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広がるのは新たな景色 1

 思い出した。ここは遺跡の地下にある儀式の間っぽい部屋だ。

 私はカレン様と地下洞窟を経てここに辿り着き、そしたらアキュベリーに不意打ちを食らって折り紙を完成させた。

 うん、ここまではいい。問題はその後だ。


「おはよう……ございます?」


 何と表現したらいいか分からない微妙な表情を浮かべたその人たちは、カレン様だけでなくキース様もセシルもリィン様もいて――


「わっぷ」

「エリカ……!」


 視界が突然闇に覆われる。ぎゅうぎゅうと体を締め付ける力は苦しくもあるが温かくもあり……あとちょっといい匂いもする。頭に触れるその手は私の髪を優しく撫で、……っこれ、キース様⁉


「ちっ近いですキース様!」

「良かった……本当に……」


 消え入りそうな声とは正反対に私を包むその力は一層強くなる。あ、駄目。息が……っ。


「キース……さま、ちょっと緩め……苦しっ」

「っすまない!」


 あと一息でオチるところをようやく解放され、新鮮な空気をゆっくりと肺に取り込む。

 改めてその人を見れば泣き笑いのようなくしゃくしゃな表情で、その首の下へ視線を落とせば――うわわわあわわ!


「あっ赤っ! 血ですかこれ⁉ キース様お怪我して、大丈夫ですかっ⁉」


 鈍色のローブを真っ赤に染め上げよくよく見ればその手や顔にも飛沫が散り、私の顔から血の気がサッと引く。飛びのくように距離を取って改めて観察すれば床にもバカでかい赤い染みが広がっており、唐突なサスペンスの現場に私の頭は大混乱である。


「俺に怪我はない。すべてエリカの血だからな」

「ひえっ……」


 慌てふためく私の手を取り体を支えながら、さらっと恐ろしい事を口にする。

 そうだ、思い出した。アキュベリーを突き飛ばして何だか攻撃を体に受けた私は地に伏したのだ。なるほど通りで皆の表情がおかしいわけだ。妙に納得するとともに私はこの人たちに救われたのだとようやく理解し、しずしずと頭を下げる。


「えーと、助けていただきありがとうございます。なんだかとても、ご心配をおかけした様で……」


 申し訳なさいっぱいに地に額をこすりつけると、やがて頭上からは深く長ーい溜息と軽快な笑い声が降ってくる。


「……あっはは! やっぱりエリカちゃんは面白い子だね!」

「気が抜けましたわ……」


 リィン様とカレン様が対照的な感想を漏らしながらも私を優しく起こしてくれる。


「お姉さま……」

「セシルが治癒してくれたのね。あまり意識はなかったけれど、何だか心地よかったことは覚えてるわ。……ありがとう」

「……お姉さま!」


 ずっと我慢していたのだろう。こらえていた涙は堰を切ったようにあふれ出し、私は彼女を受け止める様に胸に包み込む。嗚咽を漏らすその背中はこんなにも小さいのに、随分と頼もしくなったものだ。

 ひとしきり泣きじゃくったセシルは「少し休むといい」と言うリィン様に従い、そのまま彼に預ける。いいのかな? まあいいのだろう。

 そして私は改めてキース様へと向き直る。

 ……何を言おう。礼も謝罪も足りてはないだろうが一応は口にした。他にも言いたいことが山程あったような気もするが、いざその顔を前にすると何を伝えればいいのか分からなくなる。

 ちらりとその顔を覗けば先程までのような悲壮さは見えないが、変わりにその瞳に湛える熱が見てとれる。

 

 (……なんか、気まずい)


 そういえば今しがた彼に抱き締められていたと思い出せば、途端に顔に熱が集まる。

 セシルを抱き締めたってなんともないと言うのに、抱き締められる側に回った途端に羞恥に苛まれるのはどういうことか。


 (違う。キース様、だから)


 本当は自分だって気付いている。この人のことが好きで、会いたかった気持ちを。ずっと繋がっていた気持ちの先に触れたくて堪らなかった事を。

 そっと左の薬指に触れ、そこに存る硬質の感覚を確かめる。

 

「ずっと、名前を呼ばれているような感覚がありました。見守るような導くような、優しい声。キース様だったんですね」

「……そうだな」


 ふわりと微笑みかければその人も同じように返してくれる。

 キース様の手が私の左手を取り、目の高さまで持ち上げたその時。

 

