告白の時
下を覗いた時に初めて気が付いた。私たちのいる舞台を支える支柱にぐるりと巻き付くように、地上へと続く階段が伸びている。
魔術の仕掛けで高い位置まで押し上げられたこの場から、そういえばどうやって降りるのかと思ったがちゃんと道は用意されていたらしい。至れり尽くせりである。
下からは騎士たちが軽快に駆け上がり、舞台の上でようやく主との再会を果たしていた。
「申し訳ございません! 王女殿下をお守りできず痛恨の極みにございます……!」
「此度の失態、如何なる罰でも――」
「構いませんわ。それより貴方たち、あの男を運んで頂戴」
「は……? っはは!」
恐縮し平伏する騎士を意に介さずにカレン様が端を指し示せば、騎士たちは彼女の雰囲気の変わりように戸惑いながらもすぐさま行動を開始する。
カレン様が言う男は勿論アキュベリーの事で、魔術で捕らえられ動けないその体を騎士たちが担ぎあげ回収していく。アキュベリーは特に抵抗する様子もなくされるがままに舞台を後にした。
「では私たちも行こうか」
リィン様が騎士の後に続こうと歩き出したところで私が声を上げる。
「あの、キース様とちょっとお話ししたいのですけど……宜しいでしょうか」
「分かった、ゆっくり話をするといいよ。カレンにセシルちゃん、行こうか」
申し出はあっさりと了承され皆が去った後、広い舞台の上に私とキース様だけが残った。
そよそよと心地のいい風に吹かれながら、さて。改めて話そうとするもどう切り出そう。
一人悩んでいるとくいと手を引かれ自然と向いた視線の先、至近距離にその人の顔がある。……そういえばずっと左手は握られたままだった。
ビックリして後ずさりそうになるところを空いた方の手でしっかりと押さえられ、左手の甲に再び唇を落とされる。
「ひゃっ、あのっ」
「聞かせてくれるか? エリカの事を」
「…………はい」
これは反則と言わざるを得ない。卑怯な不意打ちに屈服し、急激に上がった体温を冷ましながら私はようやくそれを口にした。
「私、異世界からの転生者なんです」
言った。
言ってしまった。
どんな反応を返されるのか今更に怖くなって、思わず目を固く瞑る。
刹那の沈黙、後に落ち着き払った声が耳に届く。
「転生……そうか。それで色々と合点がいく」
恐る恐る片目を開くと、なにやら納得した様子で一人頷いている。
「エリカの出生は把握しているからな、色々と辻褄が合わないと思っていたがそういうことか」
そういえば素行の悪い私はがっつりと身辺調査をされてたんだったわね。
キース様は私が異世界人であるのは察していたように思うが、私は歴としたバートン家の生まれである。転生というワードでようやく謎が解けたようだ。
それにしても、感付いていたとはいえ随分とあっさり受け入れられてしまっている。もっとこう「何っ!?」とか「まさか……!」といったリアクションはないのだろうか。散々打ち明けることに怯えていたくせに、肩透かしを食らえばそれなりに納得いかないものである。
私のやや不満げな顔も意に介さずにキース様は疑問をぶつけてくる。
「転生とはつまり生まれ変わったということか?」
「まあそうですね」
「ならば、エリカは一度命を落としているのか」
「ええまあ――」
そう言ったキース様の表情は悲壮さを漂わせており、私の小さな不満が軽く吹っ飛ぶ。そんなところにひっかかるのかと驚きつつも、そんな顔をさせてしまい非常に申し訳ない気持ちになる。
「むっ、昔のことですから! 今はほら、元気ですよ!」
慌てて弁解をする。いや別にやましい事なんてしてないけど!
