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開戦の狼煙

「なぜ貴女がここにいるんですの?」


 私の姿を見たカレンディア殿下が開口一番に言い放つ。

 じゃりじゃりと鳴る足場の悪い土の上、ドレス姿の令嬢二人が相対する。なんとも滑稽な場面だ。

 頭を下げつつもその出で立ちを観察すれば、腰に下げた大きな革鞄が目を惹く。お姫様が自分で鞄を持って歩くなど通常ありえない事なので、これは彼女なりの遺跡探索の気概の表れなのだろう――中身が非常に気になるところだ。

 しかし纏う服は外出用とはいえ姫君の装いそのものだ。比較的落ち着いた色や柄ではあるが、たっぷりとあしらわれた布が辺りの瓦礫に引っ掛かりそうでなんとも危うい。到底探索など出来る服装ではない。

 視線を上へと移動させればその眼差しは可憐な姿とは相反するように鋭く険しく、明らかな敵意を私へと向けている。

 ……あれれ? 私の計画では偶然を装って通りすがり、挨拶のち天気の話でもしながら徐々に距離を詰めていこうと思っていたのに、初手から破綻していませんかね?

 ひとまずしおらしく挨拶をするも表情が緩むことはなく、さらに糾弾の一手を繰り出す。


「ここは王家縁の地、許可がなければ立ち入ることも許されませんわ。それなのに貴女はどうやってここへ、そして何をしに来たのかしら」


 最初の言葉をより事細かに示したそれは尤もで、しかし馬鹿正直に「貴女を連れ戻しにきました!」と言う訳にはいかない。


「リィンカーティス殿下より許可を賜り、発掘研究に助力するべく参りました。拠点にてカレンディア殿下がこちらへいらっしゃったと伺いご挨拶に参じた次第です」


 これでどうだ? 嘘ではないし、齟齬もないはずだ。

 さてご納得いただけたところで世間話でも――


「お兄様が……認めたと言うの? 魔術も使えない貴女を⁉」


 それまで表情は険しくとも口調は落ち着きを見せていたカレンディア殿下だがここでその語気も強まる。……地雷というのは思いがけない所に仕掛けられているもので、ピンポイントで踏み抜いたらしい。

 リィン様曰く、カレンディア殿下は随分と兄を慕っているようだ。その兄が恋敵でもある無能な女を認めたことで、より一層彼女の憎悪が膨らんだのだろう。そう言えばリィン様はカレンディア殿下の遺跡訪問を制止したと言っていた。思い出すのが一手遅かったわ。

 答えに窮し「ええと、そのですね、」としどろもどろになっていれば、カレンディア殿下がさらに追及しようと詰め寄る、が。


「お姫様、その女に近付いちゃいけません! 確か噂で聞いた有名な悪女ですよその女は!」

「何を企んでるか分かったもんじゃない! さあ、こちらへ避難下さい!」


 発掘隊の男らが声を上げ、私とカレンディア様の間に割って入る。


「おい貴様たち、殿下の御前で何をしている⁉」

「あんたら護衛だろ、さっさとその女を捕らえるんだ!」


 男たちの予想外の行動に慌てつつもカレンディア殿下の護衛騎士たちはその身を王女殿下の前へとねじ込み、唐突に指し示された私に警戒の目を向ける。――が私の視線は敵意を向ける騎士ではなくその背後へと注がれ、その不審な動きを見逃さない。隙間から伸びた手がカレンディア殿下の腕を掴み乱暴に引いていく。


「何ですの⁉ 離しなさい!」

「姫様、早くこちらへ……ああもう面倒くせえ、攫っちまえ!」

「殿下⁉」

 

 異変に気付いた騎士が発掘隊ともみ合いになるも、カレンディア殿下を捕らえるその者の手にナイフが握られては怯まざるを得ない。


(やはり、発掘隊に内通者がいたのね)


 恐らくアキュベリー侯爵の息がかかった者たちだが、その狙いは私ではなくカレンディア殿下のようだ。何を企んでいるのかは分からないが……易々と殿下の身柄を引き渡すわけにはいかない。


「おたくらはその女をとっ捕まえて、後で遺跡の奥まで運んできな。でなきゃどうなるか、分かんだろ?」


 破落戸めいた下衆顔で王女殿下の細腕を捻り上げれば、その人形のような顔が苦痛に歪む。


「……マクスウェル公爵夫人、貴殿に恨みはないがおとなしく従ってもらおう」


 あら結局私も捕らえられるのね?