「ん……なああ⁉」


 それまで形を保っていた指輪はぼろりと崩れ、あっけなく塵となり私の素頓狂な声と共に風に流されていく。

 

「キースベルト様があれだけ魔力を込めていたのだもの、壊れても不思議はないわ」

「キースの愛の重さ故ってことだね!」


 そこの王族兄妹、笑いごっちゃない。私の頭は真っ白になりそのまま石像のように固まる。

 えっあれ、婚姻の儀を刻んだ指輪が壊れたってことは、え……離婚⁉ そんな、ようやくゼロまで縮まったこの距離がリセットされたとでも?

 ……そんなの、嫌。

 固まったままの体で思考だけを高速回転すればそんな結論が導き出され、思わずほろりと滴が零れ落ちる。


「心配ない。また新たに作って贈る。……受け取ってくれるか」


 そう、呆れたような困ったような笑みで私の指輪の跡に口付けを落とすと、途端に私の体の石化がとけ身体中に熱が迸る。

 

「……ぁい」


 消え入りそうな声で答えるのが精一杯な私を、その広い胸が包み込んだ。

 溶けるようなその感覚は永遠にも一瞬にも思えたが、カレン様の「いつまでそうしてらっしゃるの?」という声で断ち切られたのだからきっと長かったんだろう。


「カレンは少し見ない間に随分と逞しくなったね」

「失恋は女を強くするのよ、お兄様」


 そんな兄妹の会話を耳にしながら、名残惜しそうなキース様を何とか引き剥がしてようやく気持ちを落ち着けたのだった。


 ◇ ◇ ◇


 さて。

 随分と放置されていたその男は何やら魔術で拘束され、ごろりと冷たい石の床に転がされていた。

 流石に全身血まみれのままで話を進めるのは気が引けると思っていたのだが、復活したセシルが「浄化します!」と申し出てくれ、汚れどころか衣服の解れや破れも直してしまった。しかも全員分をだ。

 魔術の凄まじさに震えつつ、大丈夫なのかと問いかければ答えたのはキース様で。

 

「今のセシルなら容易いものだろう」


 と特に気にしていない様子だ。「今の」という言葉に引っ掛かりを覚えるが、まあ問題ないのなら後回しでいいだろう。

 改めて床の男――アキュベリーを見下ろせば苦々しく顔を歪め、その穿つような視線は私に向けられている。……え、私?


「なぜ助けた⁉」


 短くそれだけ発すると再び私を睨みつける。そうか、何となく嫌な予感がして祭壇にくす玉を置くアキュベリーを突き飛ばしたのだが、結果として私がこの男を庇った形になったのか。


「べっ別に貴方を助けたくてしたわけじゃないですから!」


 いかん、これではただのツンデレだ。この男相手にデレる気など微塵も持ち合わせていない。そう思い慌てて言葉を付け足す。


「理由なんてないわ、結果的にそうなっただけよ。それでも目の前で人死になんて見たくなかったし、貴方にはちゃんと生きて罪を償ってもらうわ」


 目の前で人死になんて見たくない、と言ったところで周囲から刺さるような視線を感じたがそれは軽くスルーしておこう。

 私の言葉に納得したのかしていないのかは分からないがアキュベリーはそれ以降はだんまりを決め込んでいる。私が口を出すことではないし、今後の処遇は然るべき人たちに任せようと思う。

 王族へ危害を加えようとしたのだ、軽い刑では済まないだろう。それはこの世界の、この国の定めた法律であり私自身も危険な目にあったのだから致し方ないと思うのだが、やはり寝覚めのいいものではない。折角拾った命なのだからなおさらだ。

 僅かな虚しさを残し、くるりと彼に背を向けた。



 それにしてもだ。結局あの祭壇はなんだったのか。やはり罠なのか、強欲な人間に罰を下すための? それにしては随分と大掛かりな造りだと感じるが。

 祭壇から転がり落ちたくす玉を手に取りながら、リィン様が神妙に呟く。


「結局この遺跡は王家への怨念の産物だったのだね。本来ならばこの身に受けるべき仕打ちだったのだろう」

「どういうことです? お兄様」


 リィン様の言葉にカレン様が困惑の表情を浮かべる。そうだ、カレン様はこの遺跡は王家の宝と信じていたのだ。

 そんな彼女の期待を裏切る真実を、リィン様は逡巡した後に告げる。

 