元気をアピールしようと力こぶでも作って見せようとしたが生憎私の手はキース様の手によって封じられ、キース様の腕ごとぶんぶんと振り回す格好となる。そんな私にされるがままのキース様だが表情を変えることはない。
「差し支えなければ死因を聞いても構わないだろうか」
自分の死因を尋ねられるというのはなかなか不思議な気分である。とはいっても、正直その辺りの記憶は曖昧なので答えは持ち合わせていない。
「なんでしょうね……急病か事故か、そこだけは覚えてないんですよね……」
前世の記憶の一番新しいところのはずなのに、なぜかそこだけは曖昧だった。もし交通事故死ならドライバーさんには大変申し訳ない。念のため心の中で謝罪をしておこう。
「そうか。つらくないならばそれでいい」
ようやく曇っていた表情から陰りが消え、そうふんわりと微笑んで見せる。……私の心配をしてくれていたのかと今さら気付き、申し訳なさが三割増しだ。
――そんなやり取りの後、私はぽつりぽつりと自分の事を語り始めた。
「物心ついた頃には前世の記憶があるって気付いてて、あの頃は自暴自棄になったりもして家の人たちには迷惑をかけましたわ」
「そうか」
「セシルはそんな私を受け入れてくれて、本当に救われましたの」
「それは良かった」
「実はエリカって前世と同じ名前なんですよ! そんな偶然あります?」
「ほうすごいな。エリカとはどういった意味の言葉なんだ?」
とりとめのない話まであれこれ語ってもキース様は呆れることもなく丁寧に聞いてくれる。時には相槌をうち、ちょっとしんどいなって思った時には優しく手を握ってくれたり。
どれくらい時間がたったのかは分からないけれど、吐き出したいことを一通りぶちまけた頃には私はすっかり元気を取り戻していた。
「キース様は異世界人が存在することを知っていたのですね」
ずっと聞き手に回っていたキース様に話を振ってみる。私も前世に関する情報が欲しくて手の届く範囲ではあるが文献を漁ったものだが、欠片も見つけることは出来なかった。
「異世界人か。この国では流浪の民と称しているが、俺も知ったのは比較的最近の事だ。この件は王家によって秘匿され厳重に管理されているからな」
その理由は聞かなくても分かる。この遺跡が存在するように王家側にも記録が残されているのだろう。それは享受した恩恵についてか、あるいは異世界人の取扱いの記録か。リィン様の表情を思い出すと私にとってはあまり気のいいものではないのかもしれない。
「……元の世界に帰りたいと願うか?」
再び沈む私を見て思うことがあったのか、キース様が少し躊躇しながらも尋ねる。私を真っ直ぐ見据える瞳はやや不安の色を帯びているように思える。
確かに、幼い頃は考えたことはあった――それが可能かどうかはともかく。それでも出る結論はいつも同じだ。
「それはないですね。この体はこの世界で生まれたものですし、今の私には大切な家族がいますもの」
そもそも前世で死んでいるのなら帰っても居場所がないのだけれど。
確かにこの世界と比べて前世の生活の快適さは桁違いだし食べ物も娯楽も豊富に存在する。何より平和である。だからってこの世界に魅力がないわけではない。この18年を必死に生きて、私はそれを知っているから。
「――それよりも、私はこの世界にいてもいいのかなって」
その一点が私の心へ棘のようにずっと突き刺さっていた。
……はずなのに。不思議と今は痛みを感じない。だって聞かなくたって答えは既に示されていたのだから。
セシルにギリアム、お世話になっている皆は私をいつも温かく見守ってくれていた。ずっと気付いていないだけだったのだ。
そして今はキース様がいる。
「今エリカが自分で言ったろう、ここには家族がいると。ならばここがエリカの在るべき場所なのだろう。――その家族に俺は含まれているのか?」
「……もちろんですわ」
私の夫、大好きな人。共に歩んでいきたいと、そう願う人。そんな想いが胸の中で次々と溢れ出すが、喉で大渋滞を起こして一つとして口まで辿り着かない。
感情だけが昂ってうまく言葉を紡げない私を、キース様があやすように微笑み、頬を撫で、代わりに言葉にしてくれる。
「俺も同じ思いだ」
それは家族と言う話か、それとも私の内に溢れる感情の事か――どちらでも同じことだ。
通じ合った思いを確かめる様に、キース様が私の体を引き寄せる。
が、そこで私は腕を突っ張って拒否を示す。
「エリカ?」
「最後に一つだけ」
「……!」
これだけは、どうしても言っておかなければならない。先程の散々吐き出した中に出せなかったそれを、ひとつ呼吸を置いて確かめる様に口にする。
「あのですね、私。前世では23歳で死んだんですけど」
「随分と若くして……いや、すまない。悔いても仕方のない事だな」
「別にそれはいいんですけど。今の私って18歳で、生まれた時から前世の記憶があるわけだから、その…………。中身は実質41歳になるわけでして」
私の言葉に理解が追い付かないのか、一瞬ぽかんとした表情を見せる。
キース様の視線が痛い。でも、最後まで言い切らないと――!
