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舞台の幕開け

 拠点へと降り立った私の前に現れたのは、意外な人物だった。


「ガイウスさん⁉」

「ヘザーちゃんじゃないか! こりゃ驚いた、何でまた公爵様と一緒に?」


 日に焼けた健康的な肌にもりもりと盛られた筋肉が眩しい。そのマッチョな体にニカリと笑みを浮かべる男性は、私をヘザーと呼ぶ通りヒース商会での顔見知りであった。

 ヒース商会併設の食事処、荒野亭の常連である彼はたまにしか顔を出さない私ともよく会う。発掘調査の仕事をしていると聞いたことはあったが、まさかこんなところで出会うとは世間は狭い。

 しかし今はそんな感慨に浸れる場面ではない。背後からの視線をひしひしと感じつつ、私の肩をバンバンと叩きながら話し続けるガイウスさんを何とか止めなければならない。


「はーい、やめやめストップ! そこまで!」

「はー今日はえらく綺麗なかっこして、おっそうか分かったぜ! ギリアムの旦那に言われて潜入捜査でも」

「しゃらーーっぷ!」


 私の制止に全く耳を貸さないガイウスさんは、相変わらずの豪快な声で言わなくて良いことばかりを捲し立ててくれる。

 そっと振り向きそちらの様子を窺えば――高さのある体をくの字に曲げて腹を抱え、声を殺しながら笑う者一名。ふんわりとした笑顔を浮かべ何となくで状況を受け入れている者一名。眉間に寄せたそれはそれは深い皺を手で押さえながら深く長ーい溜め息を吐く者一名だ。

 結局ガイウスさんの勢いを止めることが出来ず彼の語勢に溺れかけていると、私の肩に置かれた彼の手がべりっと剥がされ、変わりに色白の大きな手が私の腰を抱き込むように引き寄せる。


「ガイウス殿、お久しぶり、と言うほどの時間は経っておりませんがお変わりないようで。この度は急な訪問となり申し訳ありません」


 顔を上に向ければキース様が外向けの笑みを浮かべガイウスさんへ丁寧に挨拶をする。

 しかし、待って、その……。私の背中はぴったりとキース様へと密着し、これはもしや、抱きしめられているのでは……⁉

 意識すると途端に体に熱が籠り、咄嗟に身をよじろうとしてもしっかりと腰がホールドされ無駄な抵抗に終わる。


「おお、マクスウェル殿もお元気そうで何よりです! しかし、これは――」


 言い淀む彼の視線が私へ向けられる。やめて、私の醜態をまじまじと観察しないで。


「紹介がまだでしたね、妻のエリカです」

「つっ、つまぁ⁉」

「え、へへへ、初めまして……?」


 引きつった顔で強引に笑顔を作り言えば、素っ頓狂な声を上げたガイウスさんは頭を抱えその場にへたり込む。背後では相変わらず丸めた体を揺らす男とほのぼの視線を送る少女が佇んでいる。

 なにこれ、地獄絵図かな?



 程なくして復活したガイウスさんにはこそりと私の事を説明をしておく。


「いやぁ、それにしてもヘザーちゃん……いえいえエリカさんが貴族でしかも公爵夫人とは……世の中未知なることがまだまだ眠っておりますな」


 へぇ、ほう、ふーむと唸りながらもとりあえず状況を理解したガイウスさん。人を遺跡と同じように扱うのは止めていただきたいところだ。


「……ギリアムの旦那は知ってんのかい?」

「共犯よ」


 にまりと笑い答えればガイウスさんも納得したように同じ表情を返し、さて改めてと表情を引き締め皆へ向き直った。


「マクスウェル殿から事前のご連絡はいただいてましたので状況は把握しております。カレンディア王女殿下は数刻前にこちらへ到着され、先程遺跡へと向かわれました。今追えばすぐに合流できるでしょう」


 昨夜の内に送った早馬の報せはすでに届いていたようで彼はそう切り出す。その背の奥に目を向ければ、粗野な拠点の中で異彩を放つ一際豪奢な馬車が映る。間違いなく王族用の馬車だろう。私たちが今降りた公爵家の馬車もそこへと連なれば、より混沌とした景観になりそうだ。


「アキュベリー様の方は姿を確認しておりませんが、手引きする者が発掘隊の中に居るのだとすれば到底見過ごすことはできませんからな。今は各人の素行を洗っているところです」

