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凸凹コンビ、刹那の珍道中

「あいてて……あれ? 痛く、ない?」


 突然衝撃に襲われ体中のあちこちを打ったと思ったのに、意外にも痛む個所は見当たらない。

 自分の体を摩り異常がないか確認していればふいに影が覆いかぶさり、頭上から声が降ってくる。


「セシルちゃん大丈夫? キースが結界を張ってくれてたみたいだね。おかげで私も無傷だよ」


 朗らかな顔で金髪を揺らしながら、地べたへ座り込む私に手を差し伸べるのはリィンカーティス王子殿下……いえ、リィン様だ。左足をやや引き摺るその姿が無傷と言えるのかどうか分からないけど、新たな怪我はしていないということなのかな。

 差し伸べられた手を取る事は彼の正体を知る自分にはいささか戸惑いがあったが、いつまでもしまわれずに目の前へ居座るその手に屈し恐る恐る自分の手を重ねた。

 ようやく立ち上がり周囲を見渡せば。先程までは屋外にいたはずなのにいつの間にやら四方を壁に囲まれている。落ちてきたはずの上を見ればその穴はとうに埋まり頑丈そうな天井に生まれ変わっている。にもかかわらず視界が通るのは――リィン様の照明魔法によるものだろう。

 そしてこの場に居るのは彼と私の二人だけであり、どうやらキース様とは分断されたようだ。


「キースの言った通り迷宮のようだね」


 リィン様の言葉に頷きつつ少し前の光景を思い出す。地震が起きたと思ったら地形が変わり、そして目の前に現れた巨大ゴーレム。


(キースお義兄さまは……きっと心配いらないわ。お姉さまとカレンディア殿下は無事なのかしら)


 いくらお義兄さまが魔法陣を用意していたとはいえ、あの二人は荒事なんて無縁な立場の人間だ。いやでもお姉さまはどうなんだろ……?


「セシルちゃん、気持ちは分かるけど今は自分の身の心配が先かな」


 リィン様の声に下を向いてた目線をぱっと上げる。リィン様の声のトーンは変わらず淡々としていたが、纏う空気がぴりりと緊張を帯びる。その理由もすぐに理解する。

 目の前の、明かりの届かない暗闇の奥に俄かに蠢く()()は、やがてこちらへと近づきその輪郭を現す。


「ゴーレム、でしょうか」

「そうだね」


 目の前に迫る不格好に人を模した岩の塊は、地上で見たものよりは小型で人と同じくらいの大きさながらも、こちらへ向ける敵意は変わらない。胸の中心で煌々と灯る赤い魔石がさらに恐怖心を煽ってくる。


「見逃しては貰うのは難しそうだね。ならば戦うしかないのかな」


 覚悟を決めたらしいリィン様がそちらへと向き直る。あれ、リィン様って戦闘とかできるのかしら? 魔術は使えるようだけど、足だって不自由だし確か体が弱いという話を聞いたことがある。そもそも、王族が戦うこと自体がおかしいのではないか。


「っおさがり下さい! 私が戦います!」


 そうだ、呆けている場合ではない。私がこの方をお守りしなくてはいけないのだ。

 リィン様の前に立ち、懐から取り出した魔術杖をゴーレムへと向け構える。魔術の修行は日々積んではいるが、実戦、しかも魔物と相対するのは初めての事である。


(うまく出来る? いいえ、私がやらないと!)


 小刻みに震える魔術杖を抑え込むように握る手にぐっと力を込める。なのに震えは収まるどころかさらに激しくなる。


「頼もしいね、小さな魔術師殿。でもね、無理はいけないよ」


 背後から大きな手が私の肩にぽんと置かれれば、全身がびくりと跳ねた後ようやく杖の荒ぶりが静まる。どうやら震えていたのは杖でなくわたしの体だったようだ。


「とは言っても私が出来るのはキースに持たされた魔方陣を使うことくらいで、それは攻撃の手段としてはあまり役立ちそうになくてね。私が盾となるからその隙に君が敵を倒すんだ。お願いできるかい?」


 リィン様が語った内容は衝撃的なものだった。それはつまり、リィン様は魔術が使えないという事? 王家と言えば当然魔術師としての血統も相当なものだろうに。彼もまたお姉さまと同じような無能力者なのだろうか。


「私はね、魔力減衰症なんだ。君と同じ、いや正反対と言えるかな」

「え……え?」


 次々と告げられる事実に頭がついていかない。幸いにもゴーレムは警戒はしつつも今以上に距離を詰めてくる様子はない。こちらが一歩でも前へ踏み出せばすぐにでも攻撃態勢に入りそうだが、現在は牽制し睨み合っているような状態だ。