 苦渋を隠さない若い騎士が私へと歩を詰め、私はおとなしく両手を空に向かって掲げる。


「そうそう、分かってんじゃねぇか。無駄な抵抗は止めて――」

「――『発動』」


 下卑た顔が警戒を緩めたその瞬間、小さく呟く私の手元からきらりと光りが漏れる。


「あん? てめぇ今何を――」


 不審に思うも時すでに遅し。すでに解き放たれた魔術は天を上り……高い高い放物線を描いてやがて目標物へと降り注ぐ。


 ――ズ、ドドドドド


「痛ぇ! なんだこりゃっ」

「止めっ、ひいいっ!」

「カレンディア殿下、こちらへ!」


 小さな雷がもろに着弾した発掘隊改め破落戸は地を転げまわりながら逃げまどい、私はその隙をついてカレンディア殿下の手を引く。奪還成功だ。


「今のは魔術か⁉」

「貴様! 殿下に当たったら……!」

「当てないわよ!」


 騎士たちからは非難轟々だが私はそんなミスは侵さない。

 魔術の基本は正確なイメージ。オタク活動で培った妄想力をフルに発揮し、宙に線を描くように正確に目標へと射線を引けば発動した魔術が寸分違わずになぞっていく。もちろんカレンディア殿下に当たらぬように保険も掛けてあったがそちらは使わずに済んだようだ。


(何よりそれをしてしまったら悲しむ人がいるもの)


 そう思い更けっていれば腕の中に納まっていた小さな体が私をひと睨みし、疑問を口にする。


「貴女、どうして? 魔術は使えないと聞いてましたのに……」

「ええそうですわ。こちらを使用しましたの」


 そう言って袖口からちらりと覗く羊皮紙を見せる。魔法陣の描かれた巻物である。

 危険であることが分かり切っている地に丸腰で送り込む真似は出来ないと、出発前にキース様が持たせてくれたものだ。必要な魔力は陣に込められているため起動キーを口にすれば誰でも魔術が使えるという優れモノである。


「カレンディア殿下、この遺跡には何か良からぬ事を企む者が潜んでいるようです。一旦拠点へと戻り態勢を立て直してはいかがでしょう」


 私の体を掴んだまま硬直するカレンディア様になるべく柔らかく声をかける。ここで「城へ帰りましょう」などと言ってしまえば拒否されるかもしれない。妥協点を探りながら慎重に言葉を選べば彼女は冷静さを取り戻してきたようで、こくりと頷いてくれる。


「……分かりました。騎士たちよ、その者たちを捕らえなさい。一度拠点へ戻って聴取を――」


 ズン――!


 足元を突き上げるような、大きな振動が不意に襲う。


「きゃあああ!」

「殿下っ! これは地震か⁉」

「これも貴殿の仕業か!」

「違いますよ!」


 膝をつく騎士に思わず怒鳴り返し、しがみつくカレンディア殿下をぐっと抱きしめる。

 地震と思しき揺れが周囲一帯の景色を歪ませ、周囲の瓦礫は擦れ合い嫌な音を立てながらパラパラと破片を零している。体感で震度4といったところか、立っていられない強さではない。

 幸い頭上には注意すべき落下物も見当たらないので無理に動かずじっとしていれば直に揺れは収まる。


「収まったようですね。 カレンディア殿下、ご無事でしょうか?」


 ずっと私にしがみついたままだったのだから怪我も何もないだろうが、その血の気の引ききった顔を見ればあまり無事には思えない。

 ゆっくりと呼吸を促し、ようやく一息つけば再び私を睨みつけるのだ。


「貴女っ、何で……、そんな平然としてらっしゃるの⁉」

「何故かと言われましたら……慣れ、でしょうか?」


 何か理不尽にキレられている気がするが、とりあえずそう答えておく。事実だし。


「先程だって、あの者たちが声を荒げても一切の動揺を見せませんでした」


 それも慣れですね。主にギリアムの店で得た経験だ。食事処とはいえ酒も提供している荒野亭、荒くれのいざこざなど珍しくもない。ついでに言えば不審者が出ることが想定済みだったからとも言える。どちらにしろ口には出来ない内緒事である。


「貴女ばかり、そうやって何でも……」


 聞き取れないくらいの小さな声でつぶやき、私のドレスをぐっと握り込む。彼女を抱きとめつつその声に耳を傾ければ、ぴしり、と微かに鳴る破裂音に気付く。


(何の音? どこから――)


 集中し意識を耳に傾ければそれは次第に多く、大きく――いや違う、これは近づいている?


 ――ピシリ!