「話が早くて助かります。我々はすぐに遺跡へと向かい王女殿下の保護を優先しますので、ガイウス殿は引き続きアキュベリーの捜索をお願いいたします」

「承知いたしました」


 そうして私たちは王女殿下を追うように遺跡へと急ぎ向かった。


 ◇ ◇ ◇


 遺跡の手前まで来ると慌ただしく動き回る発掘隊と思しき人たちとすれ違う。彼らが皆一様に振り向き二度見するのは私たちの出で立ちを思えば致し方がない。

 魔術師のローブに身を包むキース様とセシルはともかく、貴族の装いをばっちり決めるリィン様と私はかなり場違いである。本当は街歩き用の丈夫且つ動きやすい装備を纏って来たかったのだが、生憎今回のミッションの肝は王女殿下との接触である。不敬な恰好は許されない。長いスカートの裾をばさばさと捌きながら早足で歩けば、直に目的地へと達した。

 遺跡を見下ろすその場所は実に壮観で思わずため息が零れる。


「素敵。出来れば観光で来たいところだわ」

「観光は難しいが、研究で構わなければ後日に案内しよう」

「お二人さん、いちゃつくのは後にしようか?」


 私のなんとなしに言った言葉にキース様が返せば、すかさずリィン様が突っ込みを入れてくる。

 べっ別にいちゃついてなどいませんとジト目を向けるもあっさり躱されてしまう。悔しくなんてない。

 さておふざけはここまでと眼下へ意識を集中させると。


「あそこ、人影が見えます!」


 セシルの示した先、折れた柱のような物の奥に数名の動く影が見て取れる。


「騎士がいる。ならば奥に居るのはカレンディアだろう」


 リィン様の言葉に皆が頷き、早速作戦行動の開始だ。


「エリカ、くれぐれも気を付けて」

「はい! さくっと王女殿下を説得して参ります!」


 不安気なキース様に明るく返し、私は一人遺跡へと降りて行った。



 ガイウスさんの指示を受けた発掘隊の人に案内されながら、ぼこぼこ掘り返された土やら石の上を進んで行く。


「歩きにくくて申し訳ありませんがこの辺りは地盤が脆くて、どうぞ通路から外れないようお気を付け下さい」

「ありがとうございます、気を付けますわ」


 言われて周囲を見ればなるほど、あちこちに陥没した様な大穴が開いている。それらの隙間を縫うように、恐縮しながら先導する彼の後をヒールのあるブーツで難なくと追っていく。そんな私に彼は少し驚いた様子で、こちらを振り向きながら苦笑いを零す。


「いえ、すいません。先程いらした王女様はこの道を歩くのに大変苦労なさっていたので。ご夫人は随分と慣れたご様子だ」

「ふふ、育ちが悪いのね」


 そう笑って見せれば、ガイウスさんより少し年上くらいの、おじさんと言える風貌が困ったように眉を下げる。


「いやはや、貴族様とはいろんな方がいらっしゃるのですね。王女様は拠点でも随分と手を焼いたようで、やれ個室はあるかだの食事が口に合わないだのと、ここは観光地じゃないってのに……」


 訪れてから僅か数刻だというのに、そのやつれた物言いに苦労が窺える。王女殿下にとってこの環境はいささか厳しかったようだ。というか、そもそも何しに来たのかしら?


「しっ失礼しました! 今のはですね、その――」

「聞かなかったことにしますわ」


 王族を揶揄したとも取れるこの発言は本来ならばアウトだが、彼らも急な訪問者に戸惑っているのだろう。そして私もその一人だ。ここは詫びもかねてスルーしておこう。

 ぺこぺこと頭を下げながらも器用に歩く彼に続けば、やがて目的の場所が見えてくる。


「あの柱の奥ですね、声がします」

「ええ。では私が先に行きますのであなたは少し下がっていて下さい」

「お願いいたします」


 彼には王女殿下のお相手は荷が重いだろうし、何よりどんな危険が潜んでいるか分からない。

 案内役である彼を引かせると私は奥へと進み、柱の影から奥の様子を窺う。


(聞いていたとおりね。王女殿下には護衛の騎士が二人と、案内の発掘隊さんが三人。さて)


 標的が確認できたら、ひとまず深呼吸。

 鬼が出るか蛇が出るか。覚悟を決め、柱の向こうへとその身を曝け出した。

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