アキュベリーの愚行
ぐらぐらと思考は揺れているのに、頭はてんで持ち上がらない。
頬に触れる硬く冷たいものは……床かなこれは。指先をぴくりと動かし同じ感触を確かめる。
「エリカっ、エリカ!」
「ふんっ、まだ動けるとはしぶといな。まあいい、貴様とは後でじっくり遊んでやる」
私を呼ぶカレン様の悲痛な声と、何やらとても不快な男の声が聞こえる。
えーと……何が起きたんだっけ? 何故だか地べたに横たわっている自分の体を何とか起こそうと腕に力を込めていると、不意に体に衝撃と痛みが走る。
「ぅぐっ!」
「やめなさい! 貴方、自分が何をしているか分かっているの⁉」
横からの衝撃を受け図らずともごろりと上を向いた視界に飛び込んできたのは、叫ぶカレン様と彼女の首を後ろから押さえつけるアキュベリー侯爵の姿だ。
……ああそうだ。私、後ろから棒状の何かで殴られたんだったわ。そして今しがた受けた衝撃はどうやら蹴られたらしい。大体なぜこの男がここに居るんだろう?
ようやく頭が回り出すと途端に感覚も戻り、頭とお腹がめちゃくちゃに痛む。
「勿論分かっておりますとも! カレンディア王女殿下をかどわかした不埒者を成敗したのですよ!」
「彼女は私をかどわかしてなどおりませんわ! 今すぐこの手を離しなさい!」
「おやおや、暴れられては困りますな。そのお綺麗な顔に傷がつきますぞ」
「……っ!」
カレン様を押さえつける手に握られた物がギラリと銀色に煌めく。間近で光る刃物にカレン様がびくりと体を揺らしそのまま硬直する。
(いけない、カレン様が、私がっお守りしないと……!)
そう思って声を出そうとするも咽こんで呼吸もままならない。
「アキュベリー侯爵っ、どういうつもりかしら。何を企んでらっしゃるの?」
「おやおや、企むとはなんとも人聞きの悪い。私は殿下をお守りした恩人だというのに。いやあしかし……くくっ、お守りしきれないのは実に残念だ。そこに転がる女が貴女を屠ってしまうのですからなぁ! 敵はちゃんと討ちますのでご安心なされよ」
「貴方……!」
怯えながらも気丈に問うカレン様に対してアキュベリー侯爵は余裕の笑みを浮かべ、上機嫌に語り出す。
つまりアキュベリー侯爵が私を呼び出したのは、殿下を亡き者にし私にその罪を被せ、ついでに私も殺す為という事か。……何だその雑でふざけた計画は! そんなことで己の罪を帳消しにしようとでもいうのか。
憤慨し、今にもアキュベリーに飛び掛かってやりたいがいかんせん刃物を握られているのが厄介だ。何とか私に注意を向けたいが――。
「しかしですな、殿下。私とて惨い真似は気が引けるのですよ。そこで。先程のお話を詳しくお聞かせ願えませんかな」
「……何のことでしょう?」
にたりと顔を歪ませたアキュベリーが、刃物を持たない方の手で懐から何かを取り出し床へと放る。それは――紙片。床に散らばったままの11の紙片に最後の一つが加わり、これですべてが揃ったことになる。
「何故貴方がそれを!」
「偶然拾ったものですよ。ゴミかと思いましたがまさかこんなところで役に立つものとは、くっ、日頃の行いの賜物というやつですなぁ!」
まさか私とカレン様の話を聞かれていたとは迂闊だったわ。しかもこの男が最後の一枚を持っていたなんて。……いいえ、これはチャンスかもしれない。
好き放題のたまうアキュベリーの隙を窺いながら密かに自分の荷を漁り、目的の物をその手に握り込む。
「さあ遺跡の秘密を教えていただきましょう! 宝とは、祭壇を起動するための鍵とはどういうことか――」
「やめなさい!」
ようやく力が入るようになった腕で上体を起こしアキュベリーを睨み付ける。すぐさま私に向けられる二人の視線。醜悪で欲に濁った瞳なんてどうでもいい。もう一人の金色に潤む瞳は安堵と不安の色を交互に覗かせ、縋るように私を見つめている。……すぐにお助けするわ。
「空気を読みたまえ。これだから低俗な女は嫌いなのだよ。貴様のせいで王女殿下に傷がついたらどう責任を取るつもりかね」
刃物を突きつけながらよく言うわ。それでも挑発に乗ってはいけない。
「その紙片について私がお話しいたしますわ」
「くどい! 貴様と話すつもりはないと言っているのが分からんのかね!」
「私以外、知り得ない内容でも……かしら」
