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女二人の地下大冒険 3

 鍵のかかった手帳をそれ以上読み解くのは無理だと諦め、散らばった折り紙10プラス1枚を元の場所へと収め再び表紙を閉じる。


「エリカが見つけた物だもの、貴女が持っていて構わないわ」


 カレン様のその言葉に素直に甘え、スカートの内に隠されたポーチへとそれをしまい込んだ。

 さて改めて。

 これからどうしようかと考える。荷物は無事回収し新たな発見もあったが、事態は何一つ進展していない。


「考えてること、教えて頂戴」


 無意識に険しくなっている私の表情を見てカレン様が真剣な眼差しを向けてくる。

 そうだ、今の私は一人ではない。こんなにも近くに相談できる相手がいたのにそれをすっかりと見失っていた。


(やっぱり私もまだまだ半人前だわ)


 身体から力みが抜けふうと深呼吸をすると、カレン様へ私たちが置かれている現状と、その対応に悩んでいることを正直に話すことにした。


「つまり救助を待つか、自力での脱出を目指すかの二択なのね」

「どちらを選んでも冒険ですわ」


 待つとなれば先の見えない持久戦だ。水は確保できそうにしろ食料はなく、体力だけでなく精神も激しく摩耗するだろう。

 脱出を目指すのなら? 体力が尽きた時点で詰む。動き回ることで救助側の難度も上がるだろうし、素人が迂闊にやってはいけない行為に思える。その分、成功した場合の見返りは大きい。救助の手間もなく心配しているであろう人たちの不安も早々に解消できる。揉め事の最中ならば猶更に早く無事を知らせたい。


「どうしてこんなことになってしまったのかしら。いえ、私の我が侭のせいよね。巻き込んでしまってごめんなさい」


 答えの出ない問題にぽろりとカレン様の弱気な本音が零れる。しかしそれは悲嘆ではなく自戒でありその瞳の光は消えていない。

 ……今のカレン様になら話してもいい気がするわ。


「いえ、カレン様。貴女を巻き込んでしまったのは私の方ですわ」

「どういうことかしら」


 信用できる相棒へと私やキース様が遺跡に来た経緯、アキュベリー侯爵の失踪と策謀をすべて明らかにして見せた。


「……そんな! お兄様も来ているなんて!」


 カレン様が強く反応したのはキース様でもアキュベリー侯爵でもなく、リィン様の事だった。


「お兄様は体が弱いのに、なんて無茶を!」

「出発前に呑んだ薬草茶で随分と体調も良さそうでしたし、何よりキース様がついてますわ」

「それはそうだけど、お兄様の身にもしもの事があれば私は……っ」


 その不安な気持ちは大いに理解できる。しまったな、リィン様の事は伏せておくべきだったろうか?


「エリカ。貴女今、言わなければ良かったと思ってる?」

「カレン様は勘が鋭いですわ」


 にこりと笑って誤魔化してみるが半眼で睨み返される。残念ながらそれは怖いよりも可愛いが勝っているわ。


「決めたわ。うじうじ悩んでいてもしょうがないもの、脱出を目指すわ!」


 既視感のある台詞を口にしながらカレン様が颯爽と立ち上がる。――そう、いつもならば私が口にしている台詞だ。しかし今回に限って私の腰は重い。


「……もう少し勝算が欲しいですね」


 座ったままに洞窟内をぐるりと見渡せば、朧気ながらに見える薄暗い空間に横穴らしきものがいくつも確認できる。つまり一本道ではないのだ。どこへ繋がっているのかも、どこを目指せばいいのかも分からないとなると流石にリスキーすぎる気がする。

 何より私の優先すべき使命はカレン様の身の安全を確保する事なのだ。これだけは譲れない。


「じゃあエリカ、考えて」

「はい?」


 既に脳みそは許容値をオーバーしているというのに、これ以上何を考えろと。


「脱出の勝算を何とか見つけなさい! 大丈夫、貴女なら出来るわ!」

「いくら何でも無茶ぶりが過ぎますわ!」


 何と言う横暴さだ。これが姫君の所業か。


「だって悪漢からも地割れからも守ってくれたし鞄も取り戻してくれた。エリカならきっと出来るって、私を守ってくれるって……信じてるわ」


 何と言う狡猾さだ、これは卑怯と言わざるを得ない。鞭からの飴攻撃で揺らぐ私がカレン様の潤む瞳に映り込む。


「分ーかーりーまーしーた! 考えるだけです! いい案が出なければ現状維持ですからね!」


 半ばやけになり叫ぶように言えばカレン様はなぜだか嬉しそうにはしゃぐ。解せぬ。

 そんな彼女をさておいて、私は一から考えてみることにする。


(洞窟、迷路、迷宮……脱出方法、検索!)