「その、嫌じゃないでしょうか! こんな小娘が実はキース様より年上のおばさんだったなんて!」
キース様の手を握ったまま両手で顔を覆い隠す。まるで処刑を待つ罪人の心持でその振り下ろされるであろう切っ先を待っていると、握った大きな手がふるふると震えだし、それは私の手では到底抑えられないほどの揺れとなる。
「く……くくっ、はははっ! 確かに言われてみればそうだな! 全くそうは見えんが!」
今まで聞いたことがないような盛大な笑い声に今度は私がぽかんとする番だ。
いやそんな場合じゃない。すぐに我に返ると、慌ててその愉快そうな顔にさらに詰め寄る。
「わっ笑い事じゃないですよ! いいんですか? おばさんですよおばさん! 嫌じゃないんですか⁉」
「問題ない。むしろ18よりも幼く見えることもある」
「なん……ですと⁉」
衝撃の告白である。それを聞いてがっくりと項垂れる私に、さらに笑い声を追加し追い打ちをかけてくれる。
ひとしきり笑ったキース様は息を整え、完全に不貞腐れた私を見て再びこみ上げてくる笑いを抑えながらもようやく落ち着きを取り戻す。
「そんな事を気にしていたのか」
「そりゃあ気にしますよ」
「ならば心配は無用だな。俺が惚れたのはエリカであって、若い令嬢だからではないのだから。エリカは若造が相手では不満か?」
ちょっと悪戯っぽく言うキース様が憎たらしくも愛おしい。レアな表情を見てしまったとうっかり頬が熱くなる。
それにしても若造って、キース様をしげしげ見るとその表現には違和感しか感じない。確かにスヴェンさんなら弟の様で可愛いと思ったことはあるが、キース様に対してそういう感情を抱いたことはなかった。
「キース様はしっかりしすぎてて、年下に見えたことなんて一度もありませんわ」
溜息交じりにそう漏らせば再びくくくと笑われる。解せぬ。「ではもう憂いはないな」との言葉に渋々も頷けばキース様は貴重な笑顔をさっと引っ込めて、真顔で私の瞳を覗く。
「では改めて。俺の妻として生涯を共にしてくれるか」
私が言葉に出来なかったそれをあっさりと、しかししっかりと告げる。今度こそ私も。そう思い息を吸い込めば、もう支えるものは何もない。
「はい……! 今後とも、よろしくお願いいたしま――」
すべてを言い終わる前に唇が塞がれ中断される。
視界が影に覆われ一瞬何が起こったのか理解できず黙り混むが、少しずつ離れていくその顔をスローモーションで眺め――ようやく理解が追い付く。
「なっ……キースさまっ」
抗議の声を上げようとすれば再び同じように遮られる。今度は長く、息が止まりそうな程に。
そのままその胸に顔を埋められ、私の理性はあっけなく昇天した。