「そんな身だから継承に関わるような立場でもないしね、それでも君の盾になることくらいは出来るよ。……王家の罪で民を傷つけるわけにはいかないからね」


 再び私の視界をリィン様の背が埋め尽くす。『王家の罪』とは馬車の中で話していたこの遺跡の歴史の事なのだろう。お姉さまが随分と考え込んでいる様子だったが……いいえ、今は考えている場合ではない。

 大きな背中越しに聞こえるリィン様の指示に我に返り、震えの収まった手で魔術杖を改めて握る。


「ゴーレムが攻撃を放った瞬間が好機だ。私が魔法陣で結界を張るからその隙に敵の核、胸の魔石を破壊するんだ」


 有無をも言わす間もなく告げられるが……ちょっと待って。

 魔法陣とはそれ程大量の魔力を込められるものではない。敵の攻撃力次第では耐えることが出来ないのでは? ――「盾になる」とは言葉通りの意味ではないのか。


「くるよ」


 リィン様の言葉に反射的に魔力場へと魔力を集中し、その瞬間。


 ガイン!


 硬質な音が耳をつんざき、ゴーレムより放たれた光線がリィン様の前で割れる様に拡散する。が、その勢いは衰えることなくリィン様の張る結界を削っていく。


 パンッ


 乾いた音を響かせ結界の膜が割れ、同時に詠唱を終えた私が魔術杖を振るう。

 瞬間、ガガガと再び鳴る耳障りな音に目の前の背中が揺れるが、次第にそれも消え失せ辺りに静寂が戻る。


「セシルちゃん、何で――」

「そんな我が侭、聞くことはできません!」


 納得のいかない様子で振り返るその人の前を、私が張った分厚く強固な結界が覆い守っている。

 リィン様を盾に? そんなの、出来るわけない。


「我が侭、かい?」

「うまく言葉に出来ないですけど、何となくもやもやして納得できないし……お姉さまなら絶対にこう言います!」

「……確かに彼女なら言いそうだ」


 言語化できない怒りを声量で表現し伝えれば、リィン様は困ったような微笑を浮かべる。


「私が今笑うことが出来るのは、救ってくれたお姉さまとお義兄さまが側にいてくれるからですもの。ですからリィン様も、私を救いたいとおっしゃるのでしたら共に立って笑って下さいまし。……犠牲なんて許しませんわ」


 これは私の我が侭なのかもしれないけど、一歩たりとも譲る気はないわ。

 そう示す様にリィン様の横へ並び立ち、再び攻撃の体勢を整えんとするゴーレムへ向け魔術杖を構える。


「お姉さんにそっくりだね君は。……そうだね、私が間違っていた」


 眉を下げるリィン様からは先程のような儚さは感じられず、私へと向けられたその眼差しには強い意志を宿している。


「セシルちゃん。君は魔術の資質は高いようだけど魔力の操作が随分と大雑把だ。キースの教え方のせいかな。今から私の言う通りに試してごらん」


 私の目線に合わせる様に地に膝をつくと、リィン様が人差し指で宙に陣を描き始める。魔力が込められていないそれは術式を紡ぐことはなくそのまま景色に溶けていくが、その後をなぞるように私が、彼の動きに合わせてゆっくりと魔力を注いでいく。

 くるくると踊るように、あるいは跳ねて、じっくりと這うように――その旋律はとても心地よく、自然と私の魔力が密度を増していく。


「さあ、今の君の力なら正面からでも倒せるはずだ」

「はい、行きます!」


 紡いだ術式を解き放てば、真っ直ぐに正面へと衝撃波が奔る。ゴーレムの目前、阻む結界を貫いたかと思うと次の瞬間には核がはじけ飛ぶ。赤い魔石の破片がシャラシャラと鳴る中を石塊へと戻ったそれは力なく崩れて落ちた。


「お見事」

「すごい……。リィン様の手解き、お義兄さまとは大違いです!」


 思わずはっきりと言ってしまい、今更口を塞いでも手遅れである。そんな私を見たリィン様は「あはは!」と楽しそうに声をあげている。そんな笑顔の隙間から――「私の研鑽も無駄でなかったのだな」と小さな呟きが聞こえたように思えたが、そんなひと時も束の間。

 達成感と安堵の中へ激しい地鳴りと衝撃が降り注ぐ。ぐらりとよろける私の体をリィン様が支え、パラパラと降ってくる細かな礫をその大きな背が払いのけていく。


「お義兄さま……でしょうか」

「キースは心配いらないだろう。外は任せて私たちはこのまま道を進もう。頼りにしているよ、魔術師殿」

「はい……!」


 預けていた身体を立て直すと今度は私がリィンさまを支え、目の前の迷宮へと踏み出した。

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