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女二人の地下大冒険 1

 暗い、と思っていたそこは落ちてみると案外明るい。

 とはいっても日が差し込んでいるわけでもなく、光っているのは壁に伝う藻や苔の類だ。歩き回るには心許なく、ちゃんとした照明が必要になるだろう。

 地震からの地盤沈下によって上方から落ちて来た。じめりと湿気を帯びた空気で満たされたそこは、ぐるりと見渡したところ地下洞窟といったところか。


(体は動く、魔物の類は……いないといいけど油断はできないわね)


 一通り周辺を確認したのち落ちて来た場所へと視線を向ければ、そこには蹲る小柄な少女が一人。もちろん私と共に不運にも地下へと呑まれたカレンディア殿下だ。


「カレンディア殿下、どうです、落ち着きましたでしょうか」


 小さな背中にそっと手を当てればびくりと体を揺らす。怪我がない事は確認済みだ。落下中に咄嗟に発動した防御結界の魔術が功を奏したのだろう。雷を撃った際、カレンディア殿下に万一当たることを危惧して準備していたものだが、まさかこんな形で役に立つとは思わなかった。というか防御結界って物理攻撃も防げるのね、すごいわ。


「ここは、どこなのでしょう? 私たちはどうなるの?」


 ようやく顔を上げたカレンディア殿下が弱々しく訴える。その姿には城で見る凛とした威厳は面影もなく、今にも泣き出しそうなただの一人の少女だ。


「ここは先程いた地点の地下にある洞窟のようですね。見た所は自然の物に思えますし、遺跡とは関係ないものなのかしら」


 神殿の奥に迷路のような通路があるとは聞いていたが地下洞窟と言うのは初耳だ。もしかしたらキース様やガイウスさんも把握していない場所なのかもしれない。そう考えを巡らせていると目の前の少女は一層不安の色を濃くする。


「遺跡には私だけでなくキース様もいらしてますから。ご安心下さい」


 その名を聞けばようやくその顔に僅かな笑顔が戻る。ちょっと複雑な気持ちが首をもたげたのは今は奥に押し込んでおこう。


(さて、これからどうしようか)


 自らの持ち物を確認してみれば魔術の巻物やら魔道具がいくつかはあるのだが、水や食料の類は持ち合わせていない。


(カレンディア殿下の状態も加味すれば歩き回らずここで救助を待つのがベターなんだろうけど)


 気にかかるのは地上の様子である。

 先程の地震、あれは単なる自然現象だったのだろうか? この国に住んで18年、地震と言う概念は確かに存在するがそれを体感した記憶は余りない。なのに突然あれだけの揺れが起きたというのはいささか不自然だ。ならばあれは、魔術の類ではないのだろうか?


(だとしたらキース様たちの方もなにかしら問題が起こっているはず)


 すぐの救助は期待しない方がいいのかもしれない。

 流石の私も遭難の類の知識や経験は乏しい。難しい判断に迫られ眉間に皺を寄せていると、不意に上がる叫びにびくりと心臓が跳ねる。


「ないっ、ないわどこにも!」

「カレンディア殿下、どうしました?」


 錯乱するカレンディア殿下を宥めつつ話を聞けば、鞄を失くしたと狼狽えているようだ。そう言えばドレスに不釣り合いな鞄を腰に提げていたわね。


「あの鞄には大切な荷が入ってますの。遺跡の調査報告書やお兄様からいただいたブローチが、ああどうしましょう!」


 なるほど確かにそれは大事な品物だ。いささか緊急性は低い気もしないでもないが、個人の想いを蔑ろにしてはいけない。事態が切迫しない限りは。


「落ちてきた衝撃で失くしてしまったのかしら。付近を捜してみましょう」

「はい! お願いいたしますわ」


 素直に頷く彼女は可愛いと思うも一瞬、やはりお姫様である。探し物は付き人の役目と溜息を呑み込み、自分の懐から小型の魔力灯を取り出し僅かな周囲を照らし出した。



 割と視力には自信のある私だがあれには余り気付きたくなかった。

 洞窟内にある比較的大きな泉。その岸に立ち腕を組みながら漫然と立ち尽くす。そんな来てほしくない時に限ってアグレッシブになるカレンディア殿下は私の横へ立ち並ぶと、前方を確認して声を上げる。


「ありましたわ! ほらあそこ、私の鞄です!」


 ええそうですね、見ればわかります。でもね、その手前も見ていただきたいのですよ。

 足元に視線を落とせばそこは泉の縁であり、目的の鞄との間を遮るものは当然泉である。泉の浮島のような岩の上、光る苔に照らされたその上に鞄はごろりと鎮座していた。どうしてあんなところまで吹っ飛んだ。


「でも、どうやって取れば良いのでしょう……」


 黙ったまま立ち尽くす私を見て彼女も考えたようで、その無理難題さにようやく目が向く。


「この水を越える方法はないのでしょうか?」


 見た所橋もなければロープや蔦の類もない。残る手段と言えば泳ぎとなる。


「本当に、大切なものなのです。お兄さまが床に臥せながらも私の為に用意して下さった誕生日プレゼントですの……」


 ああはい! 分かりました! 取ってきますよもう!

