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彩る花はほろ苦く香る

 ここは離れの二階階段ホール。

 大きな窓を背にし、腕を胸の前で組んだ仁王立ちの体勢を取ると私は高らかに宣言する。


「そんな訳で、模様替えを致します!」

「何がどういった訳なのか全く分かりませんが」


 正面に立つスヴェンさんが冷静に、しかし表情には不機嫌さとさらに困惑のオプションを上乗せして返してくる。



 時は少し戻って。

 庭の散策を終えて離れに戻った私は、荷解きを始めるべくあてがわれている二階最奥の自室へと向かう。

 朝食前は案内のメイドさんの背を追うのに集中して余裕がなかったため、戻りの道は離れの内装を存分に堪能しようと周囲に目を向けながら歩く。

 客間内と同様に一見は簡素な造りだが柱や天井などの要所には細やかな装飾が施され、決して侘しさは感じない。長い廊下のそこかしこには美術品が、ごてごてと宝飾をあしらった悪趣味な物ではなく品の良さを感じさせる壺や絵画が飾られ、色とりどりに咲く花がそれらの邪魔をしないようさりげなく活けてある。

 公爵家ということで身構えていたが、悔しいことにシンプルかつ上品なこの屋敷は思いのほか落ち着く。

 それにしても随分と隅々まで手入れが行き届いた離れである。公爵様は本邸で暮らしてるようだけど、まさか不本意な嫁の為にわざわざ設えたわけではないだろう。日頃から利用されていたことを窺わせるが、まぁ私には関係のない事だ。

 屋敷の中央に位置する階段を上り二階へ差し掛かる頃、ふと違和感に気付く。

 

(……このお屋敷、めちゃくちゃ空気が悪いわ!)


 いや語弊があるな。これは――

 階段を上がった先をぐるりと見まわせば、そこはソファや絵画などの調度品が並べられた広いホールである。窓からは日差しが差し込み、磨かれた床にそれらの美しい装飾を映り込ませている。時折流れる風が柔らかなレースのカーテンを揺らし、ひとたびソファに腰を降ろせば秒で寝られそうな落ち着いた空間だ。……ぱっと見は。


「……奥様?」


 背後から聞こえるスヴェンさんの怪訝な声を軽くスルーし、静かに目を閉じると眼球に意識を集中する。じわりと目の奥に熱を感じ始めたところでゆっくりと瞼を開く。

 ……何も変わったものは見えない。

 改めてホール中を見渡し確認するが、視界に入る異物はよれた鎖の付いた片眼鏡(モノクル)と解れかかった袖ボタンを身に着けた苦々しい顔のスヴェンさんくらいだ。

 そう、それこそがおかしいのだ。


 ――『魔力感知』と言われるそれ。

 魔術師としては無能である私が唯一持つ特技である。言葉通り魔力を感じとることができ、目に意識を集中することで視覚的に魔力を視ることができる。極微量の、という注釈付なのが難点なのだが。

 人を視ればわずかに漏れでる魔力が、魔道具や魔石といったアイテムなら帯びた魔力が、色のついた淡い光のように見えるそれはとても綺麗なもので。この異世界において私が歓迎できる数少ない事象である。

 そして調子に乗ってあらゆる物を視るようになった結果、そこいらに転がる石ころや道端の雑草、人が使う道具等にも魔力というのが混じることがあることに気が付いた。とりわけ名だたる職人が手掛けたような物品は高確率で魔力を帯びている。これは職人の技能が魔力となって宿ったのか、は不明だが魅力的な品であることが多い。

 勿論これらには『極微量の』という注釈が付くわけで、人体に影響を及ぼすようなことはほぼない毒にも薬にもならないものだ。

 まぁ綺麗は綺麗だし、私のテンションがちょっと上がるくらいの効果はあるかもしれない。


 思考を引き戻しスヴェンさんに目をやる。片眼鏡(モノクル)やボタンから時折零れる微かな光、あれこそが魔力である。歪みや解れから魔力を溢すそれらは上質でかつ所有者に大切にされている品々なのだろうことが窺える。是非とも修理してこれからも大切にして欲しいものだ。

 そして、問題はこのお屋敷である。

 スヴェンさんの所持品然り、貴族の館に置かれるような調度品は高確率で魔力を帯びている。はずなのに、この離れにおいてはそれが全く見られないのだ。

 これはおかしい。

 首をかしげる私にスヴェンさんの首もどんどん傾く。


「先程から一体何を……」

(まさか公爵様ともあろう人がパチモン掴まされてる? いやちょっと待って、これは――)


 スヴェンさんの問いを押しのけて近くに置かれていたサイドボードへと詰め寄ると、ぐいと目を凝らす。

 腰ほどの高さのそれは、艶やかに磨かれた木の天面に私の顔を映すのみでやはり魔力は視えない。

 眉間にさらに力を込めそのまま凝視を続けていると、微かに、さらさらと砂粒のような魔力がきらめき空気に消える。


(そうか、これは魔力がないわけじゃなく抜けてしまった状態なのね)


 どうやらパチモンではないようでほっとするが、新たな疑問が湧いてくる。

 一体なぜこんなことに? というか屋敷全体がこの状態なのだろうか?