 そんなことが出来れば苦労はないので手動で記憶を弄っていく。

 迷路と言えば有名なのは右手法と言うやつだ。しかしあれは使用条件がいくつかあったはず。自然洞窟と思われるこの場所では有効な手段とは思えない。ので却下。……左手法だっけ?

 あとは、空気の流れを読むとかなんとか聞いたことがある気がする。線香のようなものを焚いて風上を目指せばおのずと出口に辿り着くという。本当ぉ?

 右手法よりは確かに使えそうだけどそもそも線香がないし、地下で火を起こすのは避けたい。密閉空間ではないが引火性のガスとか溜まっていたらひとたまりもないわ。


(出口、目指すもの、道標……)


 キーワードを入れ替えながら脳内検索を続けるも、目ぼしい情報はなかなかヒットしない。データベースに登録がなければそもそもヒットしようもないのだから当然だ。


(こんな時、キース様ならどうするのかしら。ああキース様に会いたいわ)


 別れて数刻も経っていないというのに唐突にその人が懐かしく思える。口元を抑える己の左手にふと視線を落とせば、銀色のきらめきが飛び込んてくる。


(指輪、婚姻の。そう言えば以前おっしゃっていたわ)


 あれはギリアムの店で偶然鉢合わせた時の事。幻惑のローブが無効化されたのは婚姻の印によりキース様と魔力が同調しているためだと。


(同調、つまりキース様と繋がっているって事よね。その魔力を追えれば――)


 左手を目の前に突き出し薬指の指輪へと意識を集中する。しかしそれはいつも通りに輝くばかりで何の変化も見えない。


(キース様、お願い。力を貸して……!)


 精一杯の想いを込める。どんなに頑張ろうが私には魔力はないのだ。だったら取れる手段はそう――根性論!


(うそ……)


 神頼みにも近いその行為が実を結んだのかはたまた偶然か。きらり、と一瞬煌めいて見えた指輪に目を凝らせば――そこから暗闇へと伸びる漆黒の細い、糸の様な一筋。


「見えたわ……」

「では行きましょう!」


 待ってカレン様、まだ私何が見えたのかも説明してないわ。ちょっ腕を引っ張らない……、あーもう立つから待って!

 そんなテンパる私をお構いなしにぐいぐいと腕を引くカレン様。まぁ、元気がないよりはいいけれど。

 なぜか道案内より前を行くカレン様を追うように、洞窟の出口、キース様へと続く薬指の黒い糸を辿りながら洞窟を進みだした。




 どれ程の時間が経ったのかは分からない。

 分かれ道を抜け、段差を登り、あるいは下ってひたすらに前を行く。


「カレン様、ここ亀裂があります、気を付けて!」

「この辺りはぬかるんでます。手を繋いで進みましょう」


 既に返事をする体力もないカレン様に声をかけ手を伸ばし引いていく。幸いにも気持ちは折れていないようで、私の手を握り返す力はしっかりとしたものだ。

 行く道を照らすのは少し大きくなった魔力灯。カレン様の鞄から取り出されたそれは私の持つ魔力灯とは段違いの光を放ち歩くのに不便はない。


「この魔力灯……カレン様個人の持ち物なんですか?」

「ああそれね、遺跡の資料があった部屋に置いてあったの。探索には必要そうだから借りて来たけど正解だったわね」


 まだ話す元気のあるうちになされた会話だが、それはつまり勝手に拝借してきたって事かな? うーん私はノーコメントで!

 細めの穴へと入り込めばたまに蝙蝠や鼠のような生き物とも出くわしたりもする。そのほとんどは光を見れば逃げていき襲ってくる様子はない。唯一の被ダメージは私の腕にしがみつくカレン様の爪が肉に食い込むくらいだ。


「次の分かれ道は、左ですね」


 目を凝らし黒い糸を確認しては進むを繰り返す。

 そのうち水音が聞こえだし進むほどに大きくなり、やがて洞窟内に反響し私たちを包囲するように鳴り響く。


「すごい、滝だわ」


 目の前に現れた光景に疲労困憊だったカレン様も思わず声を漏らす。

 上部の裂け目から溢れる水は岩肌を滑り落ち、水の障壁を作り出している。


「困りましたわ、その滝の裏に続く道を行きたいのに」


 黒い糸はその滝を貫き裏側の横穴へと続いている。滝はそれなりの水量があり突っ切るのは厳しそうだ。何よりこんな体力を消耗した状態でずぶ濡れにはなりたくない。例の温度変化を跳ねのける魔道具は未だ効果を保ち続けるが生憎一つしか持ち合わせていない。


(何か使えそうな物、あったかしら)


 自分の荷物をごそごそと弄るも、唯一使えそうな手段である結界の魔法陣は既に消費済みだ、他に目ぼしいものは見当たらない。

 ふと横を見れば岩に腰掛け息を整えるカレン様が映る。その体からはほんのりと魔力が滲み、淡く青い光に包まれている。

 王族と貴族は別物だがカレン様も当然の如く魔術を嗜まれてる。その力量までは把握していないが……試す価値はあるかもしれない。


「カレン様、あの滝を凍らせることは出来ますか?」

「滝を⁉ 確かに青の魔力を待つ私は氷の魔術が得意ですけど、凍らせてしまっては益々通れないのでは?」


 つまり、凍らせることは可能という事だろうか。


「まあやってみてですね。駄目だったら私の持つ炎の魔法陣で溶かすこともできますし」

「……滝全部は流石に無理よ」

「では穴の入り口部だけでいいのでお願いいたします」


 納得しきっていないカレン様を追いたてる様に滝の前へと立たせる。「エリカは姫使いが荒いわ」とぷんすこ怒っているがなんだかんだで従ってくれる。可愛い。

 紐を結び直し腰から下げられた鞄から魔術杖を取り出すと胸の前に掲げ、意識を集中し始める。

 カレン様の魔術杖は宝珠のような形状をしており、それを両手で包み込む姿はそれはそれは神々しいもので思わず手を合わせたくなる。流石は王族であり威厳に満ちだ姿だ。

 聞き慣れない魔術用の言葉で紡がれた詠唱は歌の様に広がりやがて魔方陣を形成していく。歌が止み、カレン様が最後の言葉を紡げば――カッと瞬く魔法陣から放たれた一筋の光が滝へと突き刺さる。


 ばきり


 激しい音が滝の水音の中に響き、目の前には氷の壁が出来上がっていた。


「はー……魔術って凄まじいですわ」

「それで、この後どうするの?」


 感嘆を漏らす私にちょっとドヤ顔を見せつけつつカレン様が問う。


「そうですね、ではちょっと失礼しまして」


 ドヤ顔を返しながらおもむろにブーツを脱ぎ出せばカレン様の顔も引きつるってものだ。

 太もも丈のタイツを片足だけ脱ぐと再び靴を履き、人肌の残るタイツへと足元の小石を放り込んでいく。これで準備はオッケーだ。


「危ないですから離れて下さいまし」


 カレン様を奥の壁際まで退かせると私はタイツの履き口を手に巻き付けるように持ち、ぐるんぐるんと振り回して見せる。


「どぉりゃああああ!」


 氷の壁の前で全身を捻り一回転。公爵夫人とは思えぬ咆哮を上げながら、ハンマー投げの如く即席の鈍器を勢いよく叩きつければ。


 めきり


 と鈍い音を立て氷の壁へとめり込む。


「むぅ、浅いか⁉」


 手応えは悪くなかったが。

 眉をしかめ、もう一撃とタイツを引っ張ればその衝撃でびきびきとひびが入り


 ぱきん!


 細やかな音と共に氷の壁が砕け散った。

 残されたのは目の前に大きく口を開けた横穴とそれを避ける様に滑り落ちていく水だ。


「では進みましょう」


 くるりと後ろを振り返りその人を見れば。案の定に眉間に深い皺を刻んでいる。


「エリカってちょっとおかしいと思うの」

「今更ですね!」


 満面の笑みを見せれば溜息を吹き付けられる。私と行動を共にすればその心情はもう逃れられない運命なんだと思う。諦めていただきたい。



 そんなこんなと続いた地下洞窟の大冒険だが、まもなく終幕が見えてくる。

 続く一本道は次第に細く狭くなり、やがて人一人分ほどの広さとなる。植物の類も見えなくなりいよいよ真っ暗になった通路を魔力灯を頼りに進めば、やがて目の前に現れるのは岩の壁。そんなどう見ても行き止まりなその先を黒い糸が指し示している。

 注意深く周囲に目を凝らせば、細い隙間から見えるのは光だろうか? その光量や色を見れば明らかに光苔の類いではない。

 さらに目を凝らし天井・足元もくまなく見ればうっすら魔力が吹き溜まる箇所がある。


「カレン様。ここ、魔力を流してみてもらえますか」

「分かったわ」


 狭い通路に二人でしゃがみ込みぎゅうぎゅうになりながらもそれを為せば、僅かに足元に振動を感じる。

 ずずずと重い物を引き摺る音と共に目の前に見えていたか細い光の筋が、ゆっくりとその幅を広げていった。

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