚い扉は開かれ、圧巻の光景を目の前に曝け出す。
「うわぁ……広……。流石は国の大書庫ですね……」
そう、ここは王家が管理する国内最大の蔵書を誇る大図書館だ。
高い天井に届くほどに立ち並ぶ棚にはみっしりと本が収められ、私たちを見下ろす様にぐるりと取り囲んでいる。合間に見える柱や天井にはそれはもう見事な装飾が施され、その姿には息を呑む他ない。
「キースにエリカちゃん、ここからは私が案内しよう」
呆気にとられる私の背をキース様が支え、さらに奥へ向かうリィン様を追う。
いくつかの階層を抜け辿り着いた奥に見えるのは小さめの、周囲と比べるとやや質素な造りの扉だった。
「この先に進めるのは特別な許可を受けた者だけでね」
そう言いながらリィン様が扉に手を当てると、ぼんやりと魔法陣が浮かび上がる。どうやら魔術錠がかかっているらしい。
「今殿下が扉の錠にエリカの名を刻んでいます。これで立ち入りが可能となりますよ」
リィン様が魔術を行使する傍らでキース様がそう解説してくれる。この術は王族の他は幾人にしか扱うことが出来ない特別なものらしい。……今更ながら凄い体験をしているのだと手の平がじんわりと熱を持つ。
「さあどうぞ」
促され中に入れば、広がるのは書庫だった。
外に比べれば随分とこじんまりとした、それでも公爵邸離れの書庫ほどの広さはある質素な空間。
中央には閲覧用の机が置かれいくつかの本が並べられている。書かれているのは見慣れない文字、それも一種類ではなく何種類も。――その中の一つに目が留まる。
「これ、遺跡で見つけた日記ですね」
表紙に懐かしいアルファベットが刻まれた古い手帳。思わず手に取り眺めていると、手元に影が落ちる。
「ここはね、流浪の民についての記録を収めている書庫なんだ。勿論、極秘中の極秘」
目の前に立ったリィン様の言葉に思わず顔を上げ、息を呑む。
流浪の民――つまり異世界人。
「エリカちゃんなら見せてもいいと思ってね、今日は来てもらったんだ」
「ありがとうございます……!」
それは私が信用に足る人間と認められたのかあるいは魔力なしで危険性がないからか、正確な意味は図りかねるがその申し出自体は非常にありがたいものだ。
今更元の世界に未練はない。それでもこの世界で生きた異世界の人たちの記録があるというのなら触れてみたいと切実に思う。
「じゃあ後は二人でゆっくりしていって」
「えっリィン様は⁉」
そんな私を招いてくれた彼はあっさりと。弟子の修行を見ないといけないと、引き留める間もなく立ち去ってしまった。……まあキース様が居てくれるからぼっちではないけれど。
許可された人間しか立ち入れないこの部屋には私とキース様だけが残されていた。
改めて周囲を窺う。
「これ全部が異世界人の記録なんですね」
多い。確かに異世界人が一人や二人でないのは分かっていたが、まさかこれほどとは思っていなかった。
「ああ。過去数百年分の記録が収められている。ただその内容は、流浪の民の言葉で記されているものは解読が進んでおらず未知のままの物が多いらしい」
二人きりになったことで素に戻ったキース様がそう説明してくれる。
聞きながらあちこちの本に手を伸ばし頁を捲ってみるが、あるものは文字なのか記号なのかも分からない模様が並び、あるものは魔物のようなものが描かれているがその内容はさっぱり分からない。星空の描かれた別の本には月のような天体が二つ並んでおり、かろうじてその世界が地球でないことは分かる。
「何と言うか、意外と異世界って身近なんですかね」
ふとそんな考えに思い至る。確かに一方通行だしどこにその道があるのかも分からないが、確認できる記録だけでもこれほど多くの人がこの世界を訪れていて、ならばこの世界から別世界へ旅立った人もいるのかもしれない。
その旅路は楽なものではないのだろうけど、確かに繋がっているのだと感じる。
「――なるほど、言われてみればそう思えなくもない。極端な話、俺が流浪の民の血を引いてる可能性だってありえるのだからな」
「……確かに!」
悪戯っぽく笑いながら言うキース様にこくこくと頷いて見せる。それはなんとも浪漫のある話ではないか。
膨らむ想像をひとしきり語り合ったところで、キース様が一つの提案を示す。
「エリカも何か残してみたらどうだ? 故郷の文字で記しておけば今後同じ世界からやってきた者の標になるかもしれないしな」
「いいですね、それ!」
同意を返し早速思考を巡らせる。差し当たって何を書こう……日記かな。
綴るのは自分の話。
ある日本人が伯爵令嬢に転生して公爵夫人として幸せに過ごしていく、そんな日々を。
これにて完結です。
お付き合いいただきありがとうございました。
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