 そう大声を出したい気持ちを必死にこらえつつ覚悟を決める。

 まったくもって愚かな行動だと思う。こんな未知の洞窟で無駄に体力を消耗するだけの水泳とか、普通に頭がおかしい。それでも彼女の気持ちが分かってしまうのだから仕方がない。

 気持ちは固まった。なので現実的に水泳(それ)が可能であるか出来る限り検証することにする。

 まずは水温。しゃがみ込みそっと指先を浸してみれば。


「ひえっ、冷たっ」


 思わず甲高い声が飛び出て、隣に立つカレンディア殿下のスカートが視界の端でふるりと揺れる。

 ……取り合えずと確認してはみたものの、そう言えば水温は大した問題ではないのだと気付く。なにせこの世界には魔法というものがあるのだ、この辺りはどうとでもなってしまうのだ。

 じゃあ他の問題はと考えれば――手近にあったキノコをむんずと掴み、泉の中へと放り込んでみる。他にも苔やら石ころやらを投げ込んでみるも、目立った反応は確認できない。


「……先程から何をなさってますの?」


 私の奇行にしびれを切らしたらしいカレンディア殿下が同じようにしゃがみ込み尋ねてくる。


「水の中に危険がないか確かめてますわ」

「危険ですか」


 魔法の存在するこの世界には魔物も当然の如く存在するわけで、水に入った途端襲われでもしたらシャレにならない。一応今放り込んだものに対して攻撃を仕掛けられる事はなかった。


(まあいざとなれば攻撃用の魔術もあるし、何とかなりそうかな?)


 ならばあとは実行あるのみ。すっくと立ちあがり私はカレンディア殿下へと向き直る。


「カレンディア殿下、これから少々見苦しいものをお見せしますがこれも鞄を取ってくるためだと思い目を瞑っていただけますか」

「分かりました。でも一体どうするのでしょう――⁉」


 返事を確認する間もなく、私は来ていたドレスを脱ぎ始める。カレンディア殿下はただでさえ丸い瞳をまん丸くして声も出ない様子だが、言質は取ったので知ったこっちゃないわ。

 シュミーズとショーツのみとなり、ひざ丈のシュミーズの裾を腰辺りまで捲り上げ結ぶ。アクセサリー類を外した髪もアップに束ねお団子に纏めれば装いは万全だ。


(あとは、肝心の魔道具ね!)


 脱ぎ捨てた服の中に紛れた荷物をばらっとひっくり返すと大小さまざまな魔道具が転がりだす。カレンディア殿下の様に目立って鞄を身に着けてはいないが、スカートの内側や羽織の裏にはばっちりとアイテムを忍ばせていた。その中のいくつか、必要そうなものを選び取り泳ぎの邪魔にならないように身に着けていく。

 最後に首へと巻いたそのペンダントは以前にギリアムから貰ったものだった。何でも装備者の周囲に魔力の膜を作り外界の温度変化を跳ねのける効果があるとかなんとか。炎や氷にも耐えうるといい、そんなものどんな場面で使うのかと懐疑的なままに受け取ったものだが、まさかこんな用途で使うことになるとは。


「では殿下、行って参ります。戻るまで私の荷物見ていて下さいね」

「えっ行くって、えええ」


 声を取り戻したカレンディア殿下だったが泉に足を突っ込む私を見て再び絶句する。私だってやりたくてやってるわけじゃないのだからドン引きはやめて欲しいわ。


(確かに全然冷たくないわ。これならいけそう)


 ペンダントの効果をしっかり確認しとぷんと全身を水に沈めると、岸を蹴って目的の浮島まですいすいと平泳ぎで進み出した。



(……わりとあっさりだったわ)


 水泳は苦手でも得意でもなくと言ったところだったが、波もない穏やかな水面は難なくと泳ぎ切る事が出来た。

 浮島へと上がり目的の鞄を確認すれば、岩に引っ掛けたのであろう肩ひもが無残に千切れてはいたが、中身は飛び出すこともなく詰まった状態に見える。それを頭に乗せ、持ってきた紐で顎に括り付ければあとは戻るだけだ。

 それでも念のため、と耳に引っ掛けていた魔力灯を手に持ち浮島周辺を見渡してみると。

 直径3メートルほどの小さな島、光る苔がびっしりと生えそろったその端に四角い影が浮かび上がっている。


 (何だろ。何かある?)


 逆光になっていて上から覗き込んでもその正体が掴めない。手を伸ばし触れてみれば苔の上に何かが載っているのだと分かる。

 持ち上げ手元の灯りで確認すれば、それは紐で閉じられた手のひら大の一冊の手帳であり、日記だった。

 

(……中を見なくても分かる、これは日記だ)


 その表紙には見慣れた、しかし久しく見ていなかった文字で『DIARY』と書かれていた。

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