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商人の胸の内

 ――その魔術杖を手にしたのはつい一週間ほど前、ヒース商会を訪れた時の事だった。


 あの日はエリカとの関係に思い悩んで仕事が手につかず、盛大にひっくり返した魔術用インクの補充のために街へ赴いていた。

 予定外の買い出しの先には予想外の顔があり、エリカが平民に扮して店の手伝いをしていた事にも虚を突かれたが、それ以上に彼女の真意を聞けたことが何よりも嬉しい誤算だった。――俺からの好意が一欠片も伝わっていなかったことには少しばかり頭痛がしたものだが。

 二人で顔を突き合わせて互いの想いを伝えあった結果、許容量を超えたらしい彼女は思考と行動が不能になり、仕方なしに一人その部屋を後にしたのだが。

 ヒース商会二階の応接室から一階へ降りた俺を待っていたのは店主であるギリアムだった。


「おう、話は済んだのかい」

「ああ。彼女は――少々思考停止をしているようだ。直に復活するだろうからそれまでそっとしておいてくれ」

「そうかい」


 思わず緩みそうになる自分の顔を引き締めながら答えれば、聞いてきたはずのギリアムは興味があるのかないのか分からない短く素っ気ない言葉を寄越す。

 そのままの様子でカウンターテーブルの上へ淡々と荷物を並べていくが、そこには元々の目的だったインクの他にもう一つ。並ぶ箱を見れば、それは一見してこの道具屋にはそぐわない高級品だと分かる。丁寧な職人仕事が光る見事な木製の箱だ。


「これは?」

「アンタのだ。持ってけよ」


 実に面倒くさそうにそれだけを言い捨て、不審に思いながらも俺はその箱を手に取る。


「――!」


 中を見てさらに驚いた。

 そこに収められていたのは一本の魔術杖。片手で振るう形状の小ぶりなそれは、黒い芯材に銀の装飾が絡みつく簡素ながらも美しい意匠が施され……俺を模したものだと容易に想像できる品であった。

 しかし何故魔術杖? 黒の魔術師が杖を使用しない事は周知であり、魔術師と取引をするこの男にとっても当然分かり切った事だろうに。


「そいつはヘザーから頼まれてアンタ用に拵えたモンだよ」

「エリ……彼女が?」


 名前を呼びそうになり慌てて言い直す。この場での俺は公爵ではなくいち魔術師であり、彼女はこの店の店員なのだ。だからと言ってこの男が親しげに呼ぶヘザーと言う名を口にする気にはなれず、曖昧にそう呼ぶ。

 そんな俺の気などさらさら気に留めることなくギリアムが言葉を付け足す。


「普段世話んなってる礼だか何だか知らねーが、そーいうこった」

「……これが彼女からの贈り物だとして、なぜお前から渡されるんだ」


 当然の不満を顔面に表しながらギリアムへとぶつける。

 彼女と婚姻を結んでから今まで、俺からドレスや装飾品を贈る事はあったが彼女から何か贈られたことは未だない。欲しいと催促するつもりはないが、用意してあるというのなら本人から直接受け取りたいと願うのは決して我が侭ではないはずだ。


「アイツは今思考停止してるっつってたが、その様子じゃいつ復活するかなんて分かったもんじゃねーだろ」


 まるで見て来たかのように「その様子じゃ」と言ってのけるが、実際その予測は的を射ている。


「魔術師の杖ってやつは馴染むまでに時間がかかるモンなんだろ? だったら手にするのは早い方がいいだろ」

「何故そう思う」

「あん? ……商人の勘ってやつさ」


 まるで、近いうちに杖が必要になる状況が訪れる――とでも言いたげな様子に懐疑の目を向けるが、それ以上話す気はないらしく体ごとそっぽを向く始末だ。

 口を割らせることを諦め手元の箱に視線を戻すが、既に知ってしまった以上受け取るほかないだろうと小さく溜息を吐く。と同時にある疑問が湧いてくる。


「これは彼女の依頼で用意したと言ったが、代金はどうしたんだ?」


 箱を見た時点で高価な品であることは分かっていたが、中身を検めればその価値がはかられるというものだ。使用されている素材は恐らく魔獣の角に魔法銀、加工の技術を合わせれば相応の額になるだろう。

 エリカには不自由することのないように必要なものは与えているが、金銭に関しては本人からの要求がない事もあり用立てたことはない。手持ちの品を売ればまとまった金は手に入るだろうがそんな報告は受けていないし、何より俺への贈り物を俺からの贈り物で返すというのも変な話だ。


(そういえば以前この男が贈ったという耳飾り、あれも相当な値打ちものだろう)


 宝飾に明るいわけでもない俺でも見て分かる逸品だ。エリカ曰く、婚姻の祝いだから割引されたとのことだったが、それでも嫁入り当初の彼女が払える額とは到底思えない。

 彼女の資金は一体どこから得ているのか?

