辿り着いた先に待つもの
暗く湿った地下洞窟を突き進み辿り着いた細道。
その最奥、塞がれた壁の前で見つけた魔術の仕掛けを作動させると、目の前に現れたのは開けた空間だった。
「エリカ見て、すごいわ!」
「カレン様、お気をつけて下さいまし。罠や仕掛けがあるかもしれませんわ」
ごりごりと音を立てながら重い岩壁が退いたその口をくぐれば景色は一変し、そこは明らかに人の手によって作られた部屋である。円形に広がるその空間は随分と広くちょっとしたパーティーくらい催せそうだ。壁や床には形の揃った石が敷き詰められ、等間隔に配置された魔力灯がそれらをはっきりと照らし出している。
そんな明るい部屋の中を興奮気味に跳ねるカレン様。体力はとうに限界を迎えているだろうにお元気な事だ。
揺れるドレスの所々にはギザギザに裂かれたスリットが入り、裾は泥や水で染まりグラデーションを作っている。解れた髪も同様にくすみ美しい金髪が見る影もない。今まで暗い場所にいたから気付かなかったがなかなかに無残な姿だ。そしてそれは私にも言えることで、視線を足元に落とせばぼろぼろなスカートが目に入る。
それほどまでに酷い状態であっても興奮を抑えきることはできない、その気持ちは十分に理解できる。
「ここは……儀式の間かしら、中央に置かれているのは祭壇ね」
私の注意も耳に届かず歩き回るカレン様の言葉の通り、どうやらここは儀式など行うような部屋に見える。静寂と光に包まれたその空間、厳かに佇む空気は神聖さを感じさせ自然と背筋が伸びる思いだ。
最も目を惹くのは部屋の中央に位置する祭壇と思しき台座である。部屋と同じく円形に仕切られた足元は段差を作り、最もせり上がった中央部には噴水にも似た杯状の器が据えられている。上部から注がれた光が零れる様に周囲に光彩を放ち、厳かながらも幻想的な光景を生み出している。
その光の元を辿るように上を見上げるとドーム形状をした天井の頂点、祭壇の真上に当たるその部分は吹き抜けとなっている様で、岩肌の覗く先に小さく空が窺える。つまりこの部屋も地下にあるのだろう。
再び周囲へと視線を戻す。
壁際には高い天井まで伸びる柱が立ち並び部屋をぐるりと囲む回廊となっているようだ。
回廊と祭壇の丁度中間くらいの位置に立ち並ぶのは12本の柱。祭壇をぐるりと取り囲むように並ぶそれは回廊の物とは違って高さは人の背丈ほどの低いものであり、その頂点には動物や植物を模った彫刻が据えられている。儀式を取り仕切る祭司かはたまた見届け人か、何を意味するのかは分からないけど威圧感は半端ない。
「見てエリカ、この柱!」
その物々しさを醸す12の柱の前でカレン様がしゃがみ込み私を呼んでいる。何かを見つけたらしい。
「どうしました?」
「ここ、名前が刻まれているわ。他の柱も。皆歴代の王の名よ!」
なるほど、恐れ多いわけである。隣にしゃがみ込み覗き込むと確かに文字が刻まれている。古い言葉なのか私にはさっぱり解読できないが、カレン様はご先祖様の名をしっかりと読み取ったらしく大はしゃぎである。
「やはりこの遺跡は『王家の宝』と呼ばれるそれで間違いないんだわ! 私、もしかして大発見をしてしまったのかしら!」
「カレン様、少し落ち着きましょう」
ここに辿り着いてからと言うもの興奮しっぱなしのカレン様を宥めつつ、私も思考を巡らせてみる。
(こんな部屋の存在は事前にキース様もリィン様も言ってなかったわ。地下を伝って未解明の場所に出てしまったのかしら。とはいっても、私の目的は遺跡の解明ではなくカレン様の保護だもの。先に地上を目指さないと)
そう思い壁に目を走らせるが、入ってきた場所以外に出入口は見当たらない。
(どこかに扉の開閉スイッチが隠されてるかもしれないわね)
どうやらカレン様の探索に付き合う他ない様である。こらえきれない様子で私の腕を引くカレン様に引き摺られるように、私は重い腰を上げるのだった。
「いいですかカレン様。まずは安全の確保です。魔術罠の探査の術は使えますか?」
「あらエリカ、王女に対して愚問ね。その程度の術など容易いものだわ」
ふふんと可愛らしいドヤ顔を見せつけ早速、祭壇周辺を調べ始める。私としては壁周辺をお願いしたかったのだが手遅れである。
「魔術の痕跡はあるけれど罠の類ではないわね。近付いても問題ないわ」
「痕跡があるんですか?」
眉をしかめる私の視線を促す様に、細い指が地面を指し示す。つるりと磨かれた石の床をよく見ると何やら文様が描かれているようにも見える。
「巨大な魔法陣が祭壇を中心にして描かれているみたい。恐らく鍵となるものを捧げて発動させるのね」
「ほぇー」
「何よそのつまらなそうな顔は! エリカも興味あるでしょう、ほら祭壇を見に行くわ!」
あからさまに無味乾燥な声を漏らせば叱咤が飛んでくる。カレン様強い。その強引さには既視感があり、普段の私はこんな風にスヴェンさんやらに思われているんだろうなぁ、と妙な感慨を覚えながら再び引き摺られていく。
