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凱旋のその後 1

 遺跡での大冒険を終え王都の公爵邸へと戻ると、急激な疲労に襲われた私は離れの自室で療養と言う名の軟禁状態に追いやられる。

 リィン様とカレン様は共に城へと戻り、セシルもバートン家で休養を取っている。

 そして旦那様であるキース様といえば、すぐさま仕事に追われ度々家を空けているのだから呆れて言葉も出ない。

 遺跡で捕らえたアキュベリーの取り調べもあるのだろうが、私たちが遺跡に赴いていた間に王都でも何やら捕り物劇があったらしい。その詳しい内容を聞いて驚く。だってあのフレデリックが剛腕で名高いニール男爵をお縄にしたというのだもの。

 何故そんなことになっているのかさっぱり分からないが、姉として鼻が高い事には違いない。とも思うのだが、あまり無茶はして欲しくないのも本音である。

 そんな微妙な感情を表情に出していれば、珍しく離れを訪れコーヒーを淹れてくれたマルセルさんが柔和な笑みを湛えながら言うのだ。


「フレデリック様とお会いしましたら、存分に労って差し上げて下さい」


 あまり口数の多くない彼がそう言うのだから従った方がいいのだろう。「分かったわ」と返事を返し、湯気の立つコーヒーを口に運んだ。

 


 そんな感じでだらだら過ごす日々の中、使用人さんたちの間で囁かれる噂話が耳に入る。


「? セイジョ?」

「奥様、ご存知なかったのですか⁉」


 ご存知もなにも、私は今日になってようやく軟禁状態が解除され、数日ぶりに部屋の外を歩いている所だ。王都の噂話など知る由もない。


「セシル様が国より正式に聖女と認定されたそうですよ」


 首を傾ける私にそう説明してくれたのはスヴェンさんだ。


「ほぇ~私が寝込んでる間にそんな事が……って、え? セシルが聖女⁉」


 それは、私の可愛い妹のセシルの事で間違いないのだろうか? 間違いないらしい。

 何でまた突然そんなことにと再び首を逆方向へと傾ければ、たむろするメイドさん達がきゃいきゃいと噂話を聞かせてくれる。


「奥様方が遺跡にいらした時、西の湖付近で巨大な光柱が出現し奇跡の光だ何だと王都中で大騒ぎだったんですよ」

「私も見ました! 何だか温かくて心地のいい光で、見ているだけでとても癒やされたんですよ」

「そうそう、侍従長なんか腰痛が良くなったとかで小躍りしてましたわ!」


 とても愉快そうな光景に思わずほっこりするも、ちょっと待て。


「何それ私見てないわ!」


 西の湖付近と言えば私のいた遺跡のすぐそばではないか。王都より余程近くにいたのになぜ自分は知らないのかと声をあげれば、周囲の人たちに非常に微妙な顔を返されるのだ。え、何この空気?


「……まぁ、当然と言えば当然ですが。何せその時奥様は大怪我に見舞われて意識を失くされていたようですので」


 残念顔を代表してスヴェンさんが深い深いため息交じりでそう話す。その溜息は半分はいつもの呆れだけれども、もう半分は憂慮と安堵の入り交じったような感情に思える。


「瀕死の奥様をお救いするためにセシル様が放ったお力だとそう伺っております」


 なるほどそりゃあ見てないわけだわ。世紀の大イベントを見逃し悔しんだが、それを起こした引き金が私の無茶な行動だと知らされ、申し訳なさで微妙に居たたまれない。

 それにしてもセシルが聖女とは。確かに彼女は白の魔術師だけれど、その魔力は大半を封印されていたように思うのだが。もしそれが解けたというのなら――また高魔力症がぶり返すのではないだろうか?

