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遺跡が望むもの

 柱の建ち並ぶ地下の一室。

 儀式の間と思しきその円形の部屋の中央、祭壇の前で執り行われるのは――折り紙である。

 その行為に違和感を持つのは私が転生者だからであり、見守るアキュベリーとカレン様から見ればただの奇行のようなものなのだから別にいいのだが……うん、どちらにせよ珍妙な光景には変わりない。

 足元に散らばった紙片を拾い集め、改めてそれを確認する。


(ちゃんと12枚あるし、折り方も揃ってるわね)


 左手に突き立てたナイフの傷で手が汚れそうだったから軽く手当てをしようと思ったのだけど


「そんなものは必要ない!」


 とアキュベリーにキレられ仕方なく作業を始める事にする。


「王女殿下は離れていてもらいましょう。悪巧みをされては困りますからな」


 流石、悪巧みのプロは違うわね。そんなつもりは毛頭なかったけれど、私とカレン様が結託して立ち向かってくることを警戒したアキュベリーがそう指示を飛ばす。

 これについて私に異論はない。むしろ明らかに魔術が仕掛けられている部屋の中心やアキュベリーからカレン様を遠ざけることが出来るのはありがたい事だ。渋るカレン様を説き伏せ、彼女には壁沿いの柱の奥で待機していただく事となった。


「くれぐれも魔術などおかしな真似はしないようにお願いいたしますよ。でないと……そうですな、この女の足が吹っ飛ぶこととなりましょう」

「……卑劣な男ね」


 カレン様に似つかわしくない台詞を言わせるのはやめて欲しいわ。ともかく、今度は私が人質のような状態となりアキュベリーと二人祭壇の前に残る事となったのだ。


(さて私のするべきことは)


 もちろんカレン様の安全確保である。徹頭徹尾それは変わらない。

 その為の最たる障害がアキュベリーな訳だが、生憎と私に戦闘スキルはない。ついさっきだってあっさりのされた所だ。未だにずきずきと痛む頭と腹をさすれば怒りがこみ上げてくるが今はそれをぐっと呑み込む。

 頭を思い切り殴られた割りに今動けるのは、カレン様の瞳へ映った影に咄嗟に体が反応し、カレン様を庇おうと身を乗り出したお陰だろう。彼女の大きな瞳に感謝したいわ。

 そんなカレン様はアキュベリーの言う通り魔術が使えるわけだが当然戦闘の経験はないだろう。そもそも私たちは洞窟探検のせいで体力も限界なのだ。

 そんなこんなで私ができる残された手段はザ・時間稼ぎである。


(アキュベリーがここに居るのならいずれ誰かしら来るはず。出来ればそれがキース様であって欲しいけれど、誰であれ隙は生まれるわ。その時が狙い目ね)


 そう一縷の望みを賭け、目の前に広げた折り紙へ意識を集中させた。


「まだ出来んのかね!」

「急かさないで下さらない? そう簡単に出来る物ならそもそも故郷の知識など必要ありませんわ」

「ちっ、生意気な口ばかりききおって」


 意味もなく折り紙を開いて折り直してみたりしているものの、やはり不自然さは拭えない。いい加減苛立ちを募らせるアキュベリーが声を荒げながら口を挟んでくる。


「分かっているのだろうな? 出まかせだったのならば貴様の首だけでなく王女殿下のお体にも傷がつくという事が」

「勿論分かっておりますし、出まかせではありませんわ」


 そもそも私たち二人とも生かすつもりはないくせに何を言っているのか。とも思うがここは我慢。

 ともあれこれ以上作業を引き延ばすのは難しい。仕方なくなるべくゆっくりとした動きで組み立てを始める。

 パーツを一つ手に取ると、まずは折り目を付けていく。平行四辺形の両端の尖った部分を中へ折って差し込み部分を整えたら、それを他のパーツの折り目の隙間に差し込んでいく。……のだが、これがなかなかに難しい。


(くす玉を作るのなんて何年振りか分からないもの。そもそも手先だってそこまで器用な方ではないし、そう簡単に組み立てられるものじゃないわよ!)


 くす玉作りは前世でも苦労していた記憶がある。手先の器用な友人に手伝ってもらいながらようやく完成させたくす玉はぐにゃりとひしゃげた不格好なもので、それでも達成感に満足していたものだ。ってあれ、私ってくす玉を自力で完成させたことあったっけ? …………もしかして私は今大ピンチなのではなかろうか?