弱気になってはいけない。不敵な笑みを浮かべアキュベリーをふんと見返してやると、流石にアキュベリーも無視はできなくなる。
「それ以上カレンディア王女殿下に無体を働くことは許しませんわ。殿下をお放しなさい」
「馬鹿めが、それで交渉のつもりかね。言いたいことがあるなら殿下が傷つく前に口を割ったらどうかね」
まあそうよね、これだけでカレン様を解放してもらえるとは思ってないわ。想像以上に短気なこの男は苛つきを隠す様子もなく、カレン様の頬へひたひたと刃物を当てている。言葉は慎重に選ばなくてはいけない。
「……その紙片は、12枚を組み合わせることで一つの物体を作り上げることが出来ます」
「それで?」
「カレンディア王女殿下はそれこそが鍵になるものとお考えの様ですわ」
「……終いかね?」
アキュベリーの冷たく光る眼を注意深く観察しながら言葉を続ける。
「問題は組み合わせ方ですの。それを知っているのは――私だけですわ」
ゆっくりしかしはっきりと告げれば、それを聞いていた冷たい目は細まり、容易に不満を爆発させる。
「馬鹿馬鹿しい! 勿体ぶって出した言葉がそれとは!」
「あら心外ですわね。その紙片が部品である、12枚必要だというのもキースベルト様とて知り得なかったことですのに」
憤慨する相手に流されないよう涼しい表情を浮かべ、恐らくこの男が一番逆恨みをしているであろう人物の名を発する。途端にその口を閉じるのだから呆れるわ。
「キースベルト様だけではありませんわ。発掘責任者であるガイウス様、及び……監督者であるリィンカーティス第一王子殿下でさえも、知り得ない事なのです」
私の口から予想外の名が飛び出たことで、アキュベリーが分かり易く怯む。名前を出しても良かったのかは分からないけど、カレン様を助ける為という事で勘弁して欲しい。
「だとして、なぜそのような重要な機密を貴様如き小娘が知っているというのだ」
そう、それこそが問題。意を決して、私は――真実を口にする。
「それは。私がこの遺跡の制作者と同郷だからでございます」
「同……郷?」
想定外の答えに困惑を返したのはアキュベリーだけでなくカレン様もだった。が今は詳しく説明する暇はない。手に持った品をアキュベリーたちの前へと置き話を続ける。
「こちらの手帳をご覧ください。この部屋に辿り着く前に地下洞窟で発見したものでございます。紙片の多くはその手帳に収められており、この遺跡の遺物だと分かりますわ」
「…………」
「表紙の文字、貴方に読めます? それは故郷の文字でダイアリーと書かれておりますの」
「おとなしく聞いておればそんな戯言、いくらでも言い繕えるではないか!」
そうね、アキュベリーの言う通りだわ。だって正解を確認しようがないもの。
だから私はこうする。
「!」
「エリカ⁉」
「王女殿下を離しなさい。でなければ私はこの手を切り落としますわ。そうなれば紙片を完成させる術を完全に失うでしょう」
手帳と共に荷物から取り出したナイフを、床についた自らの左の手首にあてがい告げる。切っ先の当たる皮膚からちろりと赤い雫が漏れ、白い肌に線を描いてゆく。
「馬鹿な真似を……!」
「さあどうするの! 宝が欲しいんでしょう!」
アキュベリーのナイフを握る手に力がこもるのを見て私も己のナイフに力を込める。数ミリ腕に埋まっただけで激しい痛みが全身へと奔るが力を緩める気はない。
一歩も引く様子のない私の頭上に舌打ちが落ち、視線を手元から上へと移せば憎らしい顔にさらに憎々しげな表情を浮かべるアキュベリーが映る。
「……いいだろう、ならばまず鍵とやらを作ってみよ。偽りならば貴様の首を落とす」
……やった、のかしら? 言い捨てられたアキュベリーの言葉に思わず肩の力を緩めていると、腕に抱えられていたカレン様が乱暴に突き飛ばされる。
「カレン様っ」
「エリカ!」
しっかりと受け止め、抱きしめると小柄なその人は腕の中にすっぽりと納まり、冷え切った身体に確かな鼓動を感じる。
「遅くなりまして申し訳ございません。ご無事で……何よりです」
「ええ……ありがとう」
「いつまでそうしているつもりかね! 約束通り、さっさと完成させ給え!」
慰め抱き合う少女らの美しい光景に耳障りな声が割って入る。
まったく、空気を読まない男だわ。