 そんな考えに至り一気に血の気が引く。


「セシル様のお体の方は問題ございません。詳しいお話は改めて旦那様からなされるでしょう」


 分かり易く変わる私の顔色を察し、スヴェンさんが微笑みながらそう付け足してくれる。何の心配もいらないと、私を労わるその表情に私の強張った身体も弛緩するのだった。


「そう、ありがとう」

「さあ、そろそろお部屋へお戻り下さい」

「えっ、まだ少ししか散歩してないし庭にだって出てないわ!」


 自然に部屋へと誘導しようとするスヴェンさんに、私はあわてて全身に力を込め直し抵抗する。やっと! 解放されたんだから少しくらい庭を歩きたい!


「本日は旦那様がお帰りになりますので。お迎えする体力がなくなっても知りませんよ」

「うう……スヴェンさんのいじわるぅ……」

「なんとでもおっしゃって下さい」


 スヴェンさんに呼ばれたハンナさんに回収されるように私は部屋へと戻ったのだった。


 ◇ ◇ ◇


 その夜は離れまで足を運ばれたキース様と夕食を囲み、その後久々にゆっくりと話をする時間が出来た。


「随分と顔色が良くなって安心した」

「ご迷惑おかけしましたわ」

「いい。エリカはよくやってくれている」


 ふんわりと顔を綻ばせるキース様が眩しい。その笑みを向けられる事には未だに慣れず、何となくこそばゆさを感じるが決して嫌なものではない。少し頬が染まるのを感じながら同じように笑顔を返せばさらに糖度の増した笑みを返され……いかん、これ以上は致死量になる。

 少し渋みのある茶をくいと口に含み、改めてこの数日間の事を伺うことにした。


「そうだな、一つずつ説明していこう。まずはアキュベリーについてだが」


 同じく茶を口に運びながら、キース様がゆっくりと語り出した。


 ――遺跡でアキュベリーとその手下を捕らえた後、彼等は王城へと連行された。今度は謹慎のような温い処分ではなく牢に放り込まれたらしい。王都内で捕らえられた共犯者も含め直ちに取り調べが行われたようだが、意外な事にアキュベリーは随分とおとなしく従っているという。

 かけられた嫌疑のみならず自らの罪を洗いざらい吐き出し、虚脱しながらも悔恨の念が見て取れると言うのだからこれはちょっと予想外だ。

 間近で聖女の光を浴びたせいだろうと結論付けられているらしいが、キース様曰くそれだけではないだろうとのこと。


「どういうことですの?」

「俺には、自らの身を投げ出してまで命を救われたことに随分と衝撃を受けているように見えた。勿論セシルの力のせいもあるだろうが、エリカも少なからず影響を及ぼしているのだろう」


 そう言われてしまうと、私としてはちょっと困るのだが。

 本人にも告げたが、アキュベリーを突き飛ばしたのは助けようと思って取った行動ではない。それでもいい方向に心が向いているというのなら、野暮なことは言うべきではないのだろう。


「アキュベリーは……極刑が下されるのでしょうか」

「エリカは不服か?」


 あまり考えないようにしていたそれを口にすれば、逆に問い返される。


「仕方ないとは思いますけど、あの男の事は今でも腹立たしいし擁護する点も何一つありませんけど……それでも。もし本当に反省しているのなら、更生の余地があるのなら――」


 命だけは勘弁できないものか。そう言葉を詰まらせる。

 自分の考えが甘い事など十分承知だ。それでも命の価値が軽い戦国時代育ちならいざ知らず平和な時代に生まれ育った身としては、やはり簡単に人の死を受け入れることはできない。


「カレンディア殿下より、エリカの意向を尊重するよう言い付かっている。エリカが望むのならそう伝えておこう。それが叶うかは分からんがな」

「……ありがとうございます」


 自身も刃を向けられたというのに、カレン様の慈悲には痛み入る。それで十分だ。あとは、然るべき人たちにその裁定を任せようと思う。

 いつの間にか空になったカップにハンナさんが素早く新しい茶を注ぎ入れ、立ち昇るその香りに憂いが溶けていった。

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