 そんなことに気付いた瞬間、背中にひやりとした汗が流れる。あれほど偉そうに豪語しておいて何たることか。

 一つパーツを差し込むと別のパーツがずれて外れる。ままならない作業に思わず放り出したくなるがカレン様と自分の、一時とはいえ身の安全がかかっているのだ、諦めるわけにはいかない。いつの間に作業に没頭しアキュベリーの戯言も耳に届かなくなっていた。

 

(何かこう、うまく組み立てるコツがあったはずなんだけど……全然思い出せないわ)

 

 分からないのだから一つ一つ地道に嵌めていくほかない。

 

(外はどうなっているのかしら。私とカレン様が消えて混乱しているかもしれないわね。カレン様の護衛の騎士さんたちも無事だといいけど)


 二つ三つと組み合わさり、四つ五つとそれを繰り返していけば次第に形が見えてくる。

 

(セシルとリィン様はキース様がついているから問題ないわね)


 私から絶対の安全と信頼を置かれるキース様だ。あの人に任せておけば大体何とかなる、と言うのは甘えすぎだろうか。あの人が同じ地にいると思うだけでこれほどまでに心強い。


(今だって、きっとすぐに迎えに来て下さるわ)


 最後のパーツを差し込むと。手の中にはすっぽり収まるサイズのくす玉がころりと転がる。


「出来……ちゃった?」


 しまった。時間を稼ぐつもりだったのに無心に手を動かした結果、出来上がってしまった。

 余韻に浸っている場合ではない。慌てて最後のパーツを取り外そうとしたが既に手遅れであり、くす玉が手の中で仄かに発光を始める。仕込まれていた魔術が起動したのだ。


「お……おお! それが鍵とやらか! 寄越すのだ!」

「っ!」


 くす玉の完成に気付いたアキュベリーが乱暴に私を突き飛ばすと私の手からそれを奪う。アキュベリーの手に渡ったそれは光を増し、青白く光る表面には文様が渦巻いて見えそれはそれはとても美しい輝きを放っている。

 ――それと呼応するかのように。祭壇に目をやれば、天からの光を受ける杯が同じく青白い光を溢れさせ、仄かに明滅を繰り返している。

 それを見たアキュベリーはにやりと口の両端を上げ、すぐにでもその中にくす玉を放り込もうと段を駆け上がる、が。


「ちょっと待って!」

「黙れ! 貴様にはもう用はない!」

「本当に、それでいいの? それで、あっているの?」

「何を言うかと思えば。祭壇がこの星の玉を呼んでいるではないか、見て分からんのか!」


 アキュベリーが星の玉と呼んだ手に持つそれを高々と掲げれば一層に煌めきを増し、確かに祭壇も反応しているように見える。けど。

 どうしてもいやな予感を払拭できない。それは明らかに罠の気配がする祭壇のせいか、それともリィン様が馬車で語った言葉のせいか。

 ――そもそも宝とまでに称されるこの地がなぜ廃墟と化したのか。それは管理者、つまり王家との諍いがあったのではないか――


(それが事実ならば王家を称えるようなものがあるのは違和感があるわ。いやでもあの手帳には)


 正確にはなんて書いてあったっけ? たしか『ハッピーバースデー、カーシクル』。王家との親交を思わせる一文。では祭壇に書かれていた文字は? 『欲するものに光を与えん』……誕生日プレゼントを飾る場とはとても考えにくい。

 思案に沈む私を置き去りにしアキュベリーは最後の一段に足をかける。

 それと同時に。ずずずと引きずるような低い音と僅かな振動。


「アキュベリー、止めろ!」


 耳へ届いた声に私の体は自然と動き出す。


「なぜ貴様が⁉ しかしっ、この宝だけは我が手中に――!」


 アキュベリーの手からくす玉が零れ落ち、杯の中へと転がる。そして四方八方へと拡散する光の筋。

 青白くまばゆい光は部屋の中央に位置する祭壇から放射状へと広がり、取り囲むように立つ12の柱にぶつかると再び元の方向へと収束する――祭壇の前に立つアキュベリーの元へ。

 その光が男の体を貫かんとする刹那、衝撃と共にその体がぐらりと横へずれる。ずれると同時に元居た場所へと私の体が滑り込み…………腹部を熱い何かが通り抜けていく。かくんと体から力が抜け落ち、スローモーションで流れる景色を眺めながらその場へと崩れ落ちた。


「エリカっ!」


 私の名を呼ぶその人が近くにいる気がするが、視界が白くかすんでよく分からない。ただ、酷くその人の名を呼びたいという願いだけがはっきりとしている。

 口を動かそうとするが漏れるのは咽る水音だけで、それが声になることはなかった。

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