祭壇の周囲は円形の階段となっており、その中央の一番高い場所に光の注がれるオブジェが据えられている。足元に描かれる魔法陣は中央に近付くほどにはっきりと細やかな文様を作り上げ、その上を歩くのは少し怖い気もしたがカレン様一人を行かせるわけにはいかない。一歩一歩慎重に歩を進めれば難なくとたどり着く。
光を湛える杯。神秘的な事には間違いないが、期待していた物とは違うようだ。
(……異世界っぽさはないのね)
どうせならこの遺跡を作ったのが異世界人であるという証左が欲しかったのだが、そういった形跡は見当たらない。がっかりする私とは正反対に瞳を輝かせるカレン様は、くるくると回り込みながらくまなく観察を続けている。
「何か分かりました?」
「文字が書いてあるわ! 『欲するものに光を与えん』ですって!」
何それめっちゃ怪しいやつ。ゲームなら絶対罠が仕掛けられているパターンだわ、ここは現実だけれど。大体くれる気があるのならこんなところにいちいち隠したりしないで欲しい。迷惑極まりない。
「他には……小さな魔法陣だけね。肝心の鍵となるものの手がかりは見当たらないわ」
不満そうに漏らすカレン様の指がなぞる台座には、言葉の通り小さな魔法陣が刻まれている。文字ではなく図形を重ねたようなその形は。
「6……8、いえもっと多い……12芒星、とでも呼ぶのかしら」
「そうね。そういえば……アレ! エリカの持っていたアレも12だったわよね?」
急に思い出したかのようにカレン様が言うが、アレではさっぱり分からない。
「ほら、泉で見つけた本に挟まれていた紙片よ!」
「ああ、そうですね、そういえば」
「出して、今すぐ!」
ゆっさゆっさと揺すられながら荷物の中から手帳を取り出すと例の紙片、折り紙パーツを抜き取る。
「魔術の込められた12の紙片、これこそが鍵だと思わない⁉」
「そうだとしても起動させてはいけませんわ。何が起こるか分かりませんもの。そもそも一つ足りませんし」
「そうだったわ……。ならば! 残りの一つを探しましょう!」
私の言葉を聞いている様で聞いていないわ。
光に翳して眺める紙片を取り上げ、しまおうとすれば私を見る彼女の目が曇る。そんな顔をされても駄目なものは駄目だ。
いや、カレン様の瞳は私を捉えてはいない? もっと後ろを見つめるその瞳には一閃する影が見え――
ガンッ
鈍い音と衝撃、ついでにちかちか瞬く星を確認し私の意識は暗転した。
◇ ◇ ◇
とんだ目にあった、とその時その男は思った。
隠れ潜んでいた小部屋にて荷物を今かと待つ最中、壁にもたれた背に何かが触れると突然その場に空間が現れ背から転げ落ちる。
と同時に起こる激しい揺れ。
必死に逃げるように、真っ暗で視界の通らぬ細い階段を這うように降りればやがて現れるのは壁である。
一体何なのだと憤慨し、魔術をぶっ放してやろうと力を込めたその時。ズンという小さな振動と共に扉が開かれたのだった。
暗闇から解き放たれ、目の前に広がる空間を見て思わず笑いがこみ上げてくる。
こんな部屋が存在するなどという報告は受けていない。儀式の間を思わせる造りは恐らくこの遺跡の核心部分ではないだろうか。
私しか知らないこの事実。後はどうやって利用し、己の地位を取り戻すかだ。
魔力で動く仕掛けである扉を閉じ、ひとまず思案する。部屋中を歩き回ってみるがあるのは柱と祭壇くらいなもの。床に描かれた魔法陣が起動する気配はない。せめて何をするための部屋なのかが分かれば策を練り易いのだが。
いつしか眠りこけていたうち、己が来たのとは反対方向の壁から低い音と振動が響く。どうやら仕掛け扉は一箇所だけではなかったようだ。
壁沿いの柱に身を潜め新たな侵入者の姿を確認した時、再び歪んだ笑みが漏れる。
まさか! こんなところに荷物の方からやってくるとは!
護衛もなくぼろぼろな姿を見れば、それが彼女らにとって不本意な行動であると容易に読み取れる。――ならば早速行動に移すまでだ。
注意深く二人の侵入者の後ろへ回り込み柱越しに様子を窺う。手に握るのは魔術杖だが、王女は魔術が使えるはずで安易に仕掛けるのは小娘相手とはいえ危険である。
考えあぐねる内、思わぬ会話が耳に届く。
『この遺跡は王家の宝である』『祭壇の仕掛け、必要な鍵』
何と言う僥倖。求めていた答えは思わぬところからもたらされ、その内容は正に宝と言える。王家のではなく私にとっての、だが。
思わず身を乗り出し祭壇の前にいるであろう二人の様子を窺えば、視界に飛び込んでくるのはその二つの背中と光に翳される紙片。『一つ足りない』と言う言葉に反応するように己の懐へ手を差し入れ、指に触れる感覚を確かめる。
そうだ、これですべて揃ったのだ。私が元の地位、いや憎き者どもを見下し高みに登るための手札が。
ゆらりと歩き出し無防備なその背に向け魔術杖を振り上げると、黒髪を目掛けて叩きつける。
悲痛な声をかき消すように己の内から高笑いが漏れ出していた。