「ここは元々遠く離れた地からやってきた魔術師たちを隔離しておく場だったんだ」

「遠く離れた地……エリカの、故郷という所でしょうか」


 そういえばカレン様の前でそんな事を口走ってしまっていた。……まあ今更隠しても仕方のない話だけど。

 

「そうかもしれないね。エリカちゃんには重ねて申し訳ない事を――」

「私はそうは思いませんわ」

「……どういう意味だい?」


 はっきりと反論を告げる私にリィン様がその意を問い、周囲の視線も再び私へと集まる。

 それは過去の同郷の人に対する仕打ちの事、そしてこの遺跡の意味について思う事――なんだが、確たる思いがあるわけではないのでそんなに期待する様な眼差しを向けられると非常に困る。


「その前に確認しておきたいことがありますの。この手帳、キース様は開けますか?」


 それは地下洞窟で見つけた日記。魔術で鍵がかかっている様で開くことが出来なかったがキース様ならと差し出してみる。そしてそれはあっさりと解かれる。


「読んでもよろしいでしょうか」


 明らかに遺物であるそれを勝手に読むことにためらいを感じ許可を求めれば、キース様に視線を送られたリィン様がこくりと頷く。

 それを確認し頁をめくれば、あまり厚さのないその手帳はあっさりと読み解くことが出来る。はっきりと日本語で綴られた記録。ぺらぺらと紙を捲り目を走らせ、途中見たことのない文字で書かれている頁もあったりしたが、これは別の人間が書きこんだものだろうか?

 それでも、中に記された内容のおおよそは理解できた。


(やっぱりこの遺跡は、王家の罪咎なんかじゃないわ)


 最初の頁に記されたハッピーバースデーの文字。祝われているのは12歳の幼王で、贈られたのは折り紙で出来たくす玉、と共にもう一つ。

 それを確かめるべく、私はリィン様の前へ立ちその手に持つくす玉へと視線を落とす。綺麗な星形に組まれた折り紙は変わらず青白い魔力の光を放ち、その力を解放するのを待ちわびているかのように思える。


「リィン様。これは『くす玉』と言って、主に子供が遊ぶものなのですわ」

「子供?」


 一概にそうは言いきれないが、今回のこれは子供への贈り物なのだからそう言っても問題ないだろう。


「この手帳にはカーシクル王の12のお誕生日を祝う言葉が書かれております。そしてこれはその贈り物の一つなのです」


 そう説明しながらくす玉を受け取り、部屋の中央に立ち並ぶ柱へと移動する。確かこの柱には歴代の王の名が刻まれているはずだが……そうだった、私にはこの文字が読めないのだった。


「カレン様、カーシクル王の名が刻まれた柱はどちらになりますでしょう?」

「もう二つ右の柱ね」

「ありがとうございます!」


 カレン様に教えていただいた柱の前に立ち、よく見るとそれは確かに他の柱より少し小さく思える。

 私の身長と同じくらいの柱の上には植物を模った彫刻が据えられ、その上には丁度くす玉が納まりそうな空間が見て取れる。

 恐らく。ここに据えれば何か魔術が働くのだろう。しかしそれがどういった仕掛けなのかまでは手帳には記されていない。……また光線で撃たれたりしたらやだなぁ。


「あの、キース様。このくす玉をここへ置いてみたいのですけど、どんな仕掛けが動くかまでは分からなくて……」

「問題ない。危険があれば俺が対処しよう」


 なんとも頼もしいお言葉だ。懐から杖を取り出し構える姿に思わず見惚れそうだが……んん? あの杖って私がギリアムに発注してたやつじゃ――?


「お姉さま、私もいますから! どんな怪我でも治して見せますわ!」


 キース様の持つ杖に目を凝らしているとセシルからも頼もしい言葉が飛んでくる。確かに頼もしいけど、怪我する前提なのはちょっと勘弁願いたい。


(まあでもきっと、大丈夫)


 根拠も何もないそんな楽観的な思考のまま、私はくす玉を柱の上へそっと乗せた。

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