 ひと際大きな音と共に、視界に映るのは足元の地面に走る大きな亀裂。


「⁉」

「……っ!」


 思わず足を踏ん張るもその行動は何の意味もなさない。踏みしめる地面は無情にもばらばらと崩壊しその形状を失っていく。


「それは聞いてなーい!」


 思わず声を荒げた私とカレンディア殿下をあっさりと、崩れた地面が地の底へと呑み込んでいく。少し前に私を案内してくれた発掘隊さんの「この辺りは地盤が脆い」発言を今更に思い出しながら、大小入り交じる瓦礫と共に暗闇へと落ちていった。


 ◇ ◇ ◇


 時は少し遡って。

 遺跡の入り口付近では待機する三人が一人を見送った先の地を見つめている。


「雷の術が撃ち上がりました!」

「ああ、見えている」

 

 セシルの言葉にそう返しながら、心の内で渦中にいるであろうエリカを案じる。


「心配かい、キース」


 そんな俺を見透かしてかリィンが言う。


「手は打ってある」

「ああ、そう言えば魔法陣を渡していたね」


 リィンが納得したように魔術の放たれた現場へと視線を戻すが、勿論手とはそれだけではない。

 今俺は遺跡全域へと探索の術を張り巡らせており、範囲内にいるすべての人間の動向が確認できる。エリカの周囲から強い殺意を感じるようなことがあればこの場からでも攻撃できるよういつでも準備をしているが、幸いにしてその様子はないようだ。

 とはいっても目の届かない場所にいる事には変わりなくやはり不安は拭えない。……いや今はエリカを信じ、自分のすべきことに専念しよう。


「今の術はエリカが放ったものだな。敵対者は三人、という事はカレンディア殿下の案内をしている発掘隊で間違いないだろう」


 恐らくアキュベリーに買収でもされたのだろう、あるいは脅されている可能性もあるが、なんにせよエリカに敵意を向けた以上俺の敵である。後に相応の報いを受けてもらうとしよう。


「顔が怖いよキース。それで、親玉は見つかったのかい?」


 リィンに言われ眉間に寄った皺をぐぐいと広げながら答える。


「……神殿内の最奥の部屋に一人、気配がある。ガイウスによれば今あの部屋は調査を休止していて封鎖中らしいからな、隠れるにはもってこいの場所だろう」

「なるほど。荒らされていないことを祈るよ」


 カレンディア殿下の保護やアキュベリーの捕縛は勿論だが、リィンにとってはこの遺跡の解明も同じくらいに重要なものなのだろう。何せ発見されたのち、発掘調査の担当魔術師に俺を直々に指名するくらいだ。上がってくる調査報告を待たずに俺から情報を直接搾り取るのはいただけないが、「王族として出来ることはやっておきたいから」と笑う友の意思はなるべく尊重したい。

 兎に角、奴が余計なことを仕出かす前にとっとと捕まえてしまいたい。そのためには逃げ道を封鎖した上で閉じ込めてしまうのが手っ取り早いがリィンが憂慮する事態は避けたい。部屋から燻りだすうまい方法はないものかと思案をすれば、不意に足元から衝撃が突き上げてくる。


「あっ、わわっ」


 ふらつくリィンとセシルを落ち着かせながらその場にしゃがみ込めば直に揺れは収まる。


「キース」

「ああ、例の部屋から魔力の動きを感じた。恐らく遺跡に残る何らかの罠だろう」


 神殿の地下にかけられていた罠はすべて解除したはずだ。ならば今のは……さらにその奥に隠された物がある事を示しているのではないか。

 そしてその答えはすぐに目の前へと姿を現す。

 ばらばらと崩壊を始め大穴を作る地面。あるいは隆起し壁となり、次第に目の前の景色は一変する。


「……まるで迷宮だな」


 聳える壁に囲まれながらそう呟けば目の前の地面がぼこりと盛り上がり、やがてそれは不格好で巨大な人を形作る。


「うわ……、あ、これって……ゴーレム?」

「この大きさは……すごいな。どんな術式で動いてるんだろう?」


 驚愕するセシルの言う通りであり、リィンの疑問も尤もなのだが今は解析に割く時間はない。この迷宮の守護者とでも言いたげなそれは俺たちを侵入者とみなし明らかな敵意を向けてくる。

 加えて距離を置いた向こう――エリカの状況を探ってみれば元居たはずの場所の真下、随分と深い場所に二人分の気配が確認できる。


(地下? ……かなり深いな。未発見の空間か?)


 幸いにもその気配には動きが感じられ無事ではあるようだ。


(まずは目の前の障害物を排除しエリカとカレンディア殿下の救出に向かう)


 心の中で優先順位を決めた矢先である。


「きゃああ!」

「セシルちゃん!」


 背後から響く二人の声は崩れた足元の穴に吸い込まれ、ご丁寧にもその穴はすぐに塞がれ新たな壁が作りだされる。


「ちっ、まったく面倒ばかり増やしてくれる!」


 誰ともなく苛立ちをぶつけながら、迫りくる巨大ゴーレムへと視線を戻した。

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