 顔を上げ視界に入る調度品類に目を凝らすが、やはりこのサイドボードと同じ抜け殻の状態に見える。つまりこれはこの家具類が死んでいると言っても過言ではないわけで、道理で空気が悪いわけだ。


(公爵様が魔術で何かしたのかしら? ううむ、分からん!)


 魔術の事は門外漢だ、考えてどうにかなることではない。

 だからと言ってこのまま放置するのもいかがなものか。抜け殻と化した家具類と暮らす新生活というのは精神衛生上よろしくない。それに元々あるはずの魔力が抜けてしまった道具は、ぱっさぱさに乾いたパンのようなものでひどく脆く壊れやすくもなる。現在傷もなく状態を維持できているのは、この屋敷の使用人さんたちの行き届いた手入れの賜物であろうが、それも長くは続かないだろう。廃墟生活は嫌である。

 だったら、とくるりと後ろに向き直る。


「そんな訳で、模様替えを致します!」


 高らかに宣言し、困惑顔のスヴェンさんに笑顔を返した。



 速やかに自室に戻ると自分の荷物鞄から紙とペンを取り出し、再び屋敷内を早足で歩き回る。

 まずは現状を把握せんと、簡単な見取り図を作っていく。後ろからついてくるスヴェンさんが何か叫んでいるようだが気にしている暇はない。離れと言っても無駄に広いこの屋敷、なかなかに骨が折れそうだ。

 

「あの絵は一階の窓際に飾った方がいいかな、そっちの花瓶は――」

「模様替えなど、なぜ急に」


 立ち止まりメモを書き込んでいるとスヴェンさんが強引に口を挟みこんでくる。その形相は必死というか、かなりご立腹の様子だ。


「だってこのお屋敷、空気が悪いじゃないの」

「それは、我々の管理に対する侮辱と受け取ってもよろしいでしょうか」

「そういうことではないですわ」


 熱くなった頭から冷え切った言葉を吐き出す様子はかなり怖い。怖いのだが、生憎私はマルチタスクで動けるほど器用ではない。頭の中は模様替えの構想でいっぱいでそこにスヴェンさんの席はないのだ。


(魔力が循環する流れを作って、そこに瀕死の物品を効率よく配置する、と)


 死に体の調度品を復活させるには魔力を新たに供給する必要がある。そのためには外部、主に自然の中に存在する魔力を家の中に引き込むのが効率的だろう。

 とはいえ自然に存在する魔力は私の目にも映らないほどに濃度が薄い。これだけの調度品を復活させられるかは微妙なところだ。


(そういえば、確か花壇にあの花が咲いてたはず)


 朝に回った庭を思い出すように顔を上げ、巡る思考が開けたところでスヴェンさんの言葉がようやく耳に届く。


「このような勝手な真似が許されるとお思いですか?」

「公爵様には離れで好きにしていいと言われてますわ」


 そう言われてしまえば何も言い返せない。スヴェンさんは「ぐ……」と言葉を詰まらせる。


「それよりも、庭に咲いてたあの花を生けたいので手伝って下さいまし」

「花って、は? キリクの花をですか?」

「公爵様には離れで好きにしていいと言われてますわ!」


 大事なことなので何度でも言います! とばかりに勢いのまま詰め寄れば、諦めたようにしかし渋い顔のまま他の使用人さんや庭師の人たちに指示を出していく。文句を言いつつも職務には忠実な執事殿だ。何と頼もしい。

 そしてその執事殿の指示を受けた使用人さんたちも皆一様に渋い顔を見せながらそれぞれの持ち場に散っていく。

 ……うんうん、分かるわその気持ち。

 私がお願いした花はさっき散策した庭に咲いてたキリクというもの。黄色いフリルのような花弁が特徴の親指大の可憐な花で、前世で例えるならマリーゴールドに似た花だ。そして屋内で鑑賞するのには向かない花でもある。

 つまり、ちょっとクセのある匂いがするというか、ぶっちゃけ臭いのだ。

 それでも花壇に植えられるのは、屋外ならば匂いがそれほど気にならないことと防虫効果があるとかで隙間隙間によく配置されている。

 そしてこの花はあまり知られてはいないが実は微妙に魔力を放出する。知られていない理由は勿論吐き出す魔力が微量過ぎて役立たずだからなのだが、同じく微量な魔力を補填したい今回は十分に役立つ。


 離れの使用人さんたち総出で調度品の配置換えを行い、適度な間隔でキリクを活けていく。庭から摘まれたキリクは思いのほか量があり、だったらとふんだんに使いまくる。

 人の行きかう動線に沿って置かれたそれらからは魔力の道筋が繋がり、まるで屋敷内を縫い留めているかのような模様を描く。


(よし、これだけ補強すれば十分でしょう!)