 至極当然の疑問に今度こそ逃がさないと視線で追い詰めれば、はぐらかすことはできないとギリアムが観念したように肩を竦める。無言のままにがさごそとテーブルの下を漁り、取り出したのは書類の束だった。


「ついでだ、そいつもアンタが持っとけ」

「……?」


 俺へと乱暴に寄越したそれを手に取り確認するとそれは――『ヒース商会登記証書』、つまり商会の権利書である。なぜそんなものを俺に? そう思いながら目を走らせていると、ある一点で動きが止まる。


 『ヒース商会 代表 エリカ・バートン』


 つまり。ヒース商会の所有する資産すべてがエリカの物である……というのは少し乱暴だが、そこまで間違った認識でもないだろう。

 ヒース商会は比較的新しく規模も中堅と言ったところだが、その勢力は着実に広がりを見せ将来的にはかなりの成長を見込めるだろう。そんな組織の代表だというのなら、確かに魔術杖の代金を支払えるというのも頷ける。頷けるが。


(恐らくエリカはこの事実を知らない。つまりこの男が独断でエリカを代表に据えたという事。……何のために?)


 それは当初から抱いていた違和感である。


「なぜそこまで彼女に肩入れをする」


 ギリアムがエリカを必要以上に気にかけていることは明白だ。商品を融通するばかりでなく貴族を平民に偽装させ店に置くなど、発覚すれば首も飛びかねない危険極まりない行為である。百害あって一利もないはずだ。……彼女が喜ぶ以外は。

 その出会いは彼女がまだ幼さの残る頃だと聞いている。傾きかけた伯爵家の令嬢と海千山千の商人。普通ならば利用されるか搾取されるかの二択だろう。


「お前は元々貴族狙いの詐欺師だったろう、彼女の家に赴いたのもそれが狙いだったんじゃないのか?」

「稼げると思ったから鞍替えしたんだよ。事実大アタリじゃねえか」

「商会の名義が彼女である理由になっていないな」


 はぐらかすような言葉に追撃をかければ、今度はだんまりか。

 どこまでもすっとぼけるらしいその男に俺が一つの事実を突きつける。


「お前には10年以上昔に別れた妻と娘がいるらしいな」

「……」

「娘の歳は彼女と同じだと聞く」

「…………貴族ってのは暇なのかい? いち平民のそんなくだらねー昔話までほじくり返すたぁな。呆れるぜ」


 つまりはそう言う事なのだろう、娘と同じ年頃の危なっかしい少女を見過ごせなかったと。

 それまで見せていた涼しい顔を崩し、苦々しく吐き捨てる。


「そこまで調べあげといて聞くってんだから、まったく性質が悪ぃ」

「性質の悪さはお互い様だろう」


 言ってのければ舌打ちを返し、今度は殺意の籠る形相でこちらを見据えてくる。


「言っとくが俺はアンタを信用しちゃいねぇ。貴族ってだけでも気に入らねぇのに黒持ちとか最悪だぜ」


 ドスの利いた声で凄む様は実に悪徳商人らしい貫禄を放っているが、その中身が娘を想う親心なのだと思えば随分と微笑ましい姿に見えてくる。それにしても正面切って黒を侮蔑されるのは随分と久方ぶりで、そちらの方に感慨が向く。


「ふっ、別にお前に信用されたいとも思わないが」

「そうかよ」


 気が弛み思わず口の端が上がる。そんな俺の態度に毒気を抜かれたのか、ギリアムも殺気を引っ込めて半ば投げやりに言い捨てる。

 この男がエリカの敵でないのならばいい。そう思い俺も話を打ち切ることにする。


「杖は貰っていく。これは今まで通りそっちで保管しておいて構わない」


 この権利書はエリカの物であり俺が預かる理由はない。実質的に商会を取り仕切っているこの男が管理していた方が都合がいいだろう。俺の言葉に異論はないようで、ギリアムも黙ってそれを受け入れる。

 さて、いい加減仕事に戻らねば、部下たちに何を言われるか分かったものではない。

 インク代を支払うと荷物をしまい込み、出口へと向かう。が、ふと立ち止まって顔だけをそちらに向ける。


「一つ尋ねるが」

「何だよ、まだなんかあんのか?」


 いい加減にしてくれと言わんばかりにギリアムが不満を表すが知った事ではない。


「商会の名、ヒースとはどういう意味だ? 調べたが適当な答えは見つからなかった」

「あん? 確か荒れ地って意味だとか言ってたぜ」


 予想外の質問だったのか、気の抜けた声を上げるが、すぐに記憶を探るようにそう答える。「言っていた」、それはつまり。


「彼女がつけたのか」

「ああ。ついでに言っちまうが、ヘザーってのはその荒れ地に咲く花の事らしいぜ。自分を花に例えるたぁらしくねぇが、まあ似合ってんじゃねぇの」


 荒地に咲く花。確かに不屈の精神と逞しさを併せ持つ彼女に良く似合う。しかしヒース同様そんな植物の名は耳にしたことがない。


「そういやヘザーって花には別名もあるとか言ってたな。そっちはいくら聞いても口を割らなかったが」

「そうか」


 結局はっきりしなかったその答えに俺は満足し、今度こそ店を後にした。

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― 新着の感想 ―
[一言] ヒース、嵐が丘ですね ヘザーはヒースとスペルが一緒で日本ではエリカの事ですよね 毎年クリスマス前に白いエリカを買ってクリスマスツリーに見立てて、年内に枯らしてしまいます(ToT)
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