 うんうんと満足げに見渡せば既に窓の外は暗く、使用人さんたちの表情も一段と沈んでいる。

 皆口数も少なく、文句を言う気力もないようだ。始めは威勢の良かったスヴェンさんも今では口元にハンカチを当て俯いてしまっている。


「皆さんありがとうございました!」


 一人満面の笑みを浮かべた私は感謝の意を述べ、意気揚々と自室へと引き上げる。

 一日歩き倒しだった足をはしたなく投げ出しソファに寝そべれば、そのまま睡魔に呑み込まれていく。

 黄色い小花に可憐に彩られた屋敷内はその香に包まれ、息を殺す様に無言のままに行き交う使用人さんたちの音だけが耳の奥に響いた。


 ◇ ◇ ◇


「以上が本日の報告となります」


 日の暮れた頃合い、本邸の執務室にて担当執事から離れの顛末を聞き終えると、自然にため息が漏れる。


「旦那様、お疲れでしたら本日はお早めにお休みになられては」

「いや、問題ない。それよりご苦労だったスヴェン。引き続きよろしく頼む」

「は。……旦那様、奥様はこのままご自由に過ごされてよろしいので?」


 ねぎらいの言葉をかければ、俺以上に疲れた顔をした執事がなんとも不満げな顔で尋ねてくる。今日一日で随分と振り回されたようで、その内容はたった今報告を受けたところだが精神的にも随分疲弊しているようだ。


「人や物に被害が及ぶようなら行動を制限して問題ない。それ以外ならば好きにさせて構わない」

「承知いたしました」


 そう答えるも、やや不服な態度を隠さない辺りが若いというか青いというか。

 スヴェンの背後に立つマルセルの細い目の奥が光るのが見える。せいぜい教育的指導は程々にしてやれと心の中だけでつぶやいておく。

 そんな上司達の思いを知ってか知らずか、その不服は態度だけでは収まらずに口から漏れ出る。


「一つ旦那様にお伺いしたいことがございまして」

「構わない、何だ?」


 躊躇いがちに切り出す執事に続きを促す。あの女絡みという事は間違いないのだろうが無視するわけにもいかないだろう。


「なぜ旦那様はあの方を夫人として迎えられたのでしょうか?」


 なんとも直球な質問に思わず頭を抱えそうになる。その顔には受け入れがたいという感情がありありと浮かんでいる。


(そういえば婚姻の経緯はマルセルにしか説明していなかったな)


 事細かに説明する必要はないと、使用人には婚姻の事実だけが伝わっている。始めの頃は「ついに旦那様が奥様を迎えられる!」と随分と盛り上がっていたようだが、その相手があの悪徳令嬢であることが知れ渡ってからはとんと声を聞かなくなっていた。その事については多少の罪悪感を覚える。


「……苦労をかける」

「申し訳ありません! 差し出がましいことを……」


 過去の自分の行いに眉を寄せつつ弁明にもならない言葉を告げれば、それを沈痛とでも受け取ったのかスヴェンが慌てて頭を下げる。

 そのまま「酷くお疲れのようですのでお休み下さい」との言葉を残し、離れへと戻っていった。……多少のすれ違いを残していったままの気もするが、まあたいした問題ではないだろう。

 足音が遠くなったところでマルセルが口を開く。


「奥様は随分と自由なお方のようで」

「あの女は勝手次第なだけだろう」


 堪らず愚痴が漏れる。使用人の前ではあまり言いたくはないが、マルセルならば遠慮は必要はないだろう。


「左様でございますか」


 口癖のようないつもの言葉で俺の愚痴を軽くいなしながら、コーヒーを差し出す。その表情は呆れつつもどことなく楽しげにも見える。何がそんなに楽しいのか。

 面白くもない報告書を片手に、コーヒーを口に含めば苦々しい味が広がり同時に尖っていた気分も落ち着きを取り戻す。コーヒーとはつくづく不思議な飲み物だ。


(それにしても、キリクの花とは)


 解けた思考を離れでの想定外の騒動に傾ける。

 魔草の一種ではあるが用途は少なく主に園芸用として使用される花だが、独特な匂いを嫌う者が多いと聞く。

 しかしその花を好む人間も僅かながらにいて、その一人が己の親友であることを思い出す。

 あの男が離れに滞在するたびに庭にキリクの種を蒔いていくおかげで、増えすぎた株に庭師が随分と頭を抱えていたものだ。

 今回の出来事で随分な数が刈り取られたようで、あの女の突飛な行動が意外にも庭師の助けになったと思うと何とも皮肉である。……屋敷内の人間たちはたまったものではないだろうが。


「……しばらくは離れに立ち入ることはないな」

「左様で」


 あの匂いを好まない多数派である俺はそうつぶやくと、家令が同感であると言うように短